第48話:カロリーネ王女はどこですか?


 翌日から私たちは二手にわかれた。メルメリィ教授と会うのは一旦後回しだ。学院長の口から神隠しについて聞きたかったけど会えないなら仕方がない。時間は有限。一刻も早く事態を解決すべく、アルジェブラが神隠しされたパラアンコ人の捜索、私とエマが王女殿下を捜索することになった。


「まずはウッドブラット教授から話を聞きましょう。カロリーネ王女殿下はきっと目立つと思うので、教授に聞けばどの講義を受けているかわかるはずです」

「考えはわかるが……どうやって探すのだ? 我々はまだ学院内の正確な道順すら把握していないのだぞ?」

「それが問題ですよねえ。初日に彼の教室を聞いておけば良かったです。手当たり次第、生徒に聞いてまわりましょうか」

「知っているぞ。そうやって道に迷うのだ。案内役を探したほうがいいんじゃないか?」

「任せてください。今度はちゃんと道を覚えますから」


 エマが疑わしげな目を向けてきた。失礼しちゃう。エマだって道に迷ったくせに!


 学院はとても広大だ。主要となる五つの塔と付属する小塔、そして各塔を繋ぐ連絡通路が迷路のように重なり、さらに地下にも無数の部屋が存在する。さらに壁かけ絨毯の裏で見つけたような、一見すると道とはわからない隠し通路や、入るたびに違う部屋に繋がる扉、いくら歩いても進まない廊下、足場が透明な階段など、数えきれないほどの魔術が学院全体にかけられている。


 ちょうど女学生が近くを通りかかった。どこかの研究室に向かう途中なのか、女学生は腕にたくさんの薬草や見たことのない魔導触媒をかかえている。


「ごきげんよう。ウッドブラット教授はどちらにいるか知っていますか?」

「教授なら地下の薬学場で『錬金術の歴史と基礎』を教えているわ。もうすぐ講義が終わるから今から行けば会えるんじゃないかしら?」


 女学生はちらちらと外の時計塔を確認している。次の講義に急いでいる途中だったのかもしれない。長く引き留めたら悪いかも。


「地下の薬学場はどこにあるのだ?」

「薬学場はこの塔の地下二階よ。今日は魔導植生学の先生が大規模な実験をしているから、地下一階を通るときは注意しなさい。あの人、よく危ない魔術を植物に使うの。もし迷ったら大パイプに入るといいわ。運がよければ行きたい場所に連れていってくれるから」


 大パイプとは何だろうか。疑問に思っていると、女学生が近くの壁にかけられている絨毯を魔術で持ち上げた。

 絨毯の裏側には大人でも余裕で入れるほど大きな穴が空いていた。真っ暗な空洞はまるで生き物が口を開けているみたいだ。女学生は勝手知ったる様子で穴の中へ滑り込んだ。彼女の姿はあっという間に消え、魔術によって持ち上げられていた絨毯が再び大パイプを隠した。


「面白そうだな。入ってみるか?」

「帰ってこれなくなったら困るので最終手段にしましょう。とりあえず地下に向かえばいいみたいですし、階段を使えば確実ですよ」


 好奇心旺盛なエマを抑えつつ、私たちは女学生が教えてくれた地下二階を目指した。

 階段をおりていると「ごきげんようって挨拶はなんだ?」とエマに聞かれた。「学校ではこのように挨拶をするんじゃないですか?」と答えると、どうやら丁寧な挨拶をするのは貴族かうさんくさい紳士ぐらいなんだって。「でも私はこの挨拶が馴染むんですよ」と言うと、エマが「そういえばお前、性格や魔術がパァなわりには所作が綺麗だな。本当にお嬢様みたいだ」と褒めてくれた。褒めてくれたんだよね? 誰の頭がパァですか。


 階段の窓から外を見ると、見たことのない植物が青々と生い茂る中庭があった。湧き水のように綺麗な水を出す噴水と、その周囲にコテージのような場所があり、数名の学生が座って談笑している。また時間が余ったら散策してみるのも楽しそうだ。

 そう思って目を離したら、次の瞬間には中庭から学生たちの姿が消え、代わりに黒い鳥たちがコテージの周りを飛んでいた。さらに目を離すと、今度は疲れた様子の男性講師が椅子に腰かけて魔女新聞を読んでいる。まるでテレビ番組のように切り替わる窓の景色。これも魔術の一種だろうか。


「止まれメヴィ」


 中庭に気を取られていると、エマに肩を掴まれた。前に向き直ると、踊り場より下の階段にびっしりと木の根が生えている。一本が私の腕ぐらいの太さがあり、まるでクモの巣のように階段を塞いでいて通れない。


「さすが魔術学院。時代の先をいく前衛的な内装です」

「魔導植生学の実験が失敗したのかもしれん。このままでは通れんが、どうする?」

「うーん、魔術で根っこを腐らせてもいいですけど、面倒なので遠回りをしましょうか」


 引き返して別の階段を探すことにした。木の根の間を無理に抜けるよりは楽だろう。こうして二人で廊下を歩いていると、まるで私たちも学生になった気分だ。誰もいない廊下がどこか寂しく、遠くで聞こえる学生の声が懐かしく感じられ、私たちの歩みは自然とゆっくりになった。掲示板に怪しげな研究の勧誘文が貼られている。『祝福の冴え薬。これさえ飲めば魔術試験も簡単に!』だって。ちょっと面白そうだね。


 気になって立ち止まると、目の端に壁かけ絨毯が映った。この学院の廊下にはよく絨毯がかけられており、その裏側には大抵の場合、秘密の抜け道や大パイプが隠されている。私は興味本位で絨毯をめくった。


「見てくださいエマ。こんなところにも隠し扉がありますよ」


 銀の刺繍が施された絨毯を持ち上げると、いかにも古そうな木製の扉が現れた。顔見合わせる私たち。たぶん、同じことを考えている。


「せっかくだし入ってみます?」

「大パイプに入るのを断ったのはどの口だ?」

「これなら間違っていても帰れるじゃないですか。さあ、つべこべ言わずに入りましょう」

「納得いかんが……待て、鍵がかかっている」


 古びた扉の取手には南京錠と鎖が巻かれていた。でも任せてください。こんなときこそ私の魔術です。


「ふふん、私を誰だと思っているんですか。魔女の弟子に不可能はありません!」

「学院の備品を壊したら怒られるかもしれないぞ?」

「だーいじょうぶですよお。謝るのは慣れていますから。それに見つからなければいいんです」

「うーむ……まあいいか。お前に任せよう。もしものときはアルジェブラ殿が解決してくれる」


 それはどうかな。怒られる相手がアルジェブラに変わるだけな気がするけど。

 まあ相棒が許してくれたし、早速鍵を腐らせてしまおう。呪痕に力を込めながら南京錠に触れる。ざらりと錆びた感触。長らく誰も開けていないような雰囲気。


「あら、意外とかたいですね。出力を上げましょう」


 耐魔術合金が使われているのか、それとも特別な防護魔術がかけられているのか、腐敗の棘を出せる程度の力では溶けない。でも所詮は金属。呪痕の出力を上げると少しずつ溶け始めた。


「隠し通路ってなんだかワクワクしますね。カタビランカに帰ったら義勇兵本部にもつくってみましょうか」

「フィリップ隊長が許してくれるとは思えんぞ」

「もちろん黙ってやるんですよ。たしか入れ換え魔術が得意な義勇兵がうちの部隊にいたはずなので、彼に頼んでみましょう」

「やめておけ、見つかれば首が飛ぶ。文字どおりな」

「ひええ、おっかない」


 話しているうちに南京錠が完全に溶けた。鎖を外してゆっくりと扉を開ける。途端に埃っぽい空気が隙間からあふれ出した。扉の向こう側は大きな螺旋階段になっている。壁にかけられた古風なランプは、学院というよりも貴族の屋敷に近い。

 階段の下は暗闇に包まれている。底なしの黒。輪廻の海を思い出すほど不気味な雰囲気。


「さあ、降りてみましょうか」

「足元に気をつけろ。こうも暗いと踏み外しそうだ……」


 怖がっていても仕方がない。行くだけ行ってみよう。

 そう思って足を踏み出したとき、私たちの背中から「止まりなさい」と声をかけられた。



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