第35話:いざ王都へ

 

 色々と面倒事に巻き込まれつつも、私メヴィ、魔女騒動における功績を認められて準二級に昇格しました。今回はトルネラの妨害もなく、協会に侵入したときの「脅し」が効いたのか実績もすんなりと認められた。昇格したのは私だけではなく、魔女騒動に協力したみんなも軒並み階級が上がっている。非常にめでたい。本当ならば昇格を祝って宴会を開くのだが――。


「お尻が痛いですエマ〜」

「到着したらフィリップ隊長に待遇の改善を提案しよう。このままでは体が固まって戦えなくなる、とな」


 私たちは馬車に揺られながら王都を目指していた。カタビランカから王都まで馬車で五日ほどかかる。ウサック要塞ほどではないにしろ、中々の長旅だ。というか馬車を選んだのが失敗だったかもしれない。揺れるし遅いし獣にも襲われやすい。馬を借りて自力で移動すればよかった。私は屋敷にいた頃にセルマから乗馬を教わっているし、エマも実家で学んでいるから。


「せっかくなので一杯どうですか?」

「なっ、そのお酒は……部隊の男どもにすべて飲み尽くされたと思ったが、まだ残っていたのか」

「ふふん。長旅のお供に最適かと思いまして」


 でん、と置いたのは至高の葡萄酒。弓騎士からもらった褒美の一つであり、みんなに飲まれないように隠していたものだ。のどかな風景を肴に一杯いこうじゃないか。どうせ着くまで暇なのだ。


「従者の方もどうですか?」

「いっ、いえ、私は遠慮します……!」


 すごい怯えようで断られた。もう一度勧めると今度は「ヒィィ!」と叫んで馬車が揺れた。


「……なぜ怖がられるんでしょうか?」

「ああ、それはお前が街で暴れたからだろう」

「暴れたのは私じゃなくてエレノアですけど」

「そのときにお前の魔術を見られたんだ。家屋も溶かす腐敗の呪い、恐るべし、とな。実際にお前が溶かした現場からは今も謎の腐敗臭がするそうだぞ?」

「ひええ、不可抗力ですう」

「まあお前の場合は『魔女の弟子』という悪評があったから余計に騒がれているのだろう。放っておけばいいさ」


 むう、納得がいかないけどエマの言うとおりだ。私が反論をしたって火に油を注ぐだけ。フィリップ隊長が擁護してくれたら説得力がありそうだけど、あの人はたぶん断りそうだし。アルジェブラに至っては彼女自身が「魔女狩りの変人」として忌避されているから擁護できない。

 諦めてお酒をちびちびと飲む。あれ、私ってまだ飲んだらいけない年齢だったっけ? いや、みんなが何も言わないから大丈夫か。うんうん、たぶん私の気のせいだ。


「せっかくなら王都を楽しみたいですね。カタビランカとは比べ物にならないほど賑わっているんじゃないですか?」

「夢を壊すようで申し訳ないが、今の王都は派閥争いで不安定だぞ。ただでさえ戦争で景気が悪いというのに、貴族たちが権力を誇示するために浪費を繰り返すせいで民が困窮しているそうだ」

「あ、聞いたことがあります。たしか第三王女が人気なんですよね?」

「そのとおり。カロリーネ第三王女は融和派の筆頭だな。戦争の平和的解決を目指すために各地を訪問されている。ちなみに弓騎士殿もどちらかといえば第三王女派だ」

「あれ? ということは、専属である私たちも派閥争いに巻き込まれませんか?」

「巻き込まれたとしても、末端の義勇兵に矛先は向かんさ。気楽にいこう」


 本当ですかね。私は疑うような視線をエマに向けた。


「そんなことよりも、王都に呼び出された理由について話し合おう。おおかたフィリップ隊長がまた無茶な作戦を考えているのだろうが」

「とりあえず魔女は勘弁してほしいですねえ。命がいくつあっても足りないです」

「私は『サルファの獣』が出たとよんだ。アレは並みの戦士が敵う相手ではないからな。知っているだろう、ほら、原初の魔女が残した使い魔のことさ」

「うーん、ただ招待されただけって可能性はないですかね? うちの優秀な部下を紹介しよう、みたいな」

「そんな理由で王都に行くほど我々も暇じゃない。カタビランカでの仕事を一時的に放棄して呼び出されたんだ、間違いなく厄介事だぞ」

「戦争中の敵国に突撃せよ! とかですか?」

「ハッハッハ、あの隊長なら言いかねん」


 なにせ“栄光玉砕”のフィリップである。また捨て駒のように使われそうだと笑いながら、私たちは王都に向かった。


 ○


「突撃だ!」


 王都の中央、義勇兵に与えられた建物の一室で私とエマは顔を見合わせた。思いは同じだ。つまり――何を言い出すのだこのおっさんは――と。

 部屋にいるのは三人。私と相棒と、フィリップ隊長。一応、私たち以外の義勇兵も集まっているらしいが部屋に姿はない。


「あのう、一応聞きますが、どこに?」

「我らがパラアンコと戦争中の敵国、赤硝せきしょう国家シャルマーンだ。防衛戦が突破されそうだから援軍を求めるとのこと。依頼主は軍の総司令官だぞ。がはは、腕がなるな」


 豪快に笑うフィリップ。なぜか慕う者が多く、軍からの信頼も厚い男。彼の周りには自殺志願者が集まっているのだろうか、と思わずにいられない。エマも珍しくフィリップに苦言を呈す。


「今まで軍からの依頼は慎重だったはずだ。ウサック要塞の件といい、なぜ急に受けるようになったのだ?」

「そう邪険にするなエルマニア。国が傾いているんだ、手を貸すのは当たり前だろう。民はみな国の臣下なり。ガハハ、義臣のフィリップとは私のことだ」


 “栄光玉砕”があやすように髭を撫でる。はてはて、義とは。むしろ対極、自分の利益を最優先にする男だと思うけど。あとエマ、隣で「ハッハッハ、隊長も冗談が上手い」と笑うのはやめなさい。私にまでとばっちりが来るんだぞ。

 なんにせよ戦場に行くのは確定事項らしい。どうせフィリップ隊長が先頭に立ってくれるだろうから、私たちは流れ弾に当たらないように後ろで大人しくしよう。


「そういえば君たち、私がいない間に大活躍をしたそうじゃないか。なんでもカタビランカに魔女が現れたとか。私も報せを聞いて心配していたのだよ」

「我々を心配? それもご冗談――もがっ」

「そうなんですよお、フィリップ隊長がいたらもっと楽だったんですけどねえ」

「私の不在を狙うとは魔女もなかなか姑息だな。だが魔女と戦えるなんて滅多にない機会だ。君たちが羨ましい」


 さいですか。私は二度と会いたくないですけどね。

 フィリップの視線が私の右腕に向けられた。全貌は服に隠れて見えないけど、私の呪痕は肩ほどまで成長している。実力だけなら二級に届きそうだ。


「その様子だと準二級に昇格したのかね?」

「はい、おかげさまで二人同時に上がりました」

「それはよかった。魔女と渡り合える魔術士がいると伝えれば先方も安心するだろう。此度の戦いも期待しているぞ」


 まずい、と私の直感が告げた。このままでは要塞戦みたいにまた無茶な役割をさせられる。ここは少しでも私たちの株を落とすのだ。


「私はまだまだですよ。ぜひ今回の戦いは隊長たちの戦い方を後ろで学びたいです」

「謙遜するんじゃない。弓騎士殿からも高い評価をもらっている。ああ、君たちには前線を張ってもらうから安心したまえ。部下の手柄を奪うような真似はせんよ」

「フィリップ殿、ぽっと出の準二級ごときが前に出ればみなの反感を買うだろう。我々には分不相応だ」

「殊勝な態度は似合わんぞエルマニア。さっさと出世して私を部下にすると息巻いていただろうに。まあ君たちの配置についてはまた話し合うが、少なくとも後方はありえない。優秀な駒を遊ばせる余裕はないのだ」


 フィリップの意思はかたい。王都に向かっていたときから嫌な予感がしていたが、またしても私たちは鉄砲玉に使われるそうだ。義勇兵って世知辛いね。私たちは項垂れながら部屋を出た。



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