第7話 知ってる? 寿司安価したら寿司食えないんだぜ。

「九重、回ってますわ」

「エンターテインメントとしては面白いとは思うのですが、実際問題どうなのでしょうか」

「たしかに考えてみれば、回り続けることによって乾燥したりとかありますものね」

「……ご主人様を待ってる犬2匹みたいな構図でレーン眺めるのやめてもらっていいか? 恥ずかしいんだが」


 四人席に案内され、レーン側をよく見たいという一之宮さんと九重さんに奥側を譲った。そしてなんとなく一之宮さんの隣に座られて今に至る。


 普通にボディタッチされてドキドキした俺の男心をどうしてくれるんだと言う気持ちも他所に2人はいい歳して回転寿司屋ではしゃいでいる。


「お嬢様を犬呼ばわりは許しませんワン」

「私は犬より猫派ですワン」

「……そうか……」


 ちくしょう一之宮さんが可愛いと思っちまったなんな悔しい。


「ところで山田様、この回転寿司のシステムって実際はどう食事をするのが正解なのでしょうか?」

「ルールが色々とあるように感じますね」

「基本ルールとしては、食べたお皿は戻さない。あとは好きにすればいい。そっちの機械で食べたいものを注文してもいいし、回ってきたものを取って食べてもいい。回ってるものを取る場合、回ってる物の中で他の客が注文したものもあるからそれ以外を取ること。以上」


 今回、回転寿司屋に行きたいという一之宮さんの要望に答えるということで俺の代金も払ってくれるらしい。

 のでそれなりの仕事はしなければならない。

 これも美味しくお寿司を食べるためである。


 そもそもまだ親たちは帰って来てないから今日の飯をどうしようか悩んでいたので助かったのもあるし。


「お嬢様、お茶です。山田様もどうぞ」

「ありがとう、九重」

「あ、あざっす」


 流石九重さん。

 お嬢様の付き人なだけはあるようで、回転寿司屋のシステムを早くも理解してきているようだ。


「まあ、今回一之宮さんが来た目的としては、機械使って注文してくのに慣れた方がいいだろうな」

「そうですね。寿司安価スレでも注文が基本でしたものね」


 そわそわしながらも楽しそうに注文画面を眺める一之宮さん。

 学校での普段落ち着いている雰囲気はやはり感じない。


 なんなら中学生とか小学生みたいな純粋さがある。

 不思議な人だと思う。


「では山田さんのはとりあえずお子様セットで宜しかったですよね?」

「ですよねじゃない。新幹線積み上がっちゃうだろうが」

「お嬢様、山田様はベビーフードがお好みだったようです」

「そっちでしたかぁー」

「いやそっちでもない」


 ……寿司安価スレ好きにかわかんないようなネタをぶっこむなよ。普通の人から見たらマジの頭のおかしな高校生男子だと思われるだろうが。


 居たんだよな。

 寿司安価で酒とお子様セット注文させられてた一般成人男性が。


「お嬢様、山葵わさびなどもセルフとなっているようですね」

「知らない事がたくさんで、とても新鮮です。楽しい」

「てか、普通にクラスの奴らと来れば良かったんじゃないのか?」


 そもそも取り巻きとか多いし、一之宮お嬢様と飯食いたいって奴は大勢いるだろう。

 なんでわざわざクリスマスに俺なんだよ。

 俺じゃクラスの奴に目撃されても荷物持ちとか奴隷とかにしか認識されないだろう。とてもじゃないが釣り合いが取れてない。


 ……ん? いや待て、だからこそ安心して案内とかさせてる説が浮上したぞ。

 なにそれ酷い。アタシってそんなに都合のいいオンナだったの?!


 まあ、期待なんてしない。

 それが人生において1番ストレス無く生きられる方法であると俺は知っている。ので対して傷付いたりしない。しないってば。


「山田さんなら気を使わなくてよさそうだと思いまして」

「そうですよねその辺の石ころみたいなもんですもんね」

「ち、違います山田さんっ。そうではなくて……」

「お嬢様はお友達がいないので、山田様とお友達になりたいのです」

「だとしたら友達は選んだ方がいいと思うぞ?」

「山田さん、それを自分で言ってて辛くないですか?」

「もう慣れたから大丈夫だ」

「……そ、そうですか」


 おいちょっと待て一之宮。

 お前に引かれるのは侵害だ。

 この2日で俺の方が一之宮に対して引いてるんだからな?


「単純に山田さんとお友達になりたいと思ったのは、昨日の牛丼屋でのコンタクトのせいです」

「お嬢様? 牛丼屋に行かれたのですか? 1人で?」

「いえ、山田さんも居たので1人ではないです」

「いや俺はたまたま一之宮の後から来ただけだ。一之宮はクリスマスイブに独りで大盛りねぎだくギョク食ってたし」

「仕方ないではないですか?! どうしても食べてみたかったのですからっ! 殺伐と1人で!」

「俺が来てから途中で吹いてただろ」

「あれは山田さんが笑わせようとしたではないですか?!」

「笑わせようとはしていない。確認してただけだ」

「いいえあれは絶対笑わせにきてましたわ。私にだけ聞こえるように「よぉし、パパ、特盛り頼んじゃうぞぉー」とか言ったじゃないですか?!」

「あれで何かしら反応するなら確定だからな。残念な美少女だという事がな」

「残念とは酷いではないですかっ」

「お嬢様、とりあえずお寿司食べていいでしょうか?」

「あ、俺ホタテ食べたいな」

「……絶対山田さんを笑わせてやりますから」

「俺を笑わせたいなら半年ロムってろ」

「ぐぬぬ……」

「お嬢様がぐぬぬとか言っちゃダメだろたぶん」

「お嬢様が唸っても可愛いだけですものね」


 愉快な表情をしている一之宮。

 これではおそらく、寿司安価スレなんて建てたらねらーたちに振り回されるだろう。


 杏香お嬢様はまだねらーたちの本当の恐ろしさを知らない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る