第8話 スネークってのは友だち集めてするもんじゃない。

 驚くことに、クリスマスの回転寿司屋以降なにもない。

 普通に寿司食べて解散。

 いやまあ冬休みだし、学校がないから関わり合いがなければとことんないのは至極当然である。


「……牛丼屋のことも、正拳突きも夢だと言われたら信じるほどの平凡で退屈な日々だな」


 親達はたまに帰って来ては金を置いていくだけ。

 口座に振り込んでくれとは言っているが全く聞く気はない。


 ので俺の現在の生命線は手に握り締められた120円だけである。

 バイトとかした方がいいのだろう。

 今までどうにか生きてこられてしまったのが毎回仇となっているが、今年の年末はいよいよ俺の命日となるかもしれん。


「直近で食べた美味しい物が一之宮が奢ってくれた寿司だしな……」


 自分のベッドでだらしなく眠るだけの年末。

 なるべくエネルギーを使いたくない。

 そうか、これが冬眠らしい。


 幸いにも、親たちは一応家賃とか光熱費はしっかり払っている(引き落とし)ので、飢えて死ぬ事はあっても凍えて死ぬ事はない。


「……流石に2日飯を食わないとなると力が入らないな」


 一応は食べ盛りの高校生である。

 長期休みの人は「お正月太りしちゃった〜」とか言うが、生憎と俺はそんな経験は1度もない。


「あー……腹減った」


 ただぼーっと天井を見上げるだけでは空腹は紛れたりはしない。

 しかしなにもやる気は起きない。

 抗っても無駄なのだ。


 しかしそんな俺は、とあるスレが立っていることを知らなかった。


「一之宮?」


 唐突な一之宮からの電話だった。

 手を伸ばしてもギリギリ届かないスマホに苛立ちすら覚えない。

 とにかく覇気がない。


 それでも鳴り続けるコール音でどうにか手が届いた。


「……もしもし?」

『山田さん! スレ見ました?!』

「……なにも」

『では急いで出かける準備をして下さい! 行きますよっ!!』

「いや、行かない」

『行きましょうよ〜スネークしたいんですっ』

「お腹空いてるから無理」


 スネーク?

 リアタイで面白そうなスレでも立っているのだろうか?

 まあ俺からすればとてもどうでもいい。

 空腹から逃れたい。それだけである。


『ご飯は食べてないのですか? 食べてないのならさっさと食べて出てきて下さい。行きますよっ』

「九重さんと2人でスネークしたらいいだろ。俺は無理」

『というか山田さん、大丈夫ですか? 先程から声に元気がありませんが……?』

「ご飯食べてないから」

『……因みにどのくらいお食事してないのですか?』

「どうでもいいだろ。スネークしたいなら行ってくればいい。というかねらーたちのスネークなんて大抵はぼっちでスネークしてるわけだしな」


 ネットに住んでる奴が馴れ合ってスネークはあまり見かけないし、そんな元気はない。


『……そうですか……』


 そう呟いて一之宮は電話を切った。

 年末のこの時期にスネークしようというのがそもそもおかしい話である。

 まあ、一之宮自体がおかしいので今更感はある。


「とりあえず寝るか」


 来年は本格的にバイトを探さないといけないだろうなぁ。

 でも俺来年は受験生? 就活生? だしな。

 高校卒業したら俺はどうすんだろうな。

 全然想像付かん。


 今のところただ生きてるだけだし。

 大人は無責任に夢を持てとか言うし、現実見ろとも言うし。


 現実見るより先に飯食いたい。


 目を閉じて仰向けなっていると、お腹が物理的に凹んでいくような感覚になる。

 なにも胃袋に入っていないのだから当然か。


 それでも最初の頃は空腹で辛かった。

 今は慣れているから無気力なだけだけど、前はお腹空くとイライラしていた。

 無力感から来る苛立ちは、いつしか孤独と無気力に変わっていった。


 生きるのを諦めてもいいのではと思う事もある。


 そんな事を考えていたら、唐突にインターホンが鳴った。

 出るのも面倒くさくて、そのままベッドに横たわっていた。

 がしかし鳴り続けるインターホン。


 そして今度はスマホが震えた。

 画面には「一之宮」と表示されている。

 今度はなんなんだと再び電話に出ると『なんで出てくれないんですか?! インターホン鳴らしてるじゃないですか!!』と言われた。


 どうやら新手のセールスのようだ。

 仕方がないので玄関まで降りてドアを開けた。


「……新聞なら間に合ってます」

「随分とげっそりしてますね」


 一之宮はなぜか買い物袋を携えて俺の家の玄関に立っていた。

 無気力ながら渾身のボケを全スルーは辛い。

 どこかのボクサーも言っていた。空振りが1番堪えると。


「寒いので失礼しますね」

「…………え、なに? どゆこと?」

「山田さんがしばらくご飯を食べていないみたいだったので、ご飯を作りに来たんです」

「結婚して下さい」

「?!」

「間違えた。お腹空いたぜママン」

「……じゃあせめてお嫁さんの方がよかったです。こんなひねくれた息子は嫌です」

「いや俺だってネット掲示板にハマってる母親は嫌だぞ」

「じゃあもう帰っちゃいます」

「申し訳ございませんでした心優しい杏香様どうかお恵み下さい」

「素直な人は好きですよ」


 今なら一之宮の足も舐められる気がする。

 1番の拷問はやはり空腹のようだ。


 ……にしてもあれだな、セーター着た美人お嬢様が家に居るのって最高だな。

 飢え死にしかけてよかったかもしれん。


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