第37話:相棒と背中合わせ

 

 翌日、シャルマーン軍の動きが変わった。明確に義勇兵を、というか私の射程圏内を避けるように動き始めた。魔術は基本的に距離に弱い。魔力糸を伸ばして術を行使するという特性上、遠くなるほど術士から送られる魔力が弱くなる。私も例外ではなく、離れられると腐敗の力が満足に発揮できない。これが仮に岩を射出する魔術であれば、初動で力を与えてやれば魔力糸の範囲から外れてもそのままの速度で飛ぶのだが、魔術によっては距離が致命的な弱点になりうる。


 つまるところ暇なのだ。弓や魔術も飛んでこなくなったからエマも手持ちぶさたである。でも突っ立っているだけじゃ戦いは終わらない。いや、終わりはするだろうけど、私たちが負けてしまう。フィリップ隊長の部隊は彼のごり押しで優勢だが、パラアンコ軍本隊は騎士の数が足りなくて劣勢。全体的にみれば押されぎみだ。


「本隊がまずいですね。前に出すぎです」

「魔術の援護を過信したか。このままだと対魔導兵団に包囲されるぞ」


 本隊を取り囲むように敵の対魔導兵団が迂回をしており、味方はまだ敵の動きに気づいていない。いや、目の前の敵に精一杯で状況把握が間に合っていない感じか。包囲網が完成してしまえば本隊は砦に帰還できなくなる。数は約四千。失うには痛い数だ。


「エマ、私たちも出ましょう」

「フィリップ隊長と合流するか?」

「うーん、それは微妙かもです。命令されたら合流しますけど、彼と一緒に戦えばまた前線に放り出されますよ」

「ちなみに命令なら来ているぞ。砦を離れる際は我々の部隊に合流せよ、とな」

「……見なかったことにして、適当にあぶれた味方を連れて本隊の救援に向かいましょう」


 ご丁寧にフィリップの隊長印まで押された文書は腐敗で溶かしてやった。証拠隠滅だ。成果さえ出せば大抵の命令違反は許される。それが戦場である。

 私とエマは並んで城門前に立った。兵士たちが「子どもがいるぞ!?」とか「魔女の弟子だ、近寄るな!」とか騒いでいる。地上から見る戦場はずっと狭苦しく、血生臭く、そして何よりも淀んだ空気がたまっていた。魔術を防ぐためにジグザクと塹壕が掘られ、その中に兵士の亡骸が折り重なり、魔術の爆風が腐敗臭を巻き上げ、死の香りを嗅ぎつけた鳥が戦場の空を舞う。死体のなかには義勇兵も混じっている。見覚えのある顔もいくつか。


「私が前に出る。メヴィは援護を頼んだぞ」

「いえ、その必要はありません。今日は隣で戦いますよ」


 呪痕に力を込めた。右腕から染み出た魔力糸が死体に絡まり、エレノアが鉄屑を水圧で潰して鉄槌にしたように、死体をボキボキと魔力で圧縮した。そして現れたのは赤黒い剣。柄を掴むとひんやりとする。刃から常にどろどろとした液体が滴り落ち、地面に落ちるたびに煙を上げた。

 “冒涜の刃“。距離を詰めて戦うための新しい魔術だ。たくさん魔力を込めたから腐敗の棘よりもよっぽど強い。距離で威力が落ちるならば、掴んで直接斬ればいいという脳筋思考。でも私の魔術としてはこれが一番手っ取り早かったり。


「お前はどうしてこう、いつも外聞の悪い魔術を……」

「こういうのしか使えないので仕方ないんですう。エマも嫌なら離れていいんですよ」

「お前を放っておくと何をしでかすかわからん。そばにいたほうが安心だ」

「私、魔術以外はまともだと思いますが……」


 剣を軽く振り回すと、周囲の味方が一斉に距離を取った。そんなに私の魔術は不気味だろうか。一応、剣の素材は敵兵の死体を使うように気をつけたんだけどね。また嫌われたかもしれない。


「まあいいでしょう。いきますよエマ。迂回する敵部隊に突撃です!」

「フィリップ隊長の悪癖がうつったんじゃないか?」

「まさか。私は玉砕する気なんてさらさらないですよ。命大事に、でしょう?」

「覚えているならいい。それでは往こうか」


 並び立つ義勇兵が二人。私たちは同時に地面を蹴った。

 冒涜の刃に恐れたのか、味方が道を開けてくれる。逆に敵は私たちの行く手を阻むように待ち構える。まずは先頭の赤い鎧を着た敵兵。私たちが二人だけだとわかるや否や、彼は侮ったような表情で構えた。


「敵が来るぞ! 魔術士と騎士だ!」

「所詮は魔術! 我ら赤硝に恐れるものはない!」


 大降りの剣が振り下ろされた。小さい私では受けられないと踏んだのだろう。かち上げるように刃を振るう。そしてぶつかり合った瞬間、冒涜の刃はなんの抵抗もなく敵の剣を溶かした。泥をすくったような感触。続いて敵の鎧も貫く。


「馬鹿な、魔術士ごときの剣が――」


 くるりと回って首をはねる。別に必要なかったけど、敵の士気を下げるためのパフォーマンスだ。死に様は鮮烈であるほど敵に衝撃を与える。事実、周りの敵兵が動きを止めた。


「好きに暴れろメヴィ! 私が合わせる!」

「頼りにしてますよ!」


 二人で敵軍に飛び込んだ。味方部隊を分断しようとする敵軍に横っ腹からぶつかった格好だ。無謀ともいえる突撃。だが私たちは足を止めない。むしろどんどんと加速する。

 目につく敵兵を片っ端から斬った。私が避けて、エマが斬って、エマが受け止めて、私が斬る。私が屈めばエマが攻撃を受け止める。がら空きの胴体を斬り伏せれば次の敵がエマに襲いかかる。

 冒涜の刃のなにが良いって、燃費の良さだ。腐敗の棘みたいに撃って終わりじゃないから存分に戦える。距離も考えなくていい。入れ替わり、立ち代わり、私たちは濁流のような敵軍をさばいた。


「か、彼女たちに続けェ……!」


 後ろから味方の声が聞こえる。軍の隊長さんかな。私たちの背中に続いてくれるらしい。


「切り込み隊長を名乗れそうですね」

「光栄なことだ。だがあまり目立ちすぎるな。またどこぞの女狐に嫉妬される」

「そんなの早い者勝ちだと思いますが、まあ気に留めておきましょう――」

「見つけましたよメヴィ隊長!」

「あら、みんな…」


 いつもの飲み仲間がぞろぞろと集まってきた。よくもまあ敵だらけの場所に突っ込んできたものだ。流石に無傷とはいかず、怪我を負っている者が何名かいる。だが彼らの表情はまさに戦士のかお。戦えるのが嬉しいとばかりに瞳がぎらついていた。


「実はフィリップ隊長の部隊で戦っていたんですけど、メヴィ隊長の姿が見えたんで抜け出してきました!」

「えーっと、私は責任を取らないですよ?」

「大丈夫です!」


 大丈夫だろうか。あとで怒られても知りませんよ。私の心配をよそに「どうせ戦うならメヴィ隊長の隣がいい!」「シャルマーン軍を蹴散らしてやりましょう!」「ポルナードが羨むぐらい武功を上げようぜ!」「エルマニア姐さん今日も美しいっす!」と好き勝手に叫んでいる。


「急に騒がしくなったな」

「私たちらしくていいですねえ」


 宴会を思い出して楽しくなってきた。さあ往こう、我らが義勇兵の力を示すのだ!

 お国のためとか大層な志はないけれど、みんなの役に立てるなら、私を必要としてくれるなら、この足はきっと立ち止まらない。負ける気だってしない。隣には頼れる相棒がいるし、後ろには気の良い仲間がいる。

 どこまでいけるかな。孤立した部隊まで? それとも敵の大将首まで? わからないけど頑張ろう。どくどくと脈打つ呪痕が私に勇気と力を与えてくれた。



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