第21話:弓騎士からのご指名

 

 私たちは首輪をつけられた状態で面会室に向かった。何日もつけていると首がすれて痛い。寝るときの姿勢が悪いせいか、肩がこっている。つまり私たちは決して機嫌が良いとはいえない状態だった。

 そんな私たちを弓騎士は笑顔で出迎えた。第一印象は「初対面のエマに似ている」だ。今でこそ、魔女ミーハーで意外とだらしなく、俗物的な側面もある相棒だが、初対面のときは騎士の風格があった。目の前に立つ“弓騎士”アルジェブラのように凛とした女性だったのだ。


「初めまして。まさか最初の顔合わせが拘置所になるとは思わなかったわ」


 彼女は柔らかく微笑んだ。からかうような口調だが見下すような響きはない。

 私は少し意外だった。衛兵に無理やり捕まった手前、軍人には良い印象がなかったからだ。それに私は魔女の弟子という悪評に加え、邪教と一緒に地下街で暴れたという罪――私は断固として無実を主張している――がある。そんな私たちを邪険に扱わないアルジェブラはとても好意的に見えた。


「三級魔術士のメヴィです。ウサック要塞で会いましたね」

「同じく三級騎士で義勇兵のエルマニアだ。弓騎士の噂はかねがね、大層なご活躍だと聞いている」

「どんな噂かしら。魔女に固執する異端者とか?」

「はっはっは」


 エマが笑って流した。せめて否定しなさい。


「まあいいわ。念のために確認をしたいのだけど、あなたたちは無実の罪で捕まっているのよね?」

「もちろんです。私ほど清廉潔白が似合う魔術士はいないですよ」

「まったくだ。騎士道に背いたことは一度もない。今回だって悪しきマダム・リンダの画策によるものだ」

「そう、じゃあ噂はあてにならないものね。それとも戦場では性格が変わるのかしら」


 彼女は魔女新聞をテーブルに置いた。新聞の一面には『魔女の弟子が敵を殲滅。嘲笑う二人組』と書かれ、城壁から魔術を打ち下ろす私と、隣で偉そうに仁王立ちをするエマの写真が載っている。私とエマはそろって「ハッハッハ」と笑った。


「私たちは依頼を完璧にこなしただけ……新聞とはいつだって事実を誇張するものです。アルジェブラさんも要塞戦にいたのですから、その記事が事実無根だと知っていますよね?」

「うーん、この新聞に書かれている内容は私の記憶とあまり変わらないのだけど」

「事実無根ですよね?」

「え、ええ、そうね」


 よし、言質はとったぞ。何事も証言は大事だ。声の大きい者が真実となる。それが世の摂理であり、上手な社会の生き方なのだ。


「……まあいいわ。重要なのはあなたたちが罪を犯していないことだもの。さすがに私も罪人を連れ出すのは気が引けるから」

「と、言いますと?」

「あなたたちを釈放するわ。すでに衛兵には話をつけている」


 エマと顔を見合わせた。どういう風の吹き回しだろうか。


「もしかしてフィリップ隊長に頼まれたんですか?」

「いいえ、私があなたたちを助けたいと思ったからよ。せっかくだしここで話しましょうか。ああ、人払いは済ましているから安心してね」


 弓騎士は一度言葉を切ると、「こほん」と咳払いをしてから居住まいを正した。


「あなたたちに、私の専属義勇兵になってほしいの」

「軍人様からのご指名……これが赤紙というやつですか。ついに私も前線で戦うのですね」

「知っているかメヴィ、戦場で死ぬと階級が二つ上がるのだ。我々義勇兵の場合はどうなるのだろうな?」

「新しい二つ名でも貰えるんでしょうか」


 エマと一緒に「格好いいのが欲しいですね」と肩をすくめた。


「戦場に送るつもりはないわ。まあ、そういう依頼が来る可能性もあるけど」


 そんな私たちの軽口をアルジェブラは流した。彼女は真面目に話を進める。


「基本的な依頼は魔女に関するものよ。ときには西方蛮族や裏組織の調査、軍の作戦の協力を依頼するかもしれないけど、そういった物騒な依頼は少ないでしょう。もちろん拒否権はある。嫌だと思ったら依頼を断って構わないわ。私たちは対等な協力者として関係を築きたいの」


 ――“弓騎士”アルジェブラ。滑らかな金髪を結い上げた準一級騎士であり、魔女に固執する変わり者としも名高い。剣も扱えるが真骨頂は弓だ。ひとたび戦場に立てば敵軍の弓兵の射程外から敵将を射貫くという。その類い希なる腕前は同世代でも頭一つ抜けているらしく、そのぶん女性という立場も相まって色々なやっかみを受けているのだとか――。

 そんな噂を聞いていたが、思っていたよりも彼女はまともな人間だ。少なくともフィリップ隊長よりは話が通じるようで安心した。


「なぜ私たちなんですか?」

「ウサック要塞で二人の実力を見たというのも理由の一つだけど、一番の決め手はメヴィ、あなたよ」

「私?」

「“輪廻の魔女”ルーミラ・ルーが唯一認めた弟子。あなたの協力がほしいの」


 私が欲しいだなんて言われちゃった!

 どうしよう、私ってばまだ十三歳なのに。そりゃあ未来有望な魔術士ですから? 引く手あまたなのも頷けるけど? でも、えへへ、困っちゃうなあ。

 隠せないほど口角が上がる。なんだか相棒に白い目を向けられているが気にしない。もちろんアルジェブラに思惑があるのはわかっているけど、必要とされるのは嬉しいのだ。

 アルジェブラは「何から話そうかしら」と思案していた。


「知ってのとおり、我らが自由の国・パラアンコは戦争中よ。敗戦に次ぐ敗戦で前線を大きく下げてしまったから、このままでは敗けるのも時間の問題だといわれている。だけど、もしも魔女の協力を得られたら我が国は勝てるかもしれない」

「まさか、私がいたら魔女の協力を得られるかも、なんて考えてます?」

「ええ、考えている。魔女の弟子という立場は有用なのよ。西方蛮族に魔女がいるのは知っているかしら?」


 私は初耳だ。エマも「知らない」と首を振った。あまり知られていない情報なのかもしれない。というか軍事機密なのでは? 聞いてもいいんですか?


「人に協力する魔女の稀有な例よ。私の目標は西方蛮族を守る魔女の説得と和解、そして協力関係を築くこと」

「うーん、ウサック要塞を攻め落としちゃいましたし、協力関係は難しいのでは?」

「平和的解決のためには、ときに武力も必要なのよ。まだ魔女は一度も我々に姿を見せていない。そして我々が近づけば西方蛮族は容赦なく攻撃をしてくる。それじゃあもう、気が済むまで殴り合って、力の差を示してから話し合いの場を設けるしかないでしょ?」

「ひええ、力業です……」

「自覚はあるわ。でも、悠長に説得する時間はないから」


 思っていたよりも無理難題を頼まれてしまった。相棒に視線を向けると、彼女は真顔でうなずく。ようするに「任せる」と。ひええって感じ。


「もちろん国民を守ることが第一よ。だから交渉が決裂したら戦うことになるし、西方蛮族に限らず、被害の大きな魔女が国内に現れたら私たちが戦う」


 私は悩んだ。魔女は天災であると同時に、強大な魔女の存在は他国に対する抑止力になる。魔女がいるかどうかで攻め込む先が変わるほどに彼女たちの影響力は大きい。結局のところはバランスなのだ。魔女という抑止力を受け入れるか。それとも被害を覚悟で討伐、ないしは他国に押し付けるか。

 そもそも魔女は、他人の意思に縛られない。国に仕えるなんてもってのほか。自らの意思で考え、願いに従順で、欲しいものがあれば力づくで手に入れる生き物だ。たとえば、私はルル婆のことが好きだが、ルル婆が「善良な魔女」ではないと知っている。魔女には魔女の行動理念があり、彼女たちは自らの意思でしか動かない。


 そんな魔女と戦うのは戦争に参加するよりも危険だ。セルマにも魔女とは関わるなと忠告をされた。

 わかっているのだ。でも、目の前で不安そうに目を揺らすアルジェブラを見るとどうにも弱ってしまう。彼女はえん罪を晴らしてくれる恩があるからできれば協力したい。魔女の協力を得るって話はちょっと自信がないけれど、私の壊すしか能のない力を欲しいと言ってくれるなら、弓騎士のためにすべて壊してみるのも悪くない。

 それに彼女はきっと、国のために戦えるすごい人だ。準一級の実力があれば他国でも力を発揮できるだろうに、得られたはずの名誉を捨てて国に残り、魔女に挑もうとしている。そんな彼女に協力したいと思う程度の正義感は私にだってある。


「専属になって、くれないかしら……?」


 私一人の問題ならば迷わなかった。でも相棒を巻き込むことになるから、少しだけ慎重に答えることにした。


「まずは、仮専属って感じで受けます。正式な専属は、それから考えるってことでいいですか?」

「もちろん大丈夫よ。エルマニアもそれでいいかしら?」

「メヴィが決めたなら構わない。私はこいつを守る騎士だからな」


 アルジェブラの顔がパァーッと華やいだ。私みたいな小娘の協力を得られただけで喜ぶなんて、よほど周りに仲間がいないのだろう。かわいそうなアルジェブラ。次の宴会は彼女も誘ってあげよう。


「それじゃあ、これからよろしくね」


 アルジェブラに首輪を外してもらった。軽くなったはずなのに、背負うものが増えたせいか、体が重くなったように感じた。困ったなあ、たくさん背負えるほど私は大きくないんだけど。

 でも私はメヴィ。心のままに、とルル婆が言った。だから私は気に入った人に手を貸そう。アルジェブラが言うなら魔女と戦う。ルル婆が言うなら屋敷に人を招待する。もしもアルジェブラとルル婆が敵対したら? わからない、けど、まあいいや。

 晴れやかな気持ちで拘置所を出た。外は雨が降っていた。



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