第20話:誤解されがちな私たち

 

 騒然とした魔導地下街の中央で、私たちは大勢の野次馬に囲まれている。群衆から向けられる視線はとても好意的とはいえない。魔導触媒屋の前で遠巻きに睨む壮年の男や、子どもを庇うようにして守る母親、ぬるりと地面から這い上がるようにして眺める魔術士などが、巻き込まれないように離れつつも、この面白い状況を見逃すまいと野次馬になっていた。私を『サルファの祝福教会』の一員だと思い込み、厄介なマダム・リンダと邪教が争っているのだと勘違いしているのだろう。

 とんだ迷惑だ。そりゃあ私は事実として魔女の弟子だし、魔女のことを悪く思っていないけど、理由もなく人を襲ったりしないし、魔女に生贄を捧げたりもしない。私は善良な魔術士だ。


「安心しろよ、命までは取らない。てめえらにはパシフィックの代わりにたっぷり稼いでもらうぜ」


 さて、どうしたものか。私は殺戮者ではない。むしろ平和を愛する博愛主義者だから、魔術ではなく話し合いで解決したいと思う。でも目の前の男は下卑た笑みを浮かべながら、私とエマを花街に売ろうとしている。

 ならば戦うしかないだろう。世の中は力だ。博愛主義者がどれだけ平和を語ろうとも、人々に品と余裕がなければ聞く耳も持たれないのだ。群衆のなかで私は小さくため息をこぼした。


「いたいけな少女が襲われているんだから、一人ぐらい助けに来てくれてもいいんじゃないですかね」

「マダム・リンダに邪教、そしてお前は魔女の弟子……厄介者のフルコースだ。建国の英雄様だって投げ出すさ」

「メニューが足りませんよ。いい加減なシェフです」


 軽口を返しつつ、私は右腕の呪痕に力をこめた。周囲の魔導元素が集まっているのが感じられる。


「“腐敗の棘”」


 集められた空気中の水分が、腐敗の魔導元素と混じって黒く染まり、針状になって男の右足に放たれた。まずは脅しをかける程度に手加減をしよう。そう思ったのだが――。


「ガァッ――! あ、足がッ、俺の足がぁぁああッ……!」


 男が絶叫しながら地面を転がった。うーん、感覚的にはあまり力を込めていないのだけど、予想以上に痛がっている。もしかして呪痕を刻んでいない一般人だったのかな。だとしたら腐敗の棘に耐性がないのも納得だ。


「そんな大袈裟な……別に命まで取りませんよ。足が少し腐る程度です」

「知らんのかメヴィ。人は足が腐ると悲鳴をあげるのだ」


 びっくりです、と肩をすくめた。

 周囲の野次馬からも悲鳴があがり、何人かは巻き込まれないように逃げていった。それでも大多数は見世物小屋を楽しむかのごとく居座っている。なかにはワインを片手に口笛を吹く輩もいる始末だ。カタビランカの治安がどれほど素晴らしいかは言うまでもないだろう。


 男の数は残り四人だ。彼らは仲間がのたうち回っているのを見て呆気に取られている。そのうちに、もう一人の男に向かって“腐敗の棘”を放った。さっきよりも呪痕の力を弱めたのだけど、それでも両足に棘が刺さった男は泣き叫びながら地面に倒れた。


「エマは残りを……って、もう仕留めていましたか」


 私がちんたらと魔術を編んでいるうちに、エマが二人を斬り伏せていた。血が出ていないから鞘は抜かなかったようだ。男たちが悶絶した様子で地面に横たわる。エマはつかつかと歩み寄ると、抵抗できないように彼らの足を踏み抜いた。足鎧による一撃。エマさん、容赦ないです。


「お、お前ら! マダム・リンダに手を出すって意味がわかっているのか!?」


 最後に残った男が狼狽えながら後ずさった。さっきまでの威勢が嘘のように縮こまっている。マダム・リンダの威を借りてつけ上がっていたのだろう。それとも、私たちを小娘と侮ったのかもしれない。どちらにせよ、一般人が魔術士や騎士に敵うはずがないのだ。

 一歩踏み出すと、男はまた一歩後ずさる。面白い。トトトッと近寄ると男が怯えたような悲鳴をあげた。帽子を上げて視線を合わせる。


「あなたはどうしますか? 逃げるなら見逃しますが……いや、少し脅したほうがいいでしょうか。腐敗を一刺し、いっときます?」

「ば、化け物め! やっぱり魔女の弟子も化け物じゃねえか!」

「人聞きが悪いです。正当防衛ですよ」


 ねえ、とエマに同意を求めようとしたが、彼女は横たわる男たちを念入りに痛めつけていた。そして群衆がその様子にドン引きをしている。彼らの視線はエマと私と、そして骨を砕かれたり足が腐ったりしている男を交互に見比べた。


「正当防衛なのですよ。ええ、もちろん……」

「メヴィ、そいつはどうするんだ?」

「これ以上魔術を使うと騒ぎが大きくなりそうなので、衛兵に渡しましょう。エチェカーシカもそれでいいですか?」


 エチェカーシカがさも自分の手で片付けたかのようにふんぞり返っている。


「寛大なる慈悲の心で許しましょう。これに懲りて改心するのですよ」


 そう言いながら男たちの懐から金銭を盗み始めた。言葉だけ聞けば敬虔な信徒の説法なのだが、あまりにも絵面がひどい。喧嘩を売っておきながら私たちになすりつけ、自分は安全な場所から野次を飛ばし、最後には美味しいところだけいただこうとするのはまさに邪教徒のかがみ。これは嫌われても仕方がないだろう。


「そのあたりにしておけエチェカーシカ。衛兵が来るぞ」

「あら、あなた方に支払うためのお礼を用意していたのですが……」

「よし、そのまま続けろ。衛兵には我々が話をする」


 やがて人混みの中から衛兵が現れた。彼らにマダム・リンダの男を引き渡してから、本部に戻ってフィリップ隊長に報告をしよう。まだ水門調査についても報告していないから急がないといけない。

 そう思っていたのだが、衛兵は私たちと横たわる男を見比べ、一瞬の奇妙な間をつくったあと、剣の切っ先を私たちに向けた。


「貴様らが乱闘騒ぎの首謀者だな!」

「え?」


 ○


 カタビランカにおいて衛兵の力は小さい。マダム・リンダを始めとした、各勢力が幅をきかせているせいで取り締まれないのだ。戦争による経済難で領主が資金を出し渋り、そのしわ寄せで衛兵の発言力が弱まり、結果として衛兵と裏組織との癒着や賄賂が横行した。

 そんな拘置所の中で私とエマは捕まっていた。すでに三日が経過したが釈放される様子はない。一度だけフィリップ隊長が会いに来たが、彼は助けるわけでもなく「がはは、いきなりお縄になるとは私も思わなかった。安心しろ、未払いの報酬金は輪廻の魔女殿に届けるぞ」と言って帰った。


「なーんで私たちが犯人になるんですかねえ」

「マダム・リンダと衛兵が繋がっていたのだろう。カタビランカではよくあることだ。だから誰もマダム・リンダと争わない」

「やりたい放題じゃないですか」

「まったくだ」


 たぶん、私が魔術を使ったのも良くなかった。腐敗の棘は見た目がとても怖いし、刺さった相手が痛そうに絶叫したから、余計に私が極悪非道な人間のように映ったのだ。全部エマに任せていればもう少し穏便に済んだ気がする。

 ちなみにエチェカーシカは捕まっていない。彼女は直接手を下していないことと、教会の保護があったため罪に問われなかった。世渡り上手な女だ。


「まあ心配いらないだろう。フィリップ隊長は我々の有用性を知っている。うまく動いてくれるはずだ」

「本当ですか? 笑って帰りましたけど?」

「便利な駒は手放さない。今ごろ上に掛け合ってくれているだろう」

「便利な駒」


 微妙な気持ちで首もとを触った。冷たい鉄の首輪が付けられている。呪痕を抑える魔導具らしいが、体感的にあまり変わらない。軽く力を入れれば腐り落ちそうだ。最悪の場合は自力で脱出しよう。

 私が首輪を気にしているのをエマが心配そうに見つめた。おもむろに彼女は口を開く。少し躊躇するように。


「……衛兵に剣を向けられたとき」

「ふえ?」

「あの男のせいで我々が捕まったとき、お前は腹が立たなかったのか?」

「あー……エマは腹が立ちました?」

「ああ、今すぐに斬り捨てようかと思った。この街では一度舐められたら生き残れないからな。だが、お前が飄々としているから我慢した」


 彼女が悔しそうに唇を噛む。私のせいで我慢をさせてしまったようだ。申し訳ないな。エマにはあまり迷惑をかけたくないのに。


「私のことは気にしなくていいですよ」

「そうは言っても――」

「剣の切っ先が私に向くだけなら構いません。私は、魔女の弟子ですから。でも、エマが一緒に理不尽な目にあうのは話が違います。だから、もしものときは言ってください。責任をもってエマを助けましょう」


 きちんと、エマの目を見て告げた。ちゃんと言葉にしておきたかった。エマが見つめ返す。魔導の輝きを宿した、黄土色の綺麗な瞳だ。騎士でありながらも少し子供っぽくて、どこか私と似ている光。

 きっと私たちは同類だ。誰かを支えるのが好きなのだ。エマが理想の主人を探すように、私が他者のために力を使いたがるように、大切な誰かのためならば、いくらでも努力できる。でも誰でもいいわけじゃなくて、自分が認めた凄い人のために頑張りたい。そんな自分勝手でわがままな願いをかかえている。

 だからエマが望むならば拘置所なんて魔術で壊してみせる。たぶん、色んな人に追われることになるけど、あまり怖くないし、むしろ想像したらワクワクする。エマが「頼む」と言ってくれたら今すぐにでもぶっ壊してあげる。

 でも、エマは呆れたように小さく息を吐くだけで、拘置所をぶっ壊せなんて願いはしなかった。


「お前が暴れると問題が大きくなる。必ず私に相談してからにしてくれ」

「私を何だと思っているんですか」


 むう。なぜか諌められた。素直に喜んでくれると思ったのに。

 話していると、こちらに歩いてくる足音が聞こえた。カツカツ、と硬い音が牢屋に響く。やがて現れたのは衛兵だ。エマがさっと私の前に立ってくれた。


「面会だ。外に出ろ」

「またフィリップ隊長か?」


 衛兵が首を振る。


「“弓騎士”アルジェブラ様だ」


 私たちは顔を見合わせた。どうやら軍人様がお呼びらしい。



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