最終話 角あり令嬢は溺愛される


 顛末と呼ぶほどの顛末もなく、事態は片付いた。

 身内とはいえ、嫁に出た女は相手方の身内でもある。公爵の妻を傷つけようとした妹の罪は、いわば貴族という制度に対する罪だ。

 とはいえおおごとになって面倒なのは変態と『獣返り』の夫婦であるこちらだ。そこで、実家の父と妹の婚約者に事情を説明して、契約を交わすことで手打ちとした。『獣返り』に対する慈善事業に金を出すこと。この件は一切口外しないこと。契約が破られた時、妹に書かせた署名サイン入りの顛末書きを広く公開すること。

 こちらに得はないが、まあ、手切金としては妥当なところだろう。


「それにしても」


 夜の寝室。

 ランプの灯りに照らされながら、私は独りごちた。


「あなたがあんなに怒るなんてね。もう少し冷静な人かと思った……変態の時以外は」

「怒ってなどいない。必要なことをしたまでだ」


 よくいう。

 妹や父を追い詰める彼の怒りは凄まじかった。端正な顔立ちは、本気で怒りに歪むと恐ろしい。そうまで私のことを想ってくれたと思えば、頼もしく、少し嬉しかった。

 その怒りとは似ても似つかない優しい手つきで、彼が握るブラシが私の角を撫でる。

 寝台に座り、傍に立つ彼に角の手入れを委ねているところだ。


「怒っているというなら、君に怒っている」

「なんでよ」

「私にも言わず、護衛もつけず一人で街に出るなど。ダフネが機転を利かせて見守らせていなければ、どうなっていたか」

「う……」


 ダフネにも大層怒られた。クラリスには泣かれるし、セドリックには『鎖帷子でも贈ろうかしら』と睨まれた。

 中でも、彼から怒られるのが一番……反省する。


「……ごめんなさい。もうしないわ」

「当然だ」

「……でも、私に怒っている理由を言わないのは狡いと思う」


 彼が逆側の角に移る。柔らかいブラシで丁寧に磨いてくれる手つきが、少し止まった。


「何のことだ。私はただ、角が……」

「意気地なし」

「…………」


 ブラシを置いた手が、角を撫でる。割れ欠けのないように少し丸めた先端を、指先でくいと持ち上げられた。自然、顔が上を向く。

 彼の顔が近付く。

 わずかな逡巡の間。吐息が触れて、唇が重なり――


「君が大切だからだ」

「……ありがとう。……角とどっちが大事?」

「………………」

「この角偏愛フェチ変態野郎、口に角突っ込んで脳みそに穴開けたら多少マシになるか? んん?」

「私は偏愛フェチズムの徒でも変態でもない。だが味を見ておくのも悪くないか」

「はぁ!? おいやめ――」



(了)

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ツノあり令嬢、溺愛される(ツノが) 橙山 カカオ @chocola1828

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