第17話:カタビランカは怖い街

 

 私の義勇兵生活は思っていた以上に忙しくなった。フィリップが次から次へと依頼を頼んでくるからだ。私の魔術は腐らせることしかできないから、舞い込んでくる依頼も血生臭いものばかりだった。賞金首を討てとか、反パラアンコ勢力の壊滅とか、街の近辺に迷い込んだ獣の討伐とか。街を出て、魔術を唱えて、誰かが溶けて、何かが腐って、エマと「疲れましたね」なんて言い合いながら帰って、泥のように眠り、また次の日に街を出る日々が続いた。

 呪痕も少しずつ大きくなった。でもまだ準二級に昇格できない。どれだけ実績を積んでも魔導協会に反映されないのだ。


「はあ、人生とはうまくいかないものですね」

「まったくだ。私ほど誠実な騎士はいないというのに、いつまでも理想の魔女と出会えないなんて、この世はどうかしている」

「ルドウィックは駄目ですか?」


 先日の大はしゃぎしていたエマを思い出しながら聞いた。


「星詠みの魔女殿か。斜に構えた雰囲気は非常にそそるが、あの人はおそらく心に決めた人がすでにいる。私には見向きもしないだろう」

「そんなことがわかるんですか?」

「ふん、私は目が良いのだ。相手の目を見れば人となりが大体わかるぞ」

「ほほう。じゃあ私はどうでしょう?」

「メヴィに恋はまだ早いさ」


 私たちはカタビランカの街を歩いた。今日は地下水道の調査依頼だ。カタビランカの地下には生活を支える地下水が流れているが、数日前から水門の様子がおかしいらしく、確認してほしいと頼まれた。

 今日は比較的平和で安全な依頼だ。いつもこんな感じだったらいいのにな、と思いながら地下への入り口へ向かっていると、パリンパリンと割れるような音と、怒鳴り声が酒場から聞こえてきた。


「ふざけんじゃねえ! てめえがイカサマをしたに決まってんだろ!」

「おいおい、ぼろ負けをしたからって逆上するのは見苦しいぜ。潔く払いな。ああ、もしかして有り金全部突っ張ったのか? はっはっは、高い勉強代になったな」

「なめやがって! おい、お前ら! さっさとこいつを――」


 酔っ払い同士が言い合っているのかな。私たちは足を止めずに通り過ぎようとしたのだが、タイミングが悪く、酒場の扉をぶち破って男が吹き飛んできた。ちょうど私たちのすぐ目の前だ。


「ひええ、相変わらず物騒ですね、この街は」

「賑やかでいいじゃないか。喧嘩をするのは元気が有り余っている証拠だ」

「そんなに元気なら義勇兵になってほしいです」


 呑気にエマと話していると、苛立った様子の男が起き上がりながら私たちを睨んだ。


「く、くそ……おい、何を見てやがる!」

「おっと。その汚いつばを私に飛ばさないでくれ。せっかく磨いた鎧が汚れるじゃないか」と不満げなエマ。

「煽らないでください」

「てめえらもあの男の仲間か! 女連れとはちょうどいい、こっちへこい!」と怒る男。

「話が通じんな。やはり酒は駄目だ。節度をもって飲まねば人を堕落させる。いや、そもそも頭が悪いだけなのか」

「だから煽らないで……って、わわっ」


 なぜか私に殴りかかってきた。慌てて避けると、標的を失った拳が隣のエマに飛んでいった。

 だが所詮は酔っぱらいの拳。エマは悠々とかわしてから顎に一発をお見舞いし、周囲から「お嬢ちゃんやるなー!」「騎士様ってのはすげえもんだ」「マダム・リンダに手を出すのはまずいだろ」「女騎士のくっころが見たい!」と好き勝手なやじが飛んだ。

 フンと鼻息を鳴らしながらエマが見下ろしていると、追いかけるように酒場からもう一人現れた。


「およ? そんなに強く殴ってないんだが、既にのびていら。俺ってば最強かもしれん」


 にやにやと笑みを浮かべる軽薄そうな男だ。腰に剣を携えているからおそらく義勇兵だろう。エマを横目でみると彼女は非常に嫌そうな顔をしていた。


「そこにいるのはエルマニアじゃないか。久しぶりだな」

「帰って早々に問題を起こすなパシフィック。お前が壊した扉の修繕費はフィリップ隊長に請求されるんだぞ」

「俺は悪くないってば。襲われたから殴りかえしただけだぜ? それとも俺のイカした顔より酒場の扉が大事だって言いたいのか?」

「原因を作ったのはお前だろうに。しかもこの男、マダム・リンダの一派じゃないか」


 知らない名前に首をかしげると、エマが説明をしてくれた。


「ああ、メヴィは知らないか。マダム・リンダは地下の花街を支配している女だ。最近はどんどんと勢力を広げていて、地上の娼館もマダム・リンダに飲み込まれつつある。そのせいでさっきみたいな衝突が増えている――」

「おっ、可愛い子がいるじゃん。もしかして君が噂の魔女っ娘ちゃんかな?」

「えーと、メヴィです」

「俺は義勇兵のパシフィックだ。いやあ、聞いていた以上に小さいね。十三歳だっけ? よく義勇兵を選んだね?」


 話を遮ったパシフィックがずいずいっと距離をつめてきた。よくみれば彼の頬に血がついており、服にも明らかに彼のものじゃない血が飛んでいる。酒場で争った証拠だろう。そんな状態で迫られるとちょっと怖い。

 だがパシフィックの表情は柔らかく、声も敵意が感じられなかった。普段は魔女の弟子だからというだけで嫌な顔をされるから、こうも好意的な態度を取られると「悪い人じゃないのかな」と思ってしまう。


「気をつけろメヴィ。こいつの好みは年下だ」

「下は十まで守備範囲だぜ。暇なら食事に行かない?」


 前言撤回。おおいに警戒すべき相手だった。

 人を駒に使うフィリップといい、ロリコンのパシフィックといい、義勇兵は業をかかえた人間が多くないだろうか。もっと私の誠実さを見習ってほしいものだ。


「私たちは依頼の途中なので遠慮します。食事は、うーん、また今度みんなでいきましょう」

「あれ、遠回しに振られちゃった?」

「懸命な判断だメヴィ。まだ人生を捨てるには早いからな」

「凄い言われようじゃない?」


 そう言いつつも本人はあまり気にしていない様子だ。エマとパシフィックは普段から冗談を言い合っているのだろう。ただの同僚とは違う、腐れ縁のような関係性がみえた。

 パシフィックは人が集まる前に酒場から離れたいらしく、早々に別れることにした。私たちもマダム・リンダとやらに目をつけられる前に退散したほうがいいいだろう。ただでさえ物騒な街なのだから争い事は避けるのが無難だ。


 カタビランカには色々な人の欲望が集まっている。いくつかの徒党が縄張り争いを繰り広げ、鎮圧するはずの軍は戦地に送られて機能せず、代わりに賞金稼ぎやら、すねに傷のある犯罪者やらが集まり、実力のある者が幅を利かせ、無力な人間は地下街に沈む。恋人に裏切られた少女たちは花街に売られ、隣人はつねに刃を研ぎ澄ます。そんな街を変えようと息巻いた戦士たちは義勇兵となり、栄光玉砕の名のもとで散るのだ。


「カタビランカは怖い街ですねえ」


 エマと並んで階段をおりた。煉瓦に囲まれた長い階段は地下街ダウンタウンへの入り口だ。風にのって魔導の気配と花街の香り、それから湿気った苔の香りとよくわからない香りがした。悪臭、腐臭、欲望の香り。暖色のランプに照らされながら、私たちは重い扉を開けた。



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