3.

 一緒に夜を過ごしてから、實はたびたび陽菜の部屋のチャイムを鳴らした。

 實は最初律儀に自宅に帰っていたが、次第に陽菜の家に泊まっていくようになり、陽菜の部屋には實の物が少しずつ増えていった。仕事から帰ったとき、實がいると、陽菜はつい嬉しくなるのを感じていた。

「ただいま」

「おかえり、陽菜ちゃん。ごはん出来ているよ」

「ありがと!」

 實は器用で、家事全般をそつなくこなした。實が家にいるようになって、最初、陽菜は、實がいることで自分の生活が面倒になるかと心配したけれど、そうはならなかった。逆に毎日が快適になったし、そして単純に楽しかった。

「實くんって、何でも出来るのね」

 實の作ったごはんを食べながら、陽菜が言うと「そんなことないよ」と實は照れたように言った。

「ごはん、おいしいよ。……どこかで習ったの?」

「ううん。習ったわけじゃないよ。動画とか見て覚えたんだ。……僕、実家でもごはん作ってたんだよ」

「そうなの?」

「そうなんだ。僕んちは共働きだし、母さんはバリバリ働いているからね。僕、長男だし」

「そうだったんだ」

「そう。――僕、晴が羨ましかったよ。晴んち行くと、いつも晴のお母さんがおやつ出してくれて。しかも手作りの」

「ああ。お母さん、お菓子作り、好きだからね」

「……ケーキって、家で焼けるんだって、初めて知ったんだ」

 二人は笑い合う。

「今度、ケーキ、作ってみる? 二人で」

「うん、作る」

 實は笑って、陽菜にキスをした。

「晴のことが羨ましいって思っていたのは、きれいなお姉さんがいたからでもあるよ。でも、もう羨ましくない。お姉さんだとこんなこと、出来ないもん」

 實の舌が陽菜の舌を探す。熱くて蕩けそうなキス。

 しあわせだ、と陽菜は思った。

 どうしようもなく。

 だけど、陽菜は心の中でちりとするものも感じていた。

 しあわせだ、どうしようもなく。

 でも同時に、ぽつんとした黒い染みが落ちて、じんわりと広がっていくのを止めることは出来なかった。


 ごはんを一緒に食べて、一緒に眠る。

 抱き合う。

 實が、陽菜の気持ちのいいところに触れる。

 陽菜も、實の気持ちのいいところに触れる。

 キスをして。

 もうそれだけで、涙が出そうなくらい、しあわせだと陽菜は思う。

 ベッドの中で、気持ちが混ざり合う。

 体温も体液も溶け合う。

 あらゆるところを舐め、舌が這い、吐息が漏れる。

 触って。

 舐めて。

 味わって。

 気持ちが。

 汗と。

 甘い蜜と。

 涙と。

 滲んで。

 スパークする。

 生まれる前にいたところが見える。

 こころが、震えて。

「陽菜ちゃん、かわいい。――大好き」

「實くん……わたしも」

 突き上げる快感の中で、陽菜はこのまま時が止まればいいと思っていた。實と繫がったまま、子宮の近くで彼を感じて。この一瞬が永遠だといい。

 キレイな男の子だ、と陽菜は實の顔にそっと触れた。

 でも、實がキレイなのは、顔だけじゃない。

 魂が美しい。とても。

 陽菜は堪らない気持ちになって、實の顔を引き寄せキスをした。

 唾液が混ざり合う。

 このまま、何もかも溶け合えたらいいのに。

 實が倒れ込んで、肌と肌がぴったりとつく。

 陽菜は實の背中に手を回した。そして、そっと撫でる。

 實の心臓を感じ陽菜は目を閉じた。

 愛しさが胸いっぱいに広がって、陽菜は實をぎゅっと抱き締めた。

 實も陽菜を抱き締め、そのまま体温と心音を感じ微睡む。

 ふわふわとした中にいる。

 陽菜は實と一つになって、何かふわふわしたところにいると思った。

 あたたかくてやわらかいい光の中。

 だいすき。

 だいすき。

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