第22話:ポルナード君と秘密のおでかけ

 

 水門の調査依頼から数日後。私はポルナード君を連れて、魔導協会に訪れた。時刻は夜。街は寝静まり、魔導協会の門も閉まっている。


「最近はずっと雨ですねえ。視界が悪くなるから潜入するぶんには助かりますが、こうも雨が続くと気分が下がりませんか?」


 フィリップから支給された外套に冷たい雨が当たる。フードを持ち上げてポルナード君を見ると、彼は不安そうに眉を下げていた。ただでさえタレ目なのに、そんな顔をすると目がなくなってしまいそうだ。彼は質問には答えず、逆に震えた声で問い返した。


「ま、魔導教会に不法侵入なんて……本当にいいんですね? 僕は責任をとりませんよ?」

「ひどいですポルナード君、一人だけはしごを外すなんて。ともにウサック要塞で戦ったじゃないですか。というか、一緒に来たのはポルナード君の意思でしょう?」

「違います! フィリップ隊長から圧をかけられたから、仕方なく、仕方なーく協力しているだけです!」

「そうでしたっけ? まあいいでしょう。さっさと中に入りますよ」


 魔導協会の門には特別な魔術がかけられており、許可なく触れた場合は警報が鳴り、衛兵に知らせが飛ぶようになっている。私は躊躇なく門に触れた。直後、一瞬だけ警報が鳴りかけたが、ポルナード君の音魔術によってかき消された。


(やっぱり便利ですねえ。その魔術って私も使えないですか? 腐敗が混じるとまずいでしょうか?)


 音魔術で喋れないため、口パクでポルナード君に話しかけると、「早く解錠してください」と睨まれた。はいはい、わかりましたよ。ポルナード君はせっかちですね。

 ポルナード君が消音の結界を張ってくれているうちに私が門の魔導回路を解く。腐敗魔術を使えば手っ取り早いのだけど、私の痕跡が残っちゃうし、門を壊すと流石に怒られそうだから真面目に解錠しているのだ。

 やがて音もなく門が開かれると、ポルナード君を連れて建物内に入った。屋内の警備は魔術に頼りきっているため人影はない。外套を脱ぐと、ポルナード君が簡単な水魔術で乾かしてくれた。


「悪いことをしているみたいでワクワクしますね」

「みたいじゃなくて、しているんですよ。ああ、なんで僕はこんな目に……」


 念のために足音だけ消しながら目当ての部屋に向かう。協会の奥に入るのは初めてだが、探すのはそれほど苦労しなかった。偉そうな人間は、奥へ、上へと部屋をとりたがるのだ。


「エルマニアさんは一緒じゃないんですか?」

「諜報系の仕事はエマに向いていないからお留守番です。適材適所ってやつです」

「唯一の常識人がいないなんて……」

「自分で言うのもなんですが、私は結構まともですよ?」

「どの口が言いますか。最近、同僚たちの様子がおかしいのはメヴィさんのせいですからね?」


 はて、なんのことでしょう。たしかにウサック要塞の作戦以降、同じ部隊の仲間たちは仲良くしてくれるが、別におかしな様子はない。むしろ私のような小娘にニコニコと接してくれる良い人たちである。きっとポルナード君は疲れているのだろう。

 そんな話をしているうちに目的の名前を見つけた。扉に「ダイアン」という名札がかけられている。


「ここがトルネラのお父さんの執務室ですか。監査員様は良い部屋に住んでいるんですねえ」


 室内は整頓されて綺麗だった。得体の知れない実験材料のような代物が天井から吊るされていたり、見たことのない生き物の標本が飾られていたりするものの、資料はきちんと棚に戻され、机の上も掃除がされている。きっとダイアンは几帳面な性格なのだろう。


「あーっ、これってメルメリィ教授の論文じゃないですか……! すごく貴重なのにどうしてダイアン監査員がこれを……まさか盗品?」

「メヴィさーん、遊んでいないで早く終わらせましょうよ。今日はメヴィさんの実績が改竄されている証拠を集めに来たんですよね?」

「実績よりもメルメリィ教授の論文が欲しいですけど……これ、もらって帰ったら怒られますかね?」

「そりゃそうでしょう。というか、そんなに有名な人なんですか?」

「知名度は高くないですが、とっても貴重です。教授の資料が世に出回ることは滅多にないので、師匠の屋敷でも教授に関する本はたった一冊しかなかったんですよ」


 ポルナード君が「へ~」と興味がなさそうな返事をした。すでに話し半分で机の引き出しをあさっている。仕事が早くてなによりだが、相手にされなくて少し悲しい。

 私もまじめに調べ始めた。トルネラの妨害は今のところ「うっとうしいな」ぐらいの感覚であり、あまり危機感を覚えていない。でも放置しているとエマに心配されるし、このままだとエマだけ昇格して私だけ三級のままになってしまう。それはちょっと格好がつかない。


「協会資金の横領、騎士協会との裏取引……わあ、色々と黒いことをやってますねえ」


 金庫の中から帳簿を見つけた。強めの防護魔術がかけられていたけど、腐敗全開で頑張ったら鍵が壊れた。これでダイアンの秘密が丸裸だ。まあ腐敗魔術を使ったせいで私が侵入したとバレるんだけど、ダイアンにバレるぶんには問題ないと思う。むしろ私に秘密を握られたってわかればダイアンも手を出しづらいはずだ。もしも協会に告げ口をされたら、逆に私がこの帳簿を公開すればいいだけだからね。

 とりあえず騎士協会との手紙と帳簿をいただいておこう。私の実績が揉み消された件は明確な証拠がなかったけど、弱みを握れたので十分である。


「それじゃあ帰りましょうか。念のため音がもれないように魔術をお願いしますね」


 メルメリィ教授の論文に後ろ髪を引かれつつ、私たちは魔導協会を出た。。雨雲が夜空を覆うせいで今夜は一段と暗い。街灯の光がぼんやりと夜の闇に浮かび、雨の冷たさがしんしんと体温を奪い、雨音に混じってうめき声のようなものが聞こえる。路地裏に目を向けると、酔っ払いの男が雨に打たれながら倒れていた。

 不気味な夜だ。生者の気配が薄く、月明かりは分厚い雲に遮られ、唯一の光源である街灯もカーテンのような大雨で意味をなさない。新聞屋が現れるときに似た、わけもなく心がざわめく夜。

 ポルナード君が震えている。彼の耳は聞こえないなにかを拾っているのかもしれない。私たちは早足で寮に帰った。


「おかえりメヴィ」

「エマ? それにみんなも?」


 寮の前にエマを始めとした仲間たちが待っていた。真夜中だというのに勢揃いだ。エマいわく、最初は自分だけだったのに、気づけば皆が集まっていたとのこと。私ってば意外と人望があるのかも。

 せっかくだから小さな宴会をひらいた。夜更けだから抑えめに。されど雨音が聞こえない程度に騒ぎながら。

「メヴィ隊長はいつ準二級に昇格するんですか?」「バカ、気にしているんだからやめろ!」「大丈夫だって、メヴィ様ならすぐに準二級どころか一級まで上がるだろうさ」「パシフィックが隊長を探していましたよ」「あの女たらし、まさか今度は隊長に目をつけたのか!?」「はっはっは、さすがに対象外だろう」

 みんな楽しそうだ。なぜか隊長と呼ばれているけど私はまだ十三歳だぞ。


「知っているかメヴィ」


 エマと並んでお酒を飲みながら、先輩に歌わされるポルナード君を眺めていると、彼女が重々しい様子で口を開いた。


「先週、となり街が雨で沈んだらしい」


 やんややんやと空騒ぎ。きっとみんな不安だったのだろう。雨音がいつまでも聞こえてくる。



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