第14話:祝勝会


 ウサック要塞が陥落した。フィリップ隊長が指揮所に突撃した翌日のことだった。西方蛮族の追撃は軍が引き継ぎ、私たちは要塞に待機している。無事にお役御免というわけだ。

 未だに血の匂いが残る要塞を高台から見下ろすと、パラアンコの軍人が誇らしげに旗を掲げており、その隣には名もなき西方蛮族の骸が放置されていた。早く死体を運ばなければ疫病の危険が高まるのだが、彼らにとっては疫病よりも勝利を味わうことのほうが優先らしい。


「終わってしまうと暇ですね。追撃は依頼に含まれていませんし、かといってカタビランカに帰るには馬車を待たないといけませんし。手持ち無沙汰です」


 あまりにも暇だから魔術の練習をしていると、軍の偉そうなおじさんに怒られた。いわく私の魔術は危険だからやるなら城壁の外でしてほしいそうだ。別に味方を巻き込むなんてヘマはしないのだが、私のようなちんちくりんは信用がない。


「戦いの後ぐらいはゆっくり腰を下ろしてもいいだろう。何も急いで街に帰る必要はないさ」


 エマが折れた左腕を庇うようにして隣に立った。風にたなびくエマの赤毛は、夕日に染まり始めた空によく映えた。凛とした表情も相まってベテラン騎士のような風格を出す。私も彼女のように強そうな感じでいれば周りに信用してもらえるのだろうか。


「左腕の具合はどうですか?」

「心配無用だ。この程度なら数日で治るだろう。あの黒熊と戦って腕一本が折れただけなら安いものだな」

「騎士は頑丈ですねえ」

「呪痕さまさまだ」


 ふと視線を落とすと、見覚えのある義勇兵たちが私に手を振っている。城門破壊作戦で一緒に戦った仲間たちだ。最初はぎこちなかった彼らだが無事に仲良くなれた。魔女の弟子として距離を置かれがちだから、こうして手を振ってくれると私も嬉しい。せっかくだから指先でぽぽぽっと魔術の球を作り、くるくると円を描くように飛ばすと仲間たちがワーッと沸いた。ノリが良くて何よりだ。


「こら、あまり遊ぶな。お前の魔術は危ないんだ」

「もうちょっと相棒を信頼してほしいんですけど?」


 エマがいつの間にか距離を取っていた。まったくもって心外である。そりゃあ私の魔術はどうしても腐敗が混じってしまうから、間違って触れたら指の一本は落ちるかもしれないけど、わざと当てるつもりはない。ないったらないのだ。

 ふと仲間たちとは別の場所から視線を感じた。顔を上げると、トルネラが要塞の窓から睨むような目で私を見ている。おそらく私が五体満足で生還したのが気に食わないのだ。


「人気者は困っちゃいますねえ」

「頭でも打ったか?」


 打ってないです。


「ああ、そういえば、これから祝勝会を開くそうだ。お前も立役者の一人なのだから遅れずに来い」

「祝勝会? こんな状況でやるんですか?」

「フィリップ隊長が『勝ったのに酒を飲まんとは何事だ』と言い出してな。まあ、大っぴらにはやらないだろう。要塞の糧食を少しばかり頂戴して、あとで軍に睨まれないように、義勇兵だけでひっそりとやるらしいぞ」


 本当だろうか。正直不安だが相棒の言葉を信じてみよう。

 ちなみにフィリップ隊長は敵の総指揮を討ち取ったということで軍人さんたちに奨励された。一歩間違えれば独断専行だと怒られるところだったが、ちゃんと結果を出すあたりは流石一級騎士といえる。


「フィリップ隊長が敵の指揮所から現れたときはびっくりしましたよね」

「まさか一人で突撃するとは思わなかった。前線の義勇兵たちも思わず手を止めていたよ」

「しかも全身血まみれに笑顔だったので私、敵だと思って攻撃しそうになりました」

「躊躇する必要はなかったと思うぞ? あの人ならどうせ笑いながら避けるだろう。むしろ本当に敵だったときのほうが危ない」

「まるで亡者のようなしぶとさです。ひげ亡者と呼びましょう」

「はっはっは、隊長にまた新しい二つ名ができてしまった」

「はっはっは」


 エマと並んで階段をおりた。どうせ暇だから一緒に祝勝会へ向かおう。


 ◯


「ひげ亡者とは誰のことかね?」


 宴もたけなわ。祝勝会が盛り上がってきたところで、私はなぜかフィリップ隊長の前に座らされている。


「エルマニアから聞いたぞ。何でも私に新しい呼び名をつけてくれたそうじゃないか」

「良い意味で、ですよ。ええ、もちろん」

「良い意味」

「はっはっは、私が隊長の悪口を言うはずがないじゃないですか」


 ちなみに酔った勢いで告げ口した相棒は端っこでダウンしている。おかげで弁解の余地がない私は冷や汗がだらっだらだ。エマに酒を飲ませるのはやめよう。

 当初はこじんまりと開くはずだった祝勝会は、なんだかんだで盛り上がっていた。よく見れば軍人らしき人物もちらほらと混じっている。追撃戦に向かった仲間がまだ戦っているはずだというのに、居残り組は呑気なものだった。


「まあいい、君を呼んだのはそんなことを言うためじゃない。既に要塞を発っているが、“弓騎士”が今度お前と話したいそうだ」

「アルジェブラさんが? 彼女とは面識ないですよ?」

「きっと腫れ物同士気に入られたのだろう」

「私は腫れ物じゃありません」

「祝勝会だというのにほとんど話しかけられない奴がなにを言う」


 話しかけられないのは皆が照れているだけであり、別に避けられているわけではない。事実として作戦に同行した仲間たちはにこにこと乾杯をしてくれた。ポルナード君だって目は合わせてくれないけど普通に話してくれる。というか「孤立している」という意味ではポルナード君のほうが腫れ物だ。


「話を戻そう。魔女に固執するアルジェブラを『いたずらに魔女を刺激する愚か者』と揶揄する者もいるが、彼女の実力は確かだ。軍人としての地位もある。私個人としては気に入らない奴だが、仲良くして損は……少ないだろう」

「そこはないと言いきってくださいよお」

「自分のことは自分で調べると良い。どうせ彼女は西方蛮族の遠征に参加するだろうから、しばらくカタビランカに帰らない。それまでに考えておくといい」


 ウサック要塞が陥落した今、軍はいよいよ西方蛮族の制圧を始めるのかもしれない。正直、うちの国はあっちこっちから攻められているから内輪でもめている余裕はないと思う。でも私のような小娘にわかることぐらい、国のお偉いさん方もわかっているはずだ。きっと考えがあるはず。そうじゃないと、本当にパラアンコは崩壊してしまう。

 もしもパラアンコがなくなったらどうしようか。ルル婆の屋敷に帰ってもいいし、エマやポルナード君たちと別の国に渡ってもいい。ああ、でも崩壊するなら準二級になってからがいいな。国を渡ると実績の証明が難しいとかなんとか、魔導協会の人が言っていたから。


「ちなみに、要塞の防衛が手薄なのは知っていたんですか?」

「とある筋から情報を得たのだ。厄介な性格をしているが、奴が集める情報は信用できる。おかげで黒熊しか上級騎士がいなかっただろう」


 がはは、とフィリップが笑った。厄介という言葉になんとなく思い当たる人物がいたが、深掘りはしないでおく。

 なんにせよ、今は祝勝会を楽しもう。今宵、我らは勝者なのだ。杯を掲げて雄叫びを上げろ。悪い予感は笑い飛ばせ。乾杯、乾杯、ひげ亡者に乾杯。

 ポルナード君はなぜか先輩義勇兵の無茶振りで歌を歌わされていた。音魔術を操る彼は歌が上手かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る