第18話:水門の修復依頼

 

 カタビランカの水門は魔導具の一種であり、魔導回路によって制御されている。その回路に不具合が生じて開かなくなったらしく、私たちが呼ばれたというわけだ。義勇兵に頼むよりも専門家に任せたほうがいい気がするが、頼まれた以上は真面目に取り組むつもりだ。

 私たちは地下水が流れる区画に入った。カタビランカで最も深い地下四階に相当し、パイプを半分にしたような道がくねくねと重なり合っている。明かりが天井に灯っているが基本的に薄暗く、エマの持つランプがなければ互いの顔も見えなくなりそうだ。

 たまに見たことのない生き物の死骸が地下水を流れ、ひれの長い綺麗な魚がついばんでいる。ランプの明かりが二人の影を地下道の壁に浮かび上がらせ、私たちの影に驚いたトカゲが排水口に隠れた。


「思っていたよりも臭くないですし、水も綺麗ですね。下水道ではないのですか?」

「ここは上水道だ。川から引いた水を地下に流し、雨が少ない時期は水門を閉ざして貯水槽にする。だから水門が壊れてしまうと水がどんどん溜まって地下街が浸水してしまうのだ」


 カタビランカは治安こそ悪いが技術力の高い街だ。魔術士が集まれば魔導具が生まれ、魔導具が増えれば優秀な技師が集まる。広大な地下水道も高い技術力の証拠である。

 地下水の流れに沿って歩いていると、錆びた大きな門が見えてきた。あれが水門だ。表面に幾何学的な模様が刻まれており、門はかたく閉ざされ、行き場のない水が足元にまで上がっている。


「おお、依頼を受けてくれたのはお前たちだったのか。協力感謝するぞ」


 水門の近くに技師が立っていた。見覚えのある男だ。


「お久しぶりです、ジャックロー技師。ウサック要塞の遠征以来ですね」


 彼はウサック要塞に向かう際、休憩で立ちよった村で出会った村娘ミレッタの父だ。大いに歓迎してくれたから私もよく覚えている。普段はカタビランカで暮らしており、遠征の際はたまたま故郷の村に帰っていたそうだ。彼は毛深い腕を差し出して握手をした。


「初めて村に来たときは驚いたわい。まさか子どもの義勇兵がいるとは思わなんだ。生きて帰れて安心したぞ。エルマニア騎士殿も無事でなによりだ」

「私は頑丈さが取り柄なのだ。それで、問題の水門がこれか?」

「そうだ。わしも長らく水門の整備をしてきたが、今回ばかりはお手上げだ。なにせ魔導回路がいっちまっているんだよ」


 ジャックロー技師は壁に埋め込まれた水晶を示した。水門の魔導回路が壁を伝って水晶に繋がっており、これが水門の開閉スイッチだ。

 触ってみると確かに回路が壊れていた。起動しようとすると、魔導元素が途中でせき止められるような感覚がする。だが少し奇妙だ。これほどの水門に刻まれる回路は経年劣化で壊れるような代物ではない。ましてやジャックロー技師が整備をしているのだから不調があればもっと早く気づいているはずだ。

 まあ考えたって仕方がないだろう。水晶から手を離すとエマが話しかけてきた。


「今さらだが、メヴィが触っても大丈夫なのか?」

「と言いますと?」

「ほら、お前の呪痕は何でも腐らせるじゃないか。だから水門を起動するとお前の魔導元素が混じって壊れるんじゃないかと思ってな」

「ああ、それなら問題ないですよ。魔導回路と呪痕は別物です。魔導具なら問題なく使えます」


 回路とはあくまでも魔導元素が通る道に過ぎない。そして魔導具とは呪痕の代わりに魔導元素を魔力に変えるものだ。つまり魔導回路を通すか、呪痕を通すかの違いである。私を通して発動した魔術は腐ってしまうが、魔導具の場合は私を通さないから大丈夫なのだ。

 このあたりは屋敷にいた頃にルル婆が教えてくれた。おそらくエマは騎士だから専門的な勉強はしなかったのだろう。魔導回路の原理なんて魔術士でも知っているのはわずかだと思う。

 話を聞いていたジャックロー技師が不安げに尋ねた。


「嬢ちゃんを疑うわけじゃねえが、本当に大丈夫か? そいつが壊れると領主に合わせる顔がねえんだ。間違っても壊さないでくれよ?」

「もう壊れているでしょ」


 これでも立派な三級魔術士である。しかもルル婆直伝だ。そんじゃそこらの魔術士とは格が違うのだ!


「さあ、少し離れてください。回路を修復します」


 二人を後ろに下がらせてから、革製の手袋をはめた。回路を刻む際に使われる技師用の魔導具だ。水晶にもう一度触れて回路が壊れている箇所を探す。ゆっくりと、溝に水を流し込むように、魔導具の出力を少しずつ強くする。やがてとある場所から魔導元素が進まなくなった。

 ここだ。感覚としては水門と水晶の中間地点、地下水道の壁に刻まれた回路が壊れている。だがやはり変だ。ただ壊れたというよりも、誰かが意図的に破壊したような跡があり、魔力を流しても抵抗するように押し返された。

 水晶から手を離して、壁の魔導回路に直接触れてみると、焼き切れたような傷が残っている。せき止められた魔力が熱を帯びて熱かった。


「厄介ですね。見てください、ジャックロー技師。ただ壊れただけなら良かったのに、わざと直しにくくしています」


 私が示した場所をジャックロー技師が触りながら「なぜ水門にこんなことを……」とうなった。エマは見てもわからないはずだが、技師の後ろでうんうんとうなずいている。適当に合わせているだけだろう。


「いたずらにしては悪質です。入念に壊したうえで、直せないように妨害の魔術をかけているのでしょう」

「街を守る大切な水門じゃぞ! いったい誰が……まさか西方蛮族か!」とジャックロー技師が叫んだ。地下水道にわんわんと反響した。

「それを調べるのは私たちの仕事じゃないのでわかりませんが、とりあえず直しましょうか」


 もう一度、水晶に手を触れた。改めて確認すると見事な妨害魔術だ。一見するとただ焼き切れているだけに見えるし、直そうとしても触れたそばから魔力が霧散するから、魔導回路に詳しい技師でなければ気づかないだろう。


「強力な魔術ですが……相性が悪かったですね」


 水晶を壊さないように少しずつ、私の魔導元素を回路に流した。そして保護魔術にせき止められた瞬間、私は思いきり出力をあげた。青い閃光が一瞬だけ走り、私の腐敗が妨害魔術を突破した。

 それから壊れた魔導回路を正しく刻み直し、魔導元素が正しく流れるのを確認してから水晶を起動させると、重い音を鳴らしながら水門が開かれた。溜まっていた地下水が勢いよく流れていく。


「おお! やるなあ嬢ちゃん!」


 ジャックロー技師が嬉しそうに叫んだ。ふふん、そうでしょう。私もやればできるのです。

 少し様子を見ていたが問題なさそうだ。錆びた鉄屑のようだった水門が、今は魔導元素が溝に流れ、表面を覆う苔を内側から照らし、古代遺跡のような荘厳とした雰囲気を放っている。ジャックロー技師にも動かしてもらったがちゃんと開閉できた。これにて依頼達成だ。

 ふと気づいたが、ジャックロー技師の帽子は明かりと一体化した魔導具であり、その明かり部分が壊れていた。三つあるうちの一つが点灯していない。


「ジャックロー技師の魔導具も壊れていますね。ついでに直しましょうか?」

「いいのか?」

「この程度ならすぐですよ」


 ジャックロー技師から帽子を受け取ると、側頭部についている水晶に指を触れ、じんわりと魔導元素を流しながら、もう片方の手で回路を刻んだ。小さな青い閃光がちりちりと光る。なるほど、これは安物だ。塵がつまって劣化したのだろう。回路を繋ぎ直して動作確認をし、ジャックロー技師に返した。


「助かる! 買い換えようかと考えていたんだが、金がういたわい!」

「うーん、できればちゃんとした魔導具を買ったほうがいいですよ。たぶんまた壊れます」

「わしも買い換えたい気持ちは山々なんだが、魔導具は高いんだ。わしのような地下暮らしにはちと手が出せん」

「何階に住んでいるんですか?」

「地下三階だ」


 地下三階は住民が暮らす実質的な最下層だ。地上から追いやられ、魔導地下街や花街にも居場所を見つけられなかった者が集まる、最後のスラム街。その生活水準が低いことは言うまでもない。


「その日暮らしで精一杯だ。蓄えもない。地上で暮らすすべもツテもない。だから、こうして安い価格で依頼を受けてくれるお前さんらには感謝しておる」


 ジャックロー技師が頭を下げた。苦労で白くなった髪がぱらぱらと落ちた。

 誰だって地上で暮らしたいはずだ。しかし、皮肉なことに地下水道でごみ漁りをしたほうが地上でもの乞いをするよりも稼げてしまう。だから力のない貧民は地下へ逃げる。誰も助けてくれない。国は敗戦の色が濃くなるばかりで民に目を向けない。ジャックロー技師も、そんな辛い現実から逃げるように地下を選んだのだろう。そう考えたら義勇兵として暮らせている私は幸せかもしれない。フィリップ隊長にこき使われているけどね。


「また村に帰りたいのう」


 技師の言葉がむなしく地下道に響いた。



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