第14話 秘密。
バレンタインデーに一之宮からチョコを貰って1ヶ月。
「やべぇ……どうしよう……」
差し迫るホワイトデー。
俺の財布は虚空の如く寂しい。
放課後の帰り道に俺は頭を悩ませていた。
そもそも一之宮はお嬢様である。
くれたチョコが一体どのくらいの価値のあるものだったかなんて俺の貧乏舌では測定出来なかった。
ただ嬉しくて泣いたのは覚えている。
「……ほんとに3倍返しとかしないといけないんだろうか?」
3倍返しとか無理だろ絶対。
最低でもゴリュパとかじゃないと無理だ。食ったことないけど。
「……腎臓売らないと駄目か?」
片方売れば多分どうにか釣り合いは取れるのではないだろうか……
「どうして腎臓の値段を調べてるんですか山田さん?」
「おう一之宮?! おはよう!!」
「もう放課後なのですが……」
「そうだったな?!」
スマホを覗かれた事も咎める余裕はないほどテンパった。
臓器を調べているというだけで謎の罪悪感に苛まれるとは思ってもいなかった。
「どうしてそんな事を調べていたんです? 御家族が病気だったりとかですか?」
「いやいや別にそうじゃない大丈夫だ」
親が病気かなんて俺が知るわけがない。
そもそもほとんど顔なんて見てない。
たまに帰ってきたと思えばすぐどこかへ行く。
もし親が病気だったとしても、自分の臓器を売ってまで助けたいだなんて思わない。
「……もしかして、チョコのお返しの為に、とかですか?」
「いやべつにそんな事ないでございますよお嬢様?」
「山田さんのお家事情もだいたいは把握しています。べつに山田さんからのお礼なんて期待していません」
「いやまあ、そうだけども」
そりゃそうだ。
お嬢様な一之宮と、庶民の俺とじゃそもそも金銭感覚は違う。
「でも臓器売ってまでお返しをしようとしてくれたお気持ちはとても嬉しいです。ちょっと物騒ですけど」
「そ、そうか。……こういうのはてっきりほんとに3倍返しとかしないといけないと思ってた」
「……3倍返しって、冷静に考えて図々しいですよね」
「鬼畜だよな。だが昨今のモテない男子たちからすれば、そのコストを支払ってでも女子からチョコを恵んでもらえるというのは価値があるんだよ」
「ネットで言ってるジェンダー平等ってなんなんでしょうね……」
「それな」
俺みたいな弱者男性、もとい男子には人権は無いに等しいのである。残念な事に。
だが高校の帰り道で人生勝ち組女子である一之宮がそんな事を思うのは意外だった。
「ところで一之宮、なんで今日は歩きで帰ってるんだ? 九重さんは?」
「道中で車がパンクしたみたいでして。私もたまには歩きたいと思っていたのでそのまま」
「お嬢様の考えている事はわからん。タクシーでも使えばいいのに」
「九重もそう言ってましたわね」
「仮にもお嬢様なんだし」
「でも山田さんを見つけましたからね。一緒に帰れればそれでもいいかな、と」
「そ、そうか」
純粋な笑顔を浮かべられてしまった。
それはもう世の男なら簡単に好きになってしまうほどに。
たぶん一之宮は天然の男をたらしこむのが上手いのだろう。
「山田さん、春休みは予定ありますか?」
「いや、ないけど」
「でしたらちょっと付き合ってくれませんか?」
チョコのお返しが経済的にできない俺としては、なにかしらして欲しい事があるなら受けなけれぱならない。
なにより後ろめたさがそうさせる。
一之宮が俺に気があるなんて微塵も考えられないから、利用されているだけだとは思うし、そう思う事にするくらいが精神的に丁度いい。
「なにに? 買い物とか?」
「それは秘密です」
片目を閉じて唇に人差し指を当てる仕草があざとくて、そんな事でもまた簡単に可愛いと思ってしまっている俺はもう手遅れなのだろう。
「なので予定空けててくださいね」
「わかった」
「……それにしても歩いて帰るのって寒いですね」
「だから九重さんのお迎え待ってた方が良かっただろうに」
「早く帰ってぬくぬくしたいですっ」
「そうだな」
俺はもうどうやら、どうしようないくらいには一之宮の事が好きらしい。
この寒い帰り道も、こころなしか楽しいとしか感じていなかった。
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