第19話:邪教に祝福あれ

 

 水門調査を終えた私たちは本部に戻る前に、地下一階の魔導地下街に立ち寄った。カタビランカは危険な街でありながらも多くの魔術士が集う。その一番大きな理由がこの魔導地下街だ。

 階段の先に煌びやかな地下市場が広がった。見たことのない魔導書や禁術すれすれの魔術、日の目を見ない魔術士のニッチな研究や滅多に流通しない魔導触媒などなど。

 ここはいわば闇市である。本来ならば魔導協会によって規制されるはずの品が店先に堂々と売られ、名のある賞金首の魔術士が市場を歩き、そんな彼らを住民たちは見て見ぬふりをする。カタビランカという無法地帯だからこそ許される、魔術士の楽園だ。当然ながら偽物やぼったくりも横行しており、目利きのできる魔術士でなければまともな買い物はできない。


「見てくださいエマ、落炎鳥らくえんちょうの羽ですよ。不死の力が宿っていて、身に付けると不幸から身を守ってくれるそうです。でもこれ、本物ですかね?」

「こっちには素晴らしい剣があるぞ。魔導回路を組み込んでいるのか。値段は……むう、流石に高いな。諦めるか、いやしかし……」

「わあ、メルメリィ教授の新しい論文! 買いましょうエマ!」


 私の財布はなぜかエマに管理されている。目を離すと無駄遣いをするからだとエマは言うが、彼女だって怪しい鎧を買ったりしているのだからお互い様だと思う。まあ私の年齢では説得力がないのだろう。ああ見えてエマは世話焼きな性格だしね。

 結局、メルメリィ教授の論文は買ってくれなかった。ルル婆の屋敷ですらお目にかかれない貴重な研究資料なのにもったいない。エマのことは守銭奴騎士と呼ぼう。


「失礼なことを考えていないか?」


 ぶんぶんと頭を振った。

 それから私たちは依頼をそっちのけで楽しんだ。なにせ最近は仕事漬けだったのだ。女の子らしく買い物なんて久しぶりである。普段は憮然とした雰囲気のエマも、今日は楽しそうに笑っている。きっと彼女も遊びたかったのだ。


「『祝福と魔女の家』……魔女由来の商品を集めた雑貨屋でしょうか。見ていきましょう」


 枯れ木の紋章が刻まれた扉を開けて店に入った。店内は少し暗い雰囲気だ。暖色のランプがいくつも天井からぶら下がり、雑多につまれた商品が歪つな影を床に落とす。古い木材の香りと、わずかに混じる甘い果実の匂い。店内には数名の客が入っており、古風で落ち着いた雰囲気だった。


「あ、この帽子いいですね」

「メヴィには大きすぎないか?」

「エマはわかっていませんねえ。つば広の大きな帽子こそ魔女の象徴ですよ。顔が隠れるくらいが丁度いいのです」


 私は黒い帽子を手に取った。大きなつばがとてもお洒落だ。なんとなく魔女といえば黒のとんがり帽子という印象がある。私も魔女の弟子としてとんがり帽子をかぶりたい。


「あなた、小さいのに見所がありますね」

「ひえっ」


 突然後ろから話しかけられた。びっくりして振りかえると、滑らかな金髪の少女が私を見つめている。


「素晴らしい着眼点です。今でこそとんがり帽子をかぶる魔女は減りましたが、かつて魔女が一世を風靡した時代には多くの魔術士が魔女に憧れてとんがり帽子をかぶりました。ええ、ええ、そうです、かの“原初の魔女”サルファ様がとんがり帽子をかぶっていたからです! だから私は今の魔術士にもの申したい。なぜ先人を見習わぬのか! なぜ、魔女を忌避してとんがり帽子をかぶらないのか! あなたもそう思いませんか!?」


 息がかかりそうな勢いで彼女は詰め寄ってきた。正直、話が長くてちゃんと聞いていなかったのだが、私は勢いに負けてコクコクとうなずいた。そうしないと彼女が余計にヒートアップしそうだったから。

 近くで見ると整った顔の少女だ。わずかに垂れた目に長いまつげがかぶさり、その憂いを帯びたような雰囲気が少女を年齢以上に美しく見せる。修道服を着ているからどこかの信徒だろうか。年齢は私よりも上で、エマよりは下だと思われる。

 じろじろと観察をしていると、私の雰囲気に気づいた少女がハッと我に返った。


「失礼、同胞の気配に興奮してしまいました。私は『サルファの祝福教会』に所属している祈祷士のエチェカーシカです。ぜひお見知りおきを」


 サルファの祝福教会、という名を聞いた瞬間、エマが盛大に顔をしかめた。私も表情に出さなかったが内心では「うげっ」て感じである。

 サルファの祝福教会とは、魔女こそが人類の到達点であると考える集団だ。彼らは「魔女は災害だ」という世間の考えに真っ向から反対し、時には武力で解決しようとする。噂によると禁術の研究をしているだとか、生け贄を使った儀式をしているとか、とにかく黒い話が絶えない。

 度を越えた魔女崇拝。いってしまえば邪教である。


 ○


「まあ、あなたがルーミラ様の弟子ですか。ぜひ一度お会いしたいと思っていました。やはり幼少期から魔女様の手解きを受けたのですか?」

「そうですねえ」

「なんと羨ましい! 弟子になる秘訣はなんでしょうか? やはり信仰心? それとも魔導への愛ですか?」

「なんでしょうねえ」


 祝福と魔女の家を出てからもエチェカーシカは私たちについてきた。ちゃんと「依頼の報告があるから」と断ったのだが、「私は祈祷士なので役に立ちますよ! ぜひご挨拶させてください!」と強引に押しきられた。ちなみに体を治療する手段として代表的なのは騎士の自己治癒と祈祷士の治癒魔術であり、治癒魔術は祈祷士だけが扱える。彼らの無垢なる祈りのみが癒しの力を生むらしく、その技術は教会によって秘匿されているため祈祷士の数は少ない。つまりエチェカーシカは、邪教徒という身の上をのぞけば貴重な人材なのだ。


「……重症だな」

「ルドウィックさんに会ったときのエマもあんな感じでしたよ?」

「そんなわけがないだろう」


 彼女は「心外だ」と鼻を鳴らした。後ろで興奮したように話し続けるエチェカーシカと、新聞屋の前で頬を赤く染めていたエマ、正直いい勝負だと思う。

 なお、とんがり帽子は買ってもらえた。エマが買い渋っていたが、ルドウィックの情報と交換で押しきったのだ。なので私はご機嫌である。鼻唄だって歌ってしまう。


「……げっ」

「どうした?」


 そんなご機嫌は前方のとある集団を見て吹き飛んだ。


「マダム・リンダの男たちです。もう目を覚ましたのですね」

「もっと強く殴ればよかったか」


 三人組の男が殺気立った様子でこちらへ歩いてくる。先頭は酒場でパシフィックと争った男。後ろの二人もマダム・リンダの構成員だろう。見たところあまり強くなさそうだが、できれば見つかりたくない。彼らと争えばマダム・リンダと敵対することになるから。

 そんな私の願いを嘲笑うように男たちは私たちの方へ歩いてきた。私は帽子で顔が見えないからバレないだろう。エチェカーシカも問題ない。だがエマはまずい。非常に目立っている。


「エマ、とりあえず隠れましょう」


 面倒事は勘弁だ。相棒をつれて物陰に隠れると、徐々に男たちの話し声が聞こえてきた。


「くそっ、パシフィックはまだ捕まらねえのか」

「奴も準二級だ、そう簡単にはいかない。だが女のほうはわかったぞ。片方は三級騎士、もう片方も魔女の弟子だという魔術士だ」

「魔女? ああ、例の噂か。どいつもこいつも魔女に踊らされて馬鹿らしいぜ。輪廻の魔女が弟子を取る? そんなわけあるか。化け物になった連中がいまさら人間と関わるかっての」


 私の噂は思いのほか広まっているようだ。引きこもりとしてはちょっと照れちゃう。それにずっと屋敷で暮らしていたから知らなかったけど、ルル婆は結構有名人だ。ウサック要塞の村で出会ったミレッタしかり、街で耳にする噂しかり、ルル婆が引き起こした『旧シャトルワース領の悲劇』は子どもに聞かせる怖い教訓のように恐れられている。びっくりだね。怖いというよりは偏屈な魔女なのに。

 なんにせよ無事にやり過ごせそうだ。男たちはエマに気づかないまま通り過ぎようとする。「良かったね」と相棒に目を向けると彼女もほっと息をついていた。


「訂正しなさい!」


 男たちの足が止まった。彼らの行く手を阻んだのは修道服を着た少女エチェカーシカだ。怒りをあらわにし、腰に手を当てて男たちを睨んでいる。


「魔女様は化け物ではありません! 人類の正統な進化です!」

「ああ? なんだお前?」

「サルファの祝福教会に身を置く祈祷士です。先ほどの暴言を訂正しなさい」


 男が馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「魔女が化け物だってことか? そのとおりだろ? 奴らは人の心をもっていねえ。どうせ魔女の弟子ってやつもまともな人間じゃないぜ」

「ふん、魔女様は高尚な存在です。あなたのような猿とは違うのです」

「ああ!? なんつったガキ!」


 男が小型のナイフを抜いた。周囲の客が一斉に悲鳴をあげる。ここは魔導地下街だから野次馬のなかには魔術士も多く混じっているが、エチェカーシカを助けようとする者はいない。私としては正義感の強い誰かが止めてくれたら嬉しいのだが。


「どうするメヴィ。助けるか?」

「いやいや、マダム・リンダと争うなんて御免ですよ。エチェカーシカには悪いですが、自分で頑張ってもらいましょう」

「魔女の噂を払拭できるかもしれないぞ?」

「いいのです、私は悪い魔術士で構いません」


 相棒と二人で傍観に徹する。まあ助ければ邪教の関係者と思われそうだし、エチェカーシカが売った喧嘩なのだから無理に割り込む必要はないだろう。


「抜きましたね? いいでしょう。ならば相応の覚悟をお見せします……我が同胞が!」


 彼女なら自力で解決する。そう私は思っていた。

 エチェカーシカがびしっと私を指差す。物陰に隠れていたはずなのに、野次馬がモーゼの海割りがごとく道を開け、男たちの視線が私に注がれた。「え?」と首をかしげる私。面倒そうに口を曲げるエマ。そして私たちに気づいて怒りを浮かべる男。


「見つけたぜ、パシフィックの女! 今朝はよくも騙してくれたな!」

「パシフィックさんの女じゃないですう」

「はっ、俺を殴り飛ばしておいて何を!」

「殴ったのはエマです……」

「ふん、口だけ達者な猿に何をいっても無駄ですよ。さあメヴィ、魔女の威光を知らしめるのです!」とエチェカーシカが煽った。

「やってみろ小娘!」となぜか私が怒鳴られた。

「ひええ」


 でんでん、と構える男たち。さっと私の後ろに隠れるエチェカーシカ。いつの間にか私たちは騒動の中心になっていた。



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