第9話 美少女に餌付けされたらそりゃね。

 我が家のキッチンに立って料理をしている一之宮をリビングから眺める。

 スキニーパンツにセーター、そしてエプロンという冬の新妻感溢れる一之宮の姿。


 さっきまで金が無くて飢え死にしそうだった俺には天使に見えるまである光景である。

 美少女が作る飯。それ食えたらもう死んでもいい気がする。


「あの、奥さん、本日は何をお作りになってらっしゃるんですか?」

「急に専業主婦の料理番組始まったみたいな進行やめてくださいよ!」


 仕方ないだろ。ふざけてないとうっかり好きになりそうなんだから。


 小気味よく響く俺のお腹の音を聞いて一之宮は料理を再開する。


「それにしても、お台所も冷蔵庫も見事に空っぽですね……」

「たまにしか親は家に帰ってこないからな。食費もその時置いてくだけだし」

「……そうなんですね」


 親からは「避妊に失敗して生まれただけだから仕方なく育てている」らしい。


 高校までは面倒見てやるとは言われているが、大学に行こうにも俺の頭では行けてもFラン大がいいとこで、奨学金なんて借金でどうにかしようとも思えなかった。

 だからただ漠然と生きているだけ。


「できました」


 にっこり微笑む女神こと一之宮。

 一段と鳴り響くお腹の音も気にせず俺は一之宮が作ってくれた料理を凝視した。

 今なら「待て」をされて焦らされている犬の気持ちがよくわかる。


 本能が待つことを許さない。

 だがご主人様が待てと言う。

 今なんか言われたら「わんッ!!」と吠えそうだ。


「召し上が」「頂きます」

「どんだけお腹空いてたんですか……」


 美味い。その事に尽きる。

 一之宮の些細なツッコミも気にならない。

 とにかく美味い。


 今日ほど「食」を喜んだ日は今までなかっただろう。

 染み渡る旨みに感動さえした。


「おかわ」「おかわり」「めちゃくちゃ食べますね」


 文字通り食い気味におかわりを要求する。

 この機会を逃したらもう永遠に食べられない可能性がある。


 せっかくなら一之宮が作った美味しい料理を食べた後に死にたいまである。

 うっかりトラックに轢かれてもきっと未練は無いだろう。うん。


「お口に合いますか?」

「合う。うっかりプロポーズしそうになったくらい美味い」

「さっきしれっとされましたけども……」

「いやそんな簡単にプロポーズなんてする訳ないだろ。そんな事よりおかわり」


 よく「男の胃袋を掴む」というような表現を聞くが、そりゃこんだけ掴まれたら好きにもなるわなって話である。


 人間の三大欲求のうちの食事。

 現代社会では一日三食が一般的らしいが、毎日夕飯だけを作ってもらったと仮定しても一日一回楽しみがあると考えれば最高だな。


「てか、九重さんは?」

「九重は実家に用事があって、本日は休暇なんです。明日帰ってくるのですが暇で」

「なるほど。それで俺誘ってスネークとか言ってたのか」

「はい。そんな遊びに付き合ってくれそうな人は山田さんしかいませんし」

「宿題とかやってた方がいいんじゃないのか? 冬休みの」

「宿題はもう終わってしまいましたので」

「優等生かよ。いや優等生だったな」


 やべぇ食いすぎた。

 でも後悔はない。

 これでいつ死んでしまってもいい。

 間違いない。


「どうですか、餌付けされた感想は」

「美少女のヒモになれた気分で最高」

「……もうちょっとマシな表現なかったんですか」

「無職のだらしない男が女の子に飯作ってもらうとか最高過ぎだろ。この上なくわかりやすい表現と言える」

「山田さんは無職ではなくて学生さんでしょうに」


 ああ、ヒモになりたい。

 だらしなく美少女に寄生したい。

 穀潰しになりたい。


「さて、ご飯も食べたわけですし、行きましょうか」

「どこに?」

「もちろんスネークですっ」


 こいつ本気か……本気なのか。

 まあ、飢え死を免れたわけなので、行かないわけにはいかないか。

 今ならきび団子で鬼退治に行った犬・雉・猿の気持ちもよくわかる。


「よし、行くか」


 年末ミッション、お嬢様と共にスネークせよっ。


 ……寒いから行きたくねぇな……



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