4.

「陽菜ちゃん、今日は出かけるの?」

「うん、友だちに会ってくる」

「分かった。僕はじゃあ、就活の準備していようかな」

 何気ない言葉にどきっとしながら、陽菜は「頑張って」と言って部屋を出た。實は玄関まで見送り、キスをする。


 駅前の喫茶店に入ると、美由紀はもう来ていて、陽菜にすぐ気づくと小さく手を挙げた。「美由紀、久しぶり」

「うん、久しぶり、陽菜」

 美由紀は大学からの友だちだった。

 コーヒーを注文して、「で、最近、どう?」と向き合う。

「まあまあかな。陽菜は?」

「うーん、うふふふふ」

「あ、何かあるな? 何なに?」

「あのね、彼氏が出来た」

「え? ほんと? どんな人?」

「んとね、年下。……晴の友だち」

「え⁉ 晴くんの友だちって……八つも年下⁉」

「うん、そう。えへへ」

「……二十一?」

「そう」

「陽菜、やるねえ!」

「ふふ」

 コーヒーが来て、話が中断される。

「美由紀はどう?」

「うん、相変わらず仲良しだよ」

「徹さんと長いよね」

「長いかな? 三年だよ」

「長いよ」

「陽菜はすぐ別れちゃうからねえ」

「……一年はつきあうよ。でも、なぜか別れがくるんだよね」

「悟さんとも一年くらいだっけ?」

「……一年半かな? わたしにしては長いよ」

「あのまま、悟さんと結婚すると思ってたんだけどなあ」

「……別れちゃった」

 コーヒーを飲みながら、あれこれ話す。久しぶりに会うので、話すことは尽きなかった。恋人のこと仕事のこと、周りの人のこと。陽菜は美由紀と存分に話した。

 二人ともコーヒーを飲み終わって、しばらく経った。

「ねえどうする? 何か頼む?」

 陽菜はメニュー表を手に取った。そのとき、美由紀のスマホが震えて、美由紀はスマホを見た。「ちょっとごめんね」と言って、美由紀はLINEを操作した。

「お待たせ」

 美由紀はスマホを伏せた。

「で、どうする? 何か頼む?」

「うーんとね、実はね。とおるが来るの」

「徹さんが、ここに?」

「うん、さっきのLINE、あと少しで着くよっていう内容だったの」

「ん、分かった。じゃ、わたし、帰るね」

「いやいや、あのね?」

「ん?」

「……あたし、陽菜が悟さんと別れたっていうところで情報が止まっていたのよ」

「うん、言っていなかったもの」

「うん、それでね、徹さんの会社の人でね、やっぱり彼女と別れた人がいて。いい人らしいのよ」

「……美由紀、まさか」

「そう、そのまさか。ごめん! 会うだけ、会って?」

「……美由紀……」

「その人ね、徹の同期で徹と同じ三十三歳なの。徹と同じ会社だから、安定しているし収入もそこそこあるし、……いいわよ?」

「……でも」

「陽菜さ、よく考えてごらんよ。實くん、だっけ? 彼はまだ二十一でしょう? 結婚とか、そういう話、出るの?」

「……出ない。だって、まだ大学生だし。いま就活しているし」

 陽菜の心の中にある、ぽつんとした黒いものが、またじわりと広がる。

「……いいんだけどね。……陽菜はね、子どもは欲しくないの? いつかは欲しいな、とか思ってない? ……思ってるよね?」

「……うん」

「計算してごらんよ。子どもってね、すぐ出来るわけじゃないんだよ。それから、出来てからすぐに生まれるわけでもない」

「分かってるよ」

 陽菜がそう言うと、美由紀は溜め息をついて、言った。

「分かってないよ。いま、陽菜、二十九でしょう。二十一歳の子が就職してすぐに結婚しようと思ったとしても、あと二年かかるんだよ。そのとき、陽菜は三十一。最短で三十二での出産。でも、うまくいけば、の話。就職して環境が変わったら、彼の気持ちもどうなるか分からないよ。それにそもそも、陽菜、一年くらいですぐに別れちゃうし」

 陽菜は痛いところを突かれて黙ってしまった。

「……嫌なこと言って、ごめん、陽菜」

「……ううん、ありがと、美由紀。そうだよね」

「うん。だからね、最初から結婚を意識してつきあってみてもいいんじゃないかって、考えたの。そうしたら、徹くんがちょうどいい人がいるって。会って、比べてみたらいいんじゃない? ……あ、来た!」

 美由紀は入り口に向かって手を振った。

 徹さんと、それからもう一人男性がいた。

「はじめまして。……なんか、照れるね。こういうの、初めてだから。前川仁人ひろとと言います。よろしく」

「……浅田陽菜です。よろしく」

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