第28話:魔女の脅威

 

 目が覚めると診療所のベッドで寝ていた。外が暗いから恐らく地下だろう。起き上がろうとすると全身が重い。感覚は鈍いのに、刺すような痛みだけが何度も走る。一見すると傷は塞がれているが、きっと体の奥深くが治っていないのだ。とりあえず両腕がちゃんと残っていて安心した。鉄槌で殴られたときは本当に腕が潰れたと思ったから。上半身だけを起こすと、隣の椅子にエマが座っていた。


「よく逃げられましたね」

「あやうくお前と同じ墓に入るところだったがな。盾を犠牲にしてなんとか脱出したあと、駆けつけた弓騎士が助けてくれた」

「あはは、ついでに盾の修理費が経費にならないか相談しましょう」

「もう相談済みだ。自腹だとさ」


 見たところエマは怪我を負っていない。いや、先にエチェカーシカが治療したのかな。


「みんなを連れて逃げても良かったのに」

「味方を置いて逃げられんよ。騎士道に反するだろう?」

「騎士道……騎士道?」

「なぜ首をかしげるのだ?」


 私の同類である彼女が騎士道を語るのは疑問が残るが、エマのおかげで助かったのもまた事実。素直に「ありがとうございます」と伝えると手のひらを上げて返された。お互い様ってことかな。


「治療してくれたのはエチェカーシカですか?」

「そうだ。今は疲れて眠っている。お前を背負って帰ったとき、彼女はひどく憔悴した様子で待っていたよ。ああも弱々しいと責めるに責められん」

「魔女を匿っていたのは彼女ですからねえ。いや、正確には彼女の教会でしょうか」


 サルファの祝福教会には苦言を申してやりたいが、下手に喧嘩を売ると教会の恨みを買いかねない。エチェカーシカの処分はアルジェブラに任せよう。面倒事はエレノアの相手だけで十分なのだ。


「私はどれぐらい眠っていましたか?」

「半日ほどだ。その間はマダム・リンダに貧民街の入り口を見張らせたが、魔女が出入りした形跡はない。奴はまだ地下三階にいる」

「――それについて話があるわ」

「アルジェブラさん」


 我らが弓騎士様のご登場だ。彼女の鎧には真新しい傷がついており、私たちを救助する際に戦闘が起きたのだと察せられる。それでも私と違ってピンピンしているのはさすが準一級騎士だ。いや、ひ弱な魔術士と、頑丈な騎士の差か。


「おはようメヴィ。素敵な夢を見られたかしら?」

「魔女をぼっこぼこにする夢を見ましたよ」


 しゅっしゅっとシャドーボクシング。無理に動いたせいで肩が痛い。


「あらあら、正夢になることを期待するわ。それで本題なんだけど……ううん、実際に見てもらったほうが早いかも。一緒に来れる?」

「この姿で立てる人がいたらきっと英雄になれますよ」

「じゃあエマに運んでもらおうかしら。それとも脱法祈祷士を無理やり起こして治させたほうがいい?」

「脱法祈祷士」

「軍の通達を無視して魔女を匿ったのだもの。普通なら首が飛ぶわ。まあ彼女の場合は本人が知らなかったみたいだし、教会側も尻尾を掴ませないだろうから、罪に問うのは難しそうね」


 アルジェブラはおよおよと頬に手を当てた。うーん、意外とこの人は過激派だぞ。怒らせないようにしよう。


 その後、アルジェブラに首根っこを掴まれたエチェカーシカと再会し、何度も頭を下げられながら治癒を受け、どうにか自力で立ち上がれる程度に回復した。重態から満身創痍になったって感じ。ちなみに私の両腕は再起不能なほど骨が折れていたそうだ。即座に治癒をしたことと、エチェカーシカの腕が良かったおかげで治ったらしい。本当にありがとうございます。


 ○


 私たちは地下二階の花街に向かった。街の中央に大穴が口を開いている。私が地下三階の貧民街までぶち抜いた穴だ。上は魔導地下街、下は貧民街が見えるはずなのだが――。


「あらら……街が沈んでます」

「エレノアの魔術でしょうね。見てのとおり、貧民街は……というよりも、地下三階全域が水の底よ」


 大穴から下を覗くと、貧民街だった地下三階は巨大な地底湖に変わり果てていた。浸水被害こそ報告されていたものの、まだ余裕があったはずなのに、たった半日で魔女の水魔術に飲まれてしまった。薄暗い水面には無数の死体がぷかぷかと浮かんでいる。逃げ遅れた住民たちだろう。貧民街は体の弱い人が多かった。避難する余裕もないまま溺れたのだ。


「私たちはあえて見逃されたのかもしれないわ。さっさと街を沈めるためにね。水位は今も上がり続けているから、花街が沈むのも時間の問題でしょう」

「エレノアはどこですか?」

「おそらく、ここね」


 アルジェブラが穴の下を指した。暗くて深い、水の底を。魔女は水の中にいる。


「ひええ、手を出せないじゃないですか」

「だから困っているの。水魔術の使い手なら水中で呼吸をする手段を持っているのでしょう」

「しかも水中は魔女の独壇場だ。飛び込めば勝ち目はない」

「メヴィの魔術で水中から引きずり出せないかしら?」

「届きませんし、水中では避けられますよ」

「弓騎士殿は何かないのか? こう、準一級ならではの秘術とか」

「うふふ、あればいいのだけど。三級も準一級も、魔女の前では等しく無力なの」


 フィリップ隊長や上級の義勇兵たちがいれば、もう少し作戦が広がったんだけどね。みんな王都に出向中だ。今ごろ豪華な王都で遊んでいるのだろうか。肝心なときに不在だなんて嫌になっちゃいます。腐敗の棘を水中に撃ちまくったら出てこないかな。


「浸水が止まらないのは水門が開かないからですよね?」

「ええ、以前にあなたたちが修理してくれた門とは違う場所よ」


 うーん、どうしよう。一応、手はある。でも私が考えているのは一般的に歓迎されない。特に愛国者のアルジェブラが頷くか……いや、迷っても仕方がないね。まずは大事なことを確認して、それから策を講じよう。


「エレノアが水中にいるのは確実ですか?」

「いいえ、目視はできていないわ」

「そうですか……まずはエレノアが確実にいるかを確かめましょう。ちょっと待ってくださいね」


 そう言って私はイヤリングに魔力を込めた。


「――あ、ポルナード君、今から花街の大穴に来れますか? え? 暇じゃない? いいから来てください。じゃないと次の宴会の幹事はポルナード君ですよ――はい、はい――ついでに長めのロープもお願いします」


 ポルナード君は依頼を受けているんだって。私たちが魔女に構っているから普通の依頼が溜まっているらしい。でも今は街の一大事だからこちらを優先してもらおう。


「……それ、なにかしら?」

「特定の音を拾って通話する魔導具です。音魔術が得意なポルナード君と作りました。試作なので範囲は狭いですけどね」

「十分凄い魔導具よ! というかあなた、魔導具を作れるの!?」

「魔女の弟子ですからねえ」


 アルジェブラが面白い顔をしている。言いたいことがたくさんあるけど我慢しているみたいな。大人だね。


「後で相談しましょう。ぜひ軍にも提供してほしいわ」

「ふふん、安くないですよ?」

「構わないわ。経理は私が脅しておくから」


 高く買ってくれるって! 嬉しい!

 そうこうしているうちにポルナード君が息を切らしながら走ってきた。なぜか部隊のみんなも一緒にいる。


「お、お待たせしました」

「あなたがポルナード君ね。あとで話があるわ」

「ひっ、軍人さん!? 僕なんかに何の用ですか!?」

「ちょーっとこの子は秘密をたくさん抱えているみたいだから教えてほしいの」

「こっ、こここっ、今度は何をしたんですかメヴィさん!」

「あはは、鶏みたい。というか私をなんだと思っているんですか」

「近年稀に見る問題児ですよ……!」


 心外である。そりゃあトラブルメイカーの自覚はあるけど、基本的に私は被害者だ。部隊のみんなも「メヴィ隊長は悪くない!」「軍を味方につけるたあ流石だぜ!」と擁護してくれる。顔は怖いけど良い人たちだ。


「それじゃあ始めましょうか」


 みんなが来てくれたのはちょうどいい。ロープを入念に巻きつけると、反対側をみんなに渡した。力自慢の義勇兵がこれだけ集まれば安心である。


「何をするつもりなの?」

「もちろん、魔女に挨拶をするのです!」


 倒せるとは思っていないけど、殴られたお返しぐらいはしたいよね。私はロープを腰に巻きつけた。



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