第十章 輝かしい未来へ(3)
「ほぉ、裏切り者?」
張り詰めた室内でゴンザレスが問う。
「それは看過できない問題だねぇ。どういうことだね、深堀君」
圭介によって、東経時代の失態が暴露され、堂本や谷は当初の勢いがない。屈辱や羞恥に顔を歪めるように押し黙っていた。
逆に毎朝出身のゴンザレスは、水を得た魚の如く躍動している感すらあった。
「言った通りですよ。この部屋に僕の取材をひたすら邪魔した裏切り者がいます」
圭介はぐるりとある男に視線を向ける。
巻だった。視線があった瞬間、元々細い目をより一層細める。
「なんやねん、深堀君。俺が裏切り者だって言いたいんか?」
睨め付けるように眼前の圭介を見上げていたが、ニヤリと笑う余裕はまだあった。
「言いたいのではなく、裏切り者だと言ってるんですよ」
人を食ったような態度に語気が強まる。
「巻君が……裏切り者?」
ゴンザレスが目を大きくする。
東経と毎朝の派閥抗争を模したシーソーが、圭介の脳内でゆっくり左右に揺れている。
「はい。皆さんもご存知の通り、巻さんは僕の前任の外食担当でした。一年前の就任以降、計三回もの社長インタビューを紙面掲載するなど誠さんとは蜜月な関係でした」
巻は腕を組んで、説明する圭介を睨め上げていた。
「ですが、その蜜月な関係も終わりを迎えます。星崎氏が誠社長解任に動いたのが発端です。社長解任の窮地を誠さんは懇意の仲だった巻さんに打ち明けました。ですが、巻さんはその情報を握りつぶしました」
米山とコミショウ以外の皆の眉間に皺が寄る。
「三月上旬時点で、四月からの外食担当は私に変わると決まっていました。担当企業の社長が解任の危機にある。本来ならば、引き継ぎの際、真っ先に伝えなければなりません。ですが、巻さんは引き継がなかった」
毎朝出身者の巻の悪行にシーソーが東経側に傾いていく。
ゴンザレスは腕を組み瞑目して、椅子の背に巨体を預けている。
対照的に、堂本と谷の顔の血色は良くなっていた。発言こそしないが体は前のめりだ。
「なぜ引き継ぎをしなかったんですか?」
「…………」
巻から返答はない。先ほどの笑みは消え、長机の何でもない一点を見つめていた。
「巻君!」
その時だった。一際、大きな声が会議室にこだまする。巻の隣席の米山だった。
「黙っていたって分からないよ。君は説明責任を果たすべきだ。それに、何か深堀君に言うことはないのか⁉︎」
普段、温厚な人間だからこそその怒声はより際立だった。
静まり返った室内で圭介は発言する。
「巻さん、あなたは非常に親身になって、誠さんの話を聞いていたそうですね。実際、当初は『早速、上に報告する。是非、紙面で取り上げさせて欲しい。それまでは他社には絶対に言わないで欲しい』と誠さんに言ったんですよね?」
「おい、掲載約束をしていたのか?」
堂本のきょう初めての発言は非難めいていた。紙面掲載の約束は御法度である。
「それは禁じ手だろう」
──先ほどの失態はいずこへ?
谷も堂本に同調する。ゴンザレスの表情を窺うのも忘れなかった。
──こんな時でも派閥抗争かよ……。
「だけど、巻さんは……最初は本気で、紙面掲載しようとしていたんじゃないですか?」
「何だと?」
発言の意図が読めず谷が圭介を見やる。
皆の視線もそうだった。
「窮地に陥った誠さんを例え助けられなくても、取材という形で少しでも貢献したいという思いがあったんじゃないですか?」
話が予想外の方向に逸れていき、皆が困惑気味の表情になる。
「そう。巻さんは本当は情報を握りつぶしていなかった。上にちゃんと報告したんです。僕だって普段は取材メモを直属の上司、いやキャップには上げます。巻さんも当時、この件をキャップに報告していたんですよね?」
巻の返事はない。が、コミショウは「あっ」と声を漏らす。そのまま機械仕掛けの人形のようにカクカクと首を左に向けた。
圭介も今、その人物を見下ろしていた。
「そうですよね、米山キャップ?」
突然、名指しされた米山は、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしていた。
──敵に向いていたはずの銃口が、自分に向けられるとこんな顔になるのだろうか?
「深堀君……何を君は言っているんだい?」
鼻息荒く米山は問う。
「三月初旬、巻さんは米山キャップ……あなたにシャインで社長解任される可能性がある旨の報告をしていた。だが、あなたは最終的に巻さんに誠さんを裏切るように指示。さらにはウィレットの遊田記者に、その情報を漏洩したんですよ」
圭介が言葉の弾丸を放った。
その直後、再びピカッと外が光り、今度はすぐに室内を震わすほどの雷鳴が轟いた。
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