第5話 テンパってる時って、わりと鵜呑みにしがちよね。
クリスマスイブに衝撃的な事が起きたわけだが、それでも家に帰れば日常は戻ってきた。
色々とおかしい。おかしかった。
夢だと言われたら納得できるし、むしろ夢の方がいい気もする。
だが俺の連絡先にはどうあっても「一之宮杏香」がいる。
「……まあいいか。とりあえず寝よう」
一之宮さんの迎えの車に乗せてもらって帰宅したが、1時間程とはいえ冬の夜空の下で正拳突きなんてしたのだ。
疲労はかなり来ていて、親のいない家ですぐに横になってしまった。
「……一之宮さん、可愛いかったな……」
知らない一之宮さんを見れた。
ほとんど知らなかっただけでもあるけど。
少し目を閉じただけでも、知らないうちに時間は経っていた。
時間感覚が無い。
「…………ん?」
スマホが震えて画面が光っていてるのが見えた。
眩しさに鬱陶しさを覚えつつも
時間は午前2時と丑三つ時である。
震えているスマホは電話が掛かってきているのでひたすらに震えている。
「……一之宮、さん? なんでこんな、時間に……」
絶望的に眠い。
だがコールは鳴り止まない。
連絡先を交換した実質その日の夜中に電話というシチュエーションに一之宮さんのもしもが脳裏を
クリスマスの夜のもしもなんて考えたくはないが、電話に出ないことには何もわからない。
そもそも、普段は真面目で落ち着いた雰囲気の美少女なお嬢様の一之宮さんがこんな非常識な時間帯に電話を掛けるなんて普通に考えればありえない。
「……もしもし? 一之宮さん? どうしたんですか?」
『山田さぁん……洒落怖スレの動画観てたら眠れなくなってしまいましたぁ……ぐっすん』
「……おやすみなさい」
速攻切った。うん。速攻切ったよね。
俺の心配返せマジで。
なんでクリスマスの夜に洒落怖観てんだよ寝ろよ普通に。
サンタさん来てくれるかなってワクワクしながら寝ててくれよお嬢様。
流石に2度目は掛かって来なかったが、一之宮さんの涙声を聴いてしまって落ち着かなくなってしまった。
「……ほんとなにやってんだ俺……」
眠気混じりの溜息を付きながらも今度は俺から一之宮さんに電話を掛けた。
『ううぅ……ぐっすん。山田さぁん……』
「なんで洒落怖見たの? もしかしてアホなの?」
『山田さんがたった1日で、辛辣です』
「この時間に電話掛かってきて自業自得な展開されてたら誰だってそうだわ」
牛丼屋にいた時とかは俺、たしか敬語だったな。それも数時間前か。
「まあ、なんかもう一之宮さんに対してあんまり緊張しなくなったのもあるな」
『そんな事言ってないで寝かし付けて下さいっ』
「羊とか数えたらいいんじゃないですか?」
『数えた羊が段々化け物に変わっていくんです……』
「子どもみたいだな……」
美少女女子高生がクリスマスイブの夜に洒落怖スレ見てるだけも十分にホラーな気がしてきた。
おかげで俺も眠れなくなっているのだから。
「あー……じゃあとっておきの除霊と結界術を教えます」
『お、お願いします……』
パジャマ姿でぬいぐるみとか抱き抱えてたりするのだろうかと想像しつつ俺は話を続ける。
「全裸になって臀部を叩きながら白目になりつつベッドを昇り降りしながら「ビックリするほどユートピア!」と唱え続けるんです。これを10分ほど」
『そ、それでなんとかなるんですか?!』
「(あれ? 食い付いてきた……)え、ええ……奇行をすることによって霊的な者が近付きにくくなるとかで」
洒落怖とか見てるならてっきり知ってると思ったが、知らない人はやはり知らない。
そもそも俺も一之宮さんもネット掲示板全盛期の人間ではないし、知らないのも当然か。
『ビックリするほどユートピア!! ビックリするほどユートピアァ!!』
俺は必死に笑うのを堪えていた。
本気で怯えているので相当怖いらしい。
めちゃくちゃ必死に実践してるし。
普通に考えたなら、普通の人でもわかることだとは思うのだが、どうやら一之宮さんは相当テンパっているらしい。
意外とポンコツなのかもしれない。
どうしよう、より心配になってきたぞ。
『やってみました! こころなしか落ち着い』
『お嬢様!! どうされたんですか?!』
『
『部屋が荒れてるじゃありませんか?! なんで服着てないんですか?! どうされたんですかぁ?! お嬢様ぁお気を確かに!!』
一之宮さんのお世話をしている九重さんが飛んで来てしまった。
いや最初から九重さん呼んだ方がよかったのではなかろうか。
てか九重さんて人今知ったけどもさ。
一之宮さん家お金持ちだし、そりゃ使用人とかも屋敷に常駐してるか。
『山田さん! 私に変わって状況のご説明をっ!! ……んん?!』
俺は慌てふためく一之宮さんに釣り針の画像と「ビックリするほどユートピア」なリンクを送った。
「という事でおやすみなさい」
『山田さぁぁん!!』
クリスマスの夜に、こうしてお嬢様の悲鳴は轟いたのであった。
おかげでぐっすり眠れた。
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