第16話:ミーハーな相棒
フィリップ隊長からいくつかの依頼をされた日の夜、寮に帰ってからエマに話した。
「まずは地下街の調査から始めるか。今回は無茶な依頼がなくて助かったな」
「忙しくなることに変わりはないですけどねえ。私みたいな新人にもこんなに依頼が回ってくるなんて、義勇兵は本当に人手が足りていないです」
「我が国は戦争中だからな。優秀な者は軍に入り、さらに優秀な者は他国に移る。便利な駒のように使われる義勇兵は自然と数が減るのだ」
「ひええ、世知辛い。そう考えると、私たちは素晴らしい愛国者かもしれません」
もちろん私もエマも愛国心なんて持ち合わせていない。彼女は理想の主人を探しているだけだし、私は私を必要としてくれる誰かのために力をつけたいだけだ。
「エマはカタビランカの地下街に行ったことがありますか?」
「いいや、ない。あそこに用があるのは行き場のない貧民か、地下街でしか生きられない魔術士か、もしくはすねに傷のある無法者だけ。私のように清廉潔白の騎士には関係のない場所なのだ」
「それじゃあ今度、下見をかねて遊びに行きましょうか。たしか地下街の中には魔術士御用達の魔導地下街もあるんですよね。ちょっとだけ楽しみです」
「……私も行くのか? あまり鎧を汚したくないのだが」
「あなたは私の相棒でしょうに。ついでに鎧も買い替えたらどうですか。それ、ハリボテですよね」
「ハリボテなわけがあるか。魔術をはじく一品ものだと前に言っただろう」
「本当ですかねえ」
呪痕に力をこめて触ったら簡単に穴が空きそうだ。いや、むしろそうしたほうが鎧を買い替える口実になって良いのではないか?
「変なことを考えていないか?」
ぶんぶんと首を振った。いやに勘の鋭い女だ。
それから二人で雑談をしていると、急に窓がガタガタと震え出した。エマが「何事だ!?」と立ち上がって剣に手をかけた。私も一瞬だけ身構えたが、近づいてくる気配の正体を知っていたから落ち着いて迎えることができた。
窓がバタンと勢いよく開き、真っ黒な霧が部屋の床をすべるように入ってきた。そして霧の中からにじみ出すように男が現れた。濡れたようなもじゃもじゃの黒髪に酷い隈、そして暗い目つき。知人でなければすぐに衛兵を呼びそうな相貌は、定期的な付き合いのある魔女・ルドウィックだ。
「やあ。邪魔するよメヴィ、新聞配達の時間だ」
「頼んでいませんけど?」
「ハハ、そう野暮なことを言うもんじゃない。君に会いたくて来たんだから」
ルドウィックは我が物顔で椅子に座った。エマがさっきまで座っていた椅子だ。彼女は愕然とした様子で口をパクパクと開いた。
「なっ、なっ」
「おや、君とは初めましてだね。僕は“星詠みの魔女”ルドウィック。親愛を込めてルディと呼んでくれ、エマちゃん」
「わ、私を知っているのか?」
「そりゃあメヴィの相棒なんだから知っているさ。僕はこの子の保護者だからね、メヴィの交友関係は把握しているよ」
「違います」
即座に否定するも、エマは聞いていない。
「そんなに驚いてもらえると、僕も無断で押し入った甲斐があったよ」
「押し入っている自覚はあるんですね」
「そりゃあ窓から入るのは非常識だろう?」
非常識の塊が肩をすくめた。
「魔女! 本物の魔女!」
「そうだよ、僭越ながら魔女を名乗っている。名に価値なんてないんだけどね」
「すごいぞメヴィ、私は魔女と会話をしている!」
「私も一応、魔女の弟子なんですけど、なんか態度が違いすぎませんか?」
私の言葉を無視してルドウィックと握手を交わしている。エマにミーハーな一面があるとは思わなんだ。いや、そういえば「魔女に興味がある」と前に言っていたか。騎士のイメージが崩れてしまうから早く元に戻ってほしいです。
「冗談はさておき、メヴィに話があったんだ。君がウサック要塞の戦いに参加していないというのは本当かい?」
こほん、と真面目な顔でルドウィックが言う。要塞の陥落だけならず、私の事情すら把握しているのは流石といえよう。不気味なほど情報網が広いが、これも魔女の秘術だろうか。
私は事の顛末を説明した。ウサック要塞での戦いと、その結果、そして恐らく魔女協会の関係者に妨害されていることを。ルドウィックはうんうんとうなずきながら聞いてくれた。
「なるほど。面白い、いや、困った状況になっているね」
「なぜルドウィックが困るんですか?」
「そりゃあ明日の新聞に君の記事を載せるつもりだったからだよ。ほら、こんな感じで」
彼が明日の夜に配る予定の新聞を差し出した。一面にでかでかと掲載されているのは『魔女の弟子が敵を殲滅。嘲笑う二人組』という一文。その下には『ドロドロの変死体!? 恐るべき弟子の力』とか『逃げ惑う西方蛮族』とか、あることないことが書かれていた。
「……内容に不満がありますが、確かに困りましたね。私は不参加になっているので、このままでは記事が成り立ちません」
「そうなんだよ。どうしてくれるのさ」
「トルネラに言ってください」
私はまったく悪くないはずだ。頑張って依頼を成功させたのに成果を取り上げられたのだから、むしろ被害者である。
「まあ、そういうわけだから、その新聞は君にあげるよ。新しく刷りなおさないといけないから」
「わあ、ありがとうございます。ほらエマ、魔女からの贈り物ですよ」
「魔女から私への贈り物!?」
エマが飛びつくような勢いで私の隣に来た。非常に暑苦しいが、我慢して一緒に新聞を読む。
魔女新聞は私の記事を除けば素晴らしいものだった。カタビランカに入ってこない情報が綺麗にまとめられており、これひとつで魔導界隈の動向をある程度把握できる。たとえば近頃よく耳にする水害について。
「また街が沈んだんですか? 前もどこかの街が沈みましたよね?」
「そうなんだよ。カタビランカと同じ規模の街だったのに、大雨が何日も続いてドボンさ。もうあの街には住めないだろう」
「ああ、知っているぞ。“雨乞いの魔女”が現れたのだろう?」
「そのとおりだ。エマちゃんは物知りだね」
「うへ、えへへ」
とろけきっている相棒を見なかったことにし、私は“雨乞いの魔女”について尋ねた。
「その魔女が大雨の原因ですか?」
「雨乞いの魔女は雨雲を呼ぶ。かの魔女がいる限り、決して雨は止まない。生きる災害の代表格だよ。一部には彼女を神の遣いだと崇める連中もいる。ハハ、同胞として鼻が高いね」
魔女は災害だ。魔女が現れると大抵の場合は甚大な被害を及ぼす。むしろルドウィックのように無害な魔女のほうが珍しい。たとえば西方蛮族が住まう西の森には、とある魔女が生み出した獣たちが住まい、原住民以外は近づけないとか。たとえば夢の中に住まい、気に入った者を夢に引きずり込んで二度と目覚めないようにする魔女とか。だから私たちは夢を見ないように魔術を自分にかけたりする。
閑話休題。
一面はウサック要塞の陥落について書かれており、二面には『雨乞いの魔女現る!』の記事、三面には融和派のパラアンコ第三王女が隣国に使者を送ったらしく、優雅な笑みを浮かべる王女の写真がのっていた。他にも獣による被害や、隣国の学院で世紀の大実験が行なわれたこと、戦争の情勢、魔導地下街の注目店など、様々な記事が書かれている。
私たちが新聞を読みふけっていると、ルドウィックは帰る支度を始めた。本当に新聞を届けに来ただけらしい。きっと帰ってから記事の内容を書き直すのだろう。多忙な魔女に感謝だ。
「それじゃあ僕は帰るとしよう。乙女の部屋に長居するのはよくないからね。今宵は冷える。風邪をひかないように君たちも気をつけて。ああ、新聞をお求めの際はぜひ、僕の新聞屋を贔屓にしてくれ」
そう言って彼は薄く笑みを浮かべた。不健康そうな微笑がやけに似合う男だ。窓を開けると黒い霧が広がった。床に落ちた霧が私の足首に触れる。冷たくて、されど不快には感じない、不思議な感触だ。霧はゆっくりとルドウィックを包みこむと、やがて何事もなかったかのように窓の外へ消えた。残ったのは奇妙な余韻と未公開の新聞だけ。
「メヴィ……」
相棒が私の名を呼ぶ。
「明日から新聞を買わないか?」
「高いから却下です」
これから彼について色々と聞かれるのかと思うと、面倒くさくて頭が痛くなった。
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