第二章 特オチ、食らいまして(2)
──本当に記者冥利に尽きる取材だったな。
週明けの月曜日午後。翠玲は企画モノの取材で豊洲フィナンシャルグループ(FG)東京本社を訪れていた。毎経本社からもほど近い丸の内エリアに、その存在を誇示するかの如くそびえ立つ豊洲フィナンシャルタワー。その上層階で、女性初の豊洲FGの取締役である
田辺はメガバンクの一角である豊洲銀行入行後、二度の産休を経験しながらも重要ポストを歴任。豊銀では現在、アセットマネジメント担当の常務執行役員の座にある。
昨年六月の株主総会で、豊銀での一連のシステム障害の責任を取る形で豊洲FGの経営陣が総退陣した。「組織の若返り」を標榜する現社長に請われる形で、田辺は五十三歳という若さで持ち株会社である豊洲FGの取締役に就任した。
「女性登用の実績作りのための取締役だなんて、絶対呼ばれたくない」
「旧態依然とした銀行という男社会で、女がどうキャリアを切り拓いていくか」
働くキャリア女性に焦点を当てた今回の連載企画にピッタリな話ばかりだった。
何より、新聞社という組織で懊悩する最近の自分と重ねた部分も多く、非常に実りのある取材となった。
翠玲は晴れやかな気分で応接室を出て、田辺と共用廊下を共に歩く。
「常木さん、今度、お茶でもしましょうね」
先ほど応接室を出る際、眠たげなタヌキ顔の男性広報に隠れて、こっそりと私用スマホの番号までを教えてくれた。初回の取材でここまで打ち解けるのも珍しい。
「はい、是非行きましょう。私はあそこで暮らしていますから、いつでも来れますよ」
翠玲が指差した先には西陽を浴びた毎経の東京本社ビルがあった。田辺がクスリと笑う。
女性行員のトップに君臨する女──。取材前は、男勝りな性格の女帝キャラを連想していたが全く違う。本質を見抜く心眼を持ちながらも、温和で気さく。何でも相談しやすい雰囲気をまとっている。だから、自然と人が集まるのだ。翠玲は、田辺が女性初の取締役まで昇り詰めた理由を肌で感じていた。
「ヘイ、ピーター!」
その時、ちょうど前方から歩いてきた長身の二人組の片方に、田辺が手を挙げた。
すれ違い様に双方が軽く足を止めて、流暢な英語で、田辺が長身の青い目をした金髪のオールバック男と言葉を交わす。その男を翠玲は知っていた。超大物だ。
ピーター・ベルナルド──。田辺同様に豊洲FGの取締役であり、豊銀では二人いる副頭取のうちの一人だ。
──銀行の副頭取クラスと面会って、傍の男は一体何者?
記者としての
──えっ⁉︎
バクンと心臓が跳ねる。もう一人の男の顔にも見覚えがあったからだ。
星崎直倫──。シャイン社長であり、圭介が今、近付こうと躍起になっている人物だ。
──星崎社長がなぜここに?
〈星崎社長に名刺を渡せたけど、ブルドッグのフンまみれにされちゃったんだ〉
そう言えば今朝、圭介から訳の分からないLINEのメッセージが来ていたのを翠玲はふと思い出す。
──あれ、でも……。
そこで新たな気付きが降り注ぐ。
──そもそもシャインのメインバンクって、わかば銀じゃないっけ?
翠玲の脳内ではシャインの信用ファイルのページがペラペラと捲れていく。
シャインの準主力も豊銀ではない。デットも、エクイティも、過去の資金調達時の主幹事すら豊洲FG系じゃない。
──では何故、全く取引がなかったシャインの星崎社長がここにいた?
ピーター副頭取は、ホールセール部門と審査部門、リスク統括部門、コンプライアンス部門担当の取締役だ。来訪の手がかりを探ろうにも、列挙してみると担当部門があまりにも多すぎて絞れない。
「今度、連絡するわね」
田辺のその言葉で、翠玲は思案の世界から戻る。気付くと降りてきたエレベーターに乗っていた。何とか取り繕った笑みを返したものの、扉が閉まると同時に表情が、顔の奥に吸い込まれるように消える。トントンと右の人差し指で顎を何度か叩きながら思う。
──とりあえず、この件は圭ちゃんに報告しておこう。
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