Ep.4.0
「谷中です、失礼します。今朝方は定時に出社できずに申し訳ありませんでした」
自席でメールとスケジュールを確認した後、昌行は社長室のドアをノックした。
「ああ、ご苦労さん。ちょうどよかったよ。前置きはいいから、さっそく本題に入ろう。急な話なんだが、谷中くんには新設部門の責任者として、M社の子会社に常駐してもらおうと考えているんだよ。存分に力を発揮してくれないか。君の後任には、須永くんを充てようと思っている」
先に社長室にいた谷津が昌行に語りかけた。社長の安斉は、谷津の話が一段落するのを待って話を継いだ。
「谷中くん、サポート部門をここまで広げてくれたことをぼくは評価してるし、感謝もしている。そろそろ三年になることだし、どうだろう、次の部門をゼロから手掛けてはくれないだろうか。それには君が適任だと思うんだ」
「過分な評価をいただき、ありがとうございます。一点、よろしいでしょうか」
「何かね」
「単刀直入に伺います。この異動、部門を新設すること以外にも、何か理由を感じてしまいます。差し支えなければ、それを聞かせてはいただけないでしょうか」
谷津は昌行を制するような素振りを見せたが、安斉が口を開いた。
「これはまだ三人だけの話しということにしてほしいんだがね。いまのサポート部門は一年後の閉鎖が決まっているんだよ」
「しゃ、社長、今何と」
「谷中くん、控え給え」
「いや、構わんよ」
安斉はさらに言葉を継いだ。
「急な話なんだが、M社からの発注が一年後に打ち切られる。サポート体制の全面的な見直しが決められたんだ。予想していなかったことではないんだがね。そこで、今のサポート部門は段階的に縮小することになる」
「なら、それこそ私に」
「君が幕を引きたいと言うんだろう。それも考えたがね。冷淡と思うだろうが、その仕事は君には任せないよ。理由は聞いてくれるな。話は以上だ。戻って今日の仕事に就きなさい」
昌行は釈然としないままに、自席に戻る前、コーヒーを飲もうと休憩コーナーに立ち寄った。
「谷中さん、おはようございます。何で朝から居てくれなかったんですか? 今日はクレームで大変だったんですからね」
「そうそう、秀美さん、いつもの人に絡まれてたんですから」
派遣社員の女性二人が屈託なく昌行に語りかけてきた。そうか、この人たちにも辞めてもらわないといけないのか。責任者なんて言っても、いざとなると非力なもんだな。せっかく仕事にも慣れてきたっていうのに。
「やだ、谷中さん、聞いてますか。考えごと?」
「あ、いや、ちょっとぼおっとしてた。お昼、何食べようかな。ははは。ごめんごめん」
「もういいですよ、仕事に戻りますから。ごゆっくりどうぞ」
二人がブースに戻っていくのを見ながら、昌行は嘆息していた。あと一年足らずなのかと。
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