第4話 角あり令嬢はわからない


 夕食を一人で終え、本を読んでいたところで、ジェラールが私室を訪れた。

 私室はジェラールの寝室と隣り合っており、部屋を隔てる壁には直接行き来できる扉が付けられている。今のところ、その扉には鍵をかけ、ダフネには絶対に開くなと厳命してある。


「どう言って出迎えるべきかしらね」

「出迎えの言葉など不要だ。座れ。角の確認をする」

「少なくとも快く出迎える気は失せた」


 ジェラールの服装は夜会や神殿の時よりは多少ラフなもので、より長身と端正な顔立ちが際立つ。黙っていれば文句なしの美丈夫なのだが。

 言われるがまま椅子に座り、正面に立ったジェラールを見上げる。彼の視線は完全に私の角に注がれていて、視線は全く合わない。


「ううむ……」


 長さを計るらしき紐を取り出し、私の角に当てて唸るジェラール。その手つきは慎重で、丁寧だ。

 角には感覚がないが、かかる力や動く空気で『触れられている』感じはある。何ともくすぐったい触れ方に思わず目を伏せた。


「何と美しい角だろうか……」


 ジェラールが陶然とした声を漏らす。


「自然の荒々しさと優美な曲線を兼ねそろえ、宝玉のごとき艶を誇らず湛えている。上品な黒色でありながら、光の加減で様々な色を覗かせる、重層的な美しさがある」

「……くすぐったいし気持ち悪いんだけど」

「その角の主が、こうも品のないご令嬢とは……」

「うるせえ角偏愛フェチ変態野郎、腹に穴開けてやろうか」


 目を開いて睨みつける。角を愛でるのは満足したのか、ジェラールが一度身体を離した。私の罵倒もどこ吹く風で、帳面に何やら書き付けている。

 恐らく……昼間にあったシェロやクラリスに対しても、こいつはこういう態度で接しているのだろう。


「……ジェラール」

「何だ。今、角のスケッチで忙しいのだが」

「なんで、私なんかを引き取ったんだよ」


 結婚というかたちではあるが、実質は引き取られた……あるいは売られたようなものだ。それ自体はもう諦めてはいるが、公爵であるジェラールにとっては損しかない。『獣返り』の処遇など、どうとでもできたはずなのに、なぜわざわざ社会的な責任が発生する婚姻を選んだのかが分からなかった。


「角が美しいから、では不服か」

「大いに不服だ。角だけ切って持って行けばいいじゃねえか」

「はぁ…………」


 思い切り深々とため息をつかれた。ものすごくイラっとする。


「獣の相は、生きている」

「……何?」

「身体の一部なのだ。確かに血が通い、生きている。切り離されれば成長も変化も止まってしまうのだ。君の角はまだ美しくなる可能性がある。その奇跡が失われるのはあまりにも勿体ない。人類の損失だ」

「大袈裟な……」

「大袈裟なものか」


 ジェラールの指先が角に触れる。くい、と顔を上に向けさせるような手つき。思わず従い、彼の真剣な表情を見てしまった。


「君の角は私が目にした獣とヒトの中で最も美しい。そして……これからも美しくあるよう、手元に置きたかった。無論、研究材料としても、貴族で『獣返り』は少ない。君を手元に置くのに、婚姻という契約が最も効率的だったというだけだ」


 勝手なことをのたまわれて、頬が少し赤くなる。怒りに違いない。その怒りに怯んだわけではなかろうが、指を離した公爵は何かの箱を机に置いた。

 取っ手のついた道具箱のようだ。開くと、中には化粧道具の類が一式入っている。

 ……いや。化粧道具だけではない。


「……?」

「これを君に預ける。ダフネにも手伝ってもらうように」

「おいこら。何でヤスリやらナイフやらが入ってるんだ」

「角の手入れ道具だからだ。極力傷はつけるべきではないから使いどころには注意するように」

「この……角しか見えてねえ変態野郎!」


 私の怒りは、ダフネの耳を震わせはしたが。当のジェラールには何も届いていなさそうだった。

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