第40話:即席砦で明かす夜

 

 戦争における魔術士の利点のひとつとして、どんな場所であろうとも拠点を建築できることが挙げられる。もちろん相応の数の魔術士が必要だが、魔導大国であるパラアンコならば魔術士不足は問題にならない。

 平野に居を構えた大きな砦。パラアンコ軍の魔術士が総出で作った即席砦だ。サミダラ要塞とは違って材質はただの石材だが、野宿するのと砦があるのでは雲泥の差である。私たちは満身創痍の状態で拠点に帰った。


「疲れましたねメヴィ隊長。まったく軍の奴らめ、撤退の判断が遅いんだ」

「そうだそうだ。俺たちのおかげで前線を上げられたってのにひどい仕打ちだぜ」

「それが義勇兵の仕事ってもんだ。だがまあ、隊長が最前線ってのは俺も不満だな」


 みんなが矢継ぎ早に愚痴をこぼしている。その内容がだいたい私のことなのは嬉しい。だけどもう少し声を抑えてね。軍人さんに聞かれるとまずいから。


「今日、死んだのは誰ですか?」

「ビクトールです。あいつ、メヴィ隊長が一級魔術士になったら娘を弟子入りさせるんだって言ってたんですよ。本人には口止めされていましたが……」

「そうですか……宴会が寂しくなりますね。ビクトールは盛り上げ役だったので」

「ポルナードに無理やり歌わせていたのもビクトールだからな、今度からは他の者をポルナードの隣に座らせないといけない」

「そのうち参加しなくなっちゃいますよ」

「するさ。ポルナードも実は嫌がっていなかった」


 エマの言葉に「本当ですか?」と笑いつつ、立ち止まってみんなに振り返った。


「みんな、よく生き残りましたね」


 私たちは数を減らした。ウサック要塞での生き残りは八人だったけど、この戦争で三人が欠けてしまった。その代わりにいつの間にか知らない顔が増えていたりするんだけど、見知った顔がいなくなるのは寂しい。みんなもどこか無理に笑っているというか、笑わないとやってられないって顔をしている。くたびれた表情。黒く変色した隊服。誰もが睡眠不足で深い隈が刻まれている。


「隊長仕込みのしぶとさでさぁ。赤蟻ごときに負けないぜ!」


 その赤蟻にパラアンコ軍は苦戦しているんだけどね。

 ちなみにポルナード君はカタビランカでお留守番だ。彼の魔術は戦闘に不向きであり、かつ貴重であるため戦争で失うのは惜しいと判断されたらしい。フィリップ隊長も色々と考えているようだ。私もポルナード君と一緒に留守番をしたかった。


「あら、ドブネズミじゃなーい。死んだと思ったのにしぶといわねえ」


 門を抜けたとたん、耳に響く甲高い声が聞こえた。トルネラが待ってましたといわんばかりに噛みついてくる。


「お疲れさまですトルネラ。そちらも無事なようですね」

「当たり前じゃない。私はあんたと違って準二級よ?」

「奇遇ですね、私も準二級ですよ。先日昇格しました」

「はあ!? なんであんたが昇格してんのよ!」

「ひええ、真面目に頑張ったからですよお」


 怒られた。もしかして私がトルネラの父に脅しをかけたって知らないのかな。まあ魔導協会に侵入したことは誰にも見つかっていないし、不正の証拠を握っているのだから彼女の父親も口を閉ざすか。


「まあいいわ。おめでとうドブネズミ、あんたら明日は強襲部隊だそうよ。東の拠点を攻めるんだってね。あそこは名のある騎士が揃っているから大変よ?」


 強襲部隊といえば聞こえが良いが、要するに特攻だ。命懸けで側面から敵に強襲を仕掛け、食料許蔵庫や周囲の兵站を潰すのが主な役目。兵站は軍の重要な生命線であり、敵も当然ながら厚い防衛陣を敷く。参加すればほぼ確実に帰れない。

 トルネラは心の底から楽しそうに笑った。私たちが居なくなるのが待ち遠しいって感じ。そういえば戦場でたまに流れ弾の魔術が飛んできたけど、もしかしてトルネラが犯人じゃないかな。


「あら、恐怖で言葉も出ないかしら。精々頑張りなさいね。万が一、作戦が成功すれば私たちも助かるし」


 そう言って彼女は去った。どうせフィリップのところへ行くつもりだろう。

 ようやく嵐が去ったと一息ついていると、みんなが不安そうな顔をしている。


「た、隊長、まずいことになりましたよ。東の拠点は特に防衛が厚い場所です。とても俺たちだけじゃ敵いません」

「今からでもフィリップに抗議しましょう! このままじゃ犬死にです!」


 むざむざ特攻をしたがるわけがない。貧乏くじを引かされたとわかり、悔しがる者や青ざめて震える者、なかには苛立たしげに壁を蹴る者もいる。やっと戦場から帰ったのにね。みんなの表情は暗いままだ。

 夜に包まれた即席砦。松明の明かりが私たちに影を落とす。体はくたくた、心はぼろぼろ。


「とりあえずご飯を食べましょう。エマのお腹がさっきからうるさいですし。強襲部隊の件は、まあ、あとで私からフィリップ隊長に言っておきます」


 あの猪突猛進な男が聞き入れてくれるとは思えないけど、言うだけ言ってみよう。私はみんなの隊長だから。

 この時期は夜の冷え込みがひどく、ろくに断熱がされていない砦内部は身を寄せ合うほど寒かった。隊長格の兵士はまだマシだが、一般兵は寝床の確保すら容易ではなく、特に暖炉周りの争奪戦は戦場もかくやというほど激しい。負けた者は冷たい石床に藁を敷き詰めて眠ることになる。そんな負け組たちの足を踏まないように気をつけながら、私たちは食堂へ向かった。

 食堂といっても名ばかりのもので、即席要塞に調理設備が整っているはずもなく、出される料理は輸送の間にかたくなったパンと、同じく輸送の間に変色した肉を豆と煮込んで誤魔化したシチューである。それでも私たちにとっては貴重な栄養源だ。特に戦場から帰ったあとは腹と背中が引っつきそうなほど空腹だから、たとえシチューからおかしな匂いがしても気にしない。

 疲れ果てた私たちは食欲という本能に動かされながら配給当番の兵士に声をかけようとした。だが先に兵士が口を開いた。


「おいおい、あんたらの分はさっき渡しただろう。一人一食。食料が限られているんだから我慢しろ」

「まだ私たちは食べていませんよ?」

「そんなことないだろ。さっき女の義勇兵がお前たちの食事だと言って取りに来たぞ」


 隣のエマから表情が消えた。犯人は言うまでもない。兵士の言葉にみんながざわつく。


「それは私たちの分ではない。新しく用意してくれ」

「無理だ。義勇兵の問題は義勇兵で解決しろ」

「ふざけんな! 最後まで戦場に残ったのは俺たちだぞ!」

「そうは言っても残り少ないんだ! どのみちお前たち全員に配る量はない!」


 怒りをあらわにするみんな。さすがに兵士も気の毒に思ったのか、怒っているというよりも困っているような表情だ。でも引き下がるわけにはいかない。私たちだって死に物狂いで頑張ったのだ。


「残っている分だけでいいのでください。じゃないと明日は腹が空いてうまく魔術が使えないです。誤って、おかしな方向に飛んじゃうかも、しれません」


 脅すように睨むと、兵士の喉から「ヒッ……」と声にならない音が聞こえた。別にあなたを狙うとは言っていないけど、何を想像したんだろうね。しゅーっと足元から煙が昇ると、兵士が「わ、わかった! わかったから落ち着け!」と叫んだ。


「もちろん、他の兵士の分は残したうえで大丈夫です。でもちょっと色をつけてくれると嬉しいです」

「だ、だが本当に残り少ないんだ。あんたら全員分はとてもじゃないが用意できない」

「むう、じゃあ残っているだけでいいです」


 兵士がわたわたとシチューを注ぎ始めた。手が震えているけど大丈夫だろうか。貴重な料理を落とさないか心配だ。

 結局、用意されたのは六人前。全員が腹を満たすには到底足りない量だ。みんなの顔に不満が張りついているのを見ると、なんだか申し訳なくなった。せっかく頑張ってくれたのに、食事も満足に用意してあげられないなんて。


「すみません。もっと気を回すべきでした」

「メヴィ隊長は悪くないですよ! 全部あの女狐のせいです!」

「そうっすよ! ほら、俺たちはいいんで隊長が食べてください!」

「いやいや、私は体が小さいのでいいです。体を張ってくれたエマに渡してください」


 遠慮するエマに無理やり押しつける。私は空腹なんて気合いで我慢できるけど、エマは食いしん坊だから耐えられないだろう。それに食事をもらったせいでみんなが倒れたら私が悲しい。


「お前ら、義勇兵だな?」


 振り向くと痩せ細った男が険しい表情で私たちを見ていた。汚れた麻布に鉄の首輪。西方蛮族の戦争奴隷だ。後ろには同じような格好の奴隷たちが立っている。一応、西方蛮族という呼称はよろしくないので正式な名前で呼んでおこう。


「カーリヤ族が何の用ですか?」


 いつでも魔術を使えるように構えておく。さすがに要塞内で奴隷が反乱を起こすとは思えないけど、念の為だ。みんなも手を止めて警戒していた。

 だが私たちの警戒とは裏腹に、カーリヤ族の男が差し出したのは配給食だった。なんの真似だろうと首を傾げると彼が説明してくれた。


「カーリヤ族は恩義を重んじる。お前たちには助けられた」

「……ああ、あの時の」


 そういえば彼らに襲いかかる敵兵を魔術で倒したことがある。城壁上から片手間に放った魔術だけど、彼らからすれば命を救われたに等しいようだ。彼らも最低限は食べないといけないから全て貰えるわけではないものの、私たちの分と合わせればみんなに一食ずつ配れそうである。


「名前を聞いても?」

「……アレーだ」


 そう言って彼は背中を向けた。馴れ合うつもりはないらしい。まあウサック要塞を破壊したのは私だし、彼らからすれば宿敵みたいなものだから。それでも恩を返すあたり、カーリヤ人は民族の掟を大切にしているのだろう。

 私たちは食事に手をつけた。かたいパンをシチューに浸してもそもそと食べる。私の記憶ではパンってもっと白くて柔らかかった気がするんだけど、ここのパンは製粉が荒くて真っ黒だ。シチューも豆ばかりで味付けが薄い。


「エマ、あっちで魔女新聞を配っているみたいですよ」


 私の声につられてエマが顔を向けた。そのすきにエマのなくなりかけのパンを私のパンと入れ替える。たぶんエマは食べ足りないだろうから譲るのだ。これは私の善意である。


「軍人たちの唯一の娯楽か。私たちもあとでもらおう」


 顔を戻した彼女は何かに気づいて少し黙ったあと、私の頭にポンッと手を置いた。女性にしては大きな手だ。手を向けられたら大抵の場合は叩かれたから、あまりいい思い出がないんだけど、エマの手は温かい。私の知らない温かみだ。


「シチューもくれ。パンだけでは噛みきれん」

「欲張りですね」


 いつかの農村で猪肉の串焼きを食べたように、今日も私たちは夜空の下で並んで食事をする。束の間の平穏だ。夜風にのって血の香りがした。



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