第53話:酒癖が悪いアルジェブラ
サルトリア魔術学院のとある酒場。賑わいをみせる店内の端っこで私たちはシャルマーン料理を楽しんでいた。いわゆる息抜きというやつだ。任務中なのに遊んでいいのかって? 否、むしろ任務中だからこそ息抜きが必要なのだ!
テーブルには様々な料理とエールが並んでいる。空になったジョッキも多い。
「アルジェブラさんって意外とお酒に弱いんですね」
「なによう、軍人なのにお酒が飲めないのはおかしいって言いたいの? いい度胸ね、そのぷにぷにな頬っぺたを引き伸ばしてあげる。そうだあなた、義勇兵なんて辞めて軍に入りなさい。あんな男の下よりもよっぽど安全だわ」
「ひええ、絡み酒ですう。助けてくださいエマ!」
私の頬っぺたを弄ぶアルジェブラ。息が酒臭い。よほど疲れが溜まっていたのか、着いた途端に酒を勢いよくあおり、でろんでろんに酔って私にダル絡みをしてきた。
「パラアンコにいる時点で軍も義勇兵も変わらんだろう。アルジェブラ殿だっていくつも死線を越えて来たと聞くぞ?」
「無視しないでくださいエマぁ」
「言っておくけどフィリップみたいに突撃を繰り返すような真似はしないわよ。エルマニアだって知っているでしょう。あの男は一介の義勇兵でありながら軍に繋がりを持ち、一部の貴族とも懇意にし、挙げ句の果てには民衆の支持まで得ている。いつまでも奴の下にいるのは危険なの」
「何を考えているかわからん、というのは同意だ。しかしアルジェブラ殿、我々は『お国のため』なんて崇高な旗を掲げておらんのだ。ましてや私はパラアンコ人ではない。軍人には向いていないだろう」
ようやくアルジェブラの拘束から抜け出した私が口を挟む。
「私は結構、パラアンコのことを気に入っていますよ。できれば滅びてほしくないと思っています」
「さすがメヴィ! それでこそパラアンコ人だわ! ハッハー、魔女の弟子がいればパラアンコは滅びない!」
「アルジェブラ殿、一度水を飲め……そうだ、ゆっくりだぞ……待て、それはエールだ!」
しまった、あまりにも良い飲みっぷりだったから水の代わりにお酒を渡してしまった。エマが思いっきり睨んでくる。ちょっとふざけただけなのに怖いです。
「それにしても、あなたたちはよく食べるわね。その体のどこに入るのかしら」
「よく食べる子はよく育つのです。ルル婆の教えです!」
「ああ……育てばいいな。私は応援しているぞ」
「……どこの話をしているんですか?」
「ハッハッハ、もちろん身長の話だ」
絶対に私の胸を見ながら言ったぞ。エマのくせに生意気だ!
アルジェブラは意外と少食だ。私たちの半分くらいしか食べていない。それなのに彼女の胸元には酒場の男どもがちらちらと視線を送るほどの膨らみがある。エマといいアルジェブラといい、騎士はどうしてあんなにも成長するのだろうか。呪痕のおかげかな。羨ましい限りである。
「……私も騎士の呪痕を刻もうかな」
「いまさら遅いぞ」
「うるさいです」
酔っているのか、エマは普段よりも軽口が多い。アルジェブラは私たちの言い合いを楽しそうに眺めていた。
「相棒っていいわねえ。私が義勇兵だった頃はもっと殺伐としていたわ。同僚の名前を知らないのが当たり前だったのに……」
「覚えてもすぐにいなくなるからですかね?」
「身も蓋もない言い方をすればそうね。パラアンコは魔術士の国だからどうしても騎士が少なくて、敵の魔術を防ぐ方法がなかったの。でもフィリップが騎士協会と手を組んでから国内の騎士が増えて死傷者が減ったわ」
アルジェブラが遠い目をしている。失った同僚を思い出しているのかな。普段はフィリップといがみ合う彼女だけど、フィリップの手腕に関しては認めているのだろう。しんみりとした空気になったからアルジェブラにお酒を渡した。勢いよく飲み干した彼女はすぐ笑顔になった。
「というかね、私はあなたたちが羨ましいわ!」
「やめろメヴィ、これ以上アルジェブラ殿に飲ませるな」
「酔っ払ってへろへろな人を見るのは楽しいですねえ。エマも飲みます?」
「言っておくが私は強いぞ。かつて地元の酒場で私を飲み負かした者は一人もいなかった」
「聞きなさい!」
アルジェブラが机を叩いた。がしゃんと大きめな音が鳴ったけど、そもそも店内は似たような酔っ払い客が多いため驚かれなかった。
「私も誰かと一緒に戦いたかった! 義勇兵にいた頃はフィリップのせいで私まで危険人物に思われていたし、そもそも相棒なんていなかったし、軍に入れば義勇兵上がりだからって敬遠され、隊長になっても副官すらつかない!」
「ひええ、泣き上戸ですう」
うわーんと泣き始めるアルジェブラ。良い歳の大人に泣かれると私は困ってしまう。宥め方なんて知らないし。おや、注文したエールが丁度いいタイミングで届いたぞ。アルジェブラに飲ませよう。
「お国のために戦う兵士も少なくなったわ。いまや他国に渡る資金がなくて戦う者のほうが多いでしょう。なのに議会の強硬派どもは停戦しようとしない。ああ、早くカロリーネ様を連れて帰らないと……」
「暗い話はやめましょう。酒場は楽しく飲んで食べる場所ですよ。さあさあ、もう一杯……痛い!」
「さあ水を飲めアルジェブラ殿。この阿呆に耳を貸すな、腐敗の力で良識まで腐ったやつだ」
「ふええ、相棒が辛辣ですう」
別に悪ふざけをしているわけじゃない。どう転んだって現実は辛いものなんだから、仲間と食事をしている時ぐらいは現実を忘れて楽しむべきなのだ。特にアルジェブラは普段から難しい顔をしている。たまには羽目を外してもいいだろう。
「あなたたちの生まれる時代がもっと早ければ、私は義勇兵を続けていたかもしれないわねえ」
水を何杯か飲んで少しだけ落ち着いたアルジェブラが、頬杖をつきながらため息を吐いた。軍の内情を知らないけど、寂しそうな顔をするアルジェブラを見ているとなんだか放っておけない。まるで昔の私を見ているようである。
「アルジェブラさんも私の小隊に入ります?」
「私は義勇兵じゃないわよ?」
「どうせ私の小隊は非公式なので軍人が混じっても関係ありません。名乗った者勝ちです。その代わり私が隊長ですけどね!」
「やめておけアルジェブラ殿。うちの隊員はこいつの影響を受けたせいで無茶をする者が多い。眉間の皺がもっと増えるぞ」
「どういう意味かしらエルマニア? 私の肌はつるつるよ?」
失言をしたエマが誤魔化すように視線を逸らした。
アルジェブラは「どうしようかしらねえ」とわざとらしく悩む素振りを見せてから私に微笑んだ。
「それじゃあよろしくね、メヴィ隊長?」
「ふふん。また私の部隊が大きくなってしまいました。人気者はつらいですねえ」
なぜかエマが呆れたように笑う。言っておくけどエマは相棒だから他人事じゃないですよ。私の隣で一緒に頑張ってもらうんだから。
アルジェブラは少し腫れた目を嬉しそうに細めた。まるで我が子を見守るような顔。私と誰を重ねているのかな。慣れない視線にちょっとむず痒いです。
いつの間にかテーブルの料理がなくなっていた。客も少し減っている。誰かが空気を入れ替えるために窓を開け、冷たい夜風が私たちの間を抜けた。まるで火照った熱を
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