第12話:私たちの夢
城門で大きな爆発がした。真っ先に見えたのは勇ましく吠えるフィリップ隊長だ。彼は剣を片手に義勇兵を先導している。驚いたことに本隊の後ろにはパラアンコ軍が続いていた。作戦前の話では軍が参戦するなんて聞いていなかったのに。
「がはは! 進め同志よ、我らの勝利は目の前だ!」
西方蛮族を切り払いながら高笑いをするフィリップ。突然の猛攻に西方蛮族は混乱しているらしく、あっという間に城門の周囲が占拠された。
「エマは軍が来ているって知っていました?」
「いいや、そんな話は知らんな。情報を規制していたのだろう」
「軍がいるなら私たちが無理をする必要はなかったんじゃないですかねえ」
「そうでもないさ。あの城門を破壊できるやつは限られている。もちろん軍にも上級魔術士はいるが、彼らを呼ぶには色々と不都合があるのだろう。まあ、我々庶民には関係のない話だ」
「ひええ、私たちは便利な駒というわけですか」
軍が極秘で潜んでいたならばフィリップが自信満々な態度だったのも納得だ。そのお膳立てとして私たちが酷使されたのは遺憾だが、私は寛大な心で許そうと思う。
ポルナード君がおどおどと話しかけてきた。
「ぼ、僕たちは戦わなくていいんですか?」
「城門を破壊した時点で私たちの役目は終わりですからね。軍人ならここで功績を稼ぐのでしょうけど、私たちは義勇兵ですから。あとはのんびり、命大事に見守りましょう」
「うむ、流石は私の相棒だ。素晴らしい判断だぞ。命大事に……ああ、そのとおりだ」
「ふふん、エマもそう思いますか」
うんうんと周りも頷いてくれる。ポルナード君だけは青い顔で「本当にいいのかなあ」と呟いているが、まあ多数決で見守ることに決定だ。民主主義万歳。私は仲間の意志を尊重するタイプである。
数は二人減ってしまった。もしも黒熊ともう一度戦う機会があれば、二人の無念を晴らしてあげよう。なんとなく彼とは再会する予感がある。別に会いたいわけではないが、戦士とは引かれ合う生き物なのだ。
「フィリップ隊長が大暴れしていますねえ」
黒熊もかくやという猛将っぷり。武器こそありふれた剣だが、彼のもつカリスマ性が兵士に伝播し、彼の周囲だけおかしな勢いになっている。フィリップ本人も並みの技量ではない。暗くてちゃんと見えないが、フィリップ以外にも突出した力を持つ戦士が数名おり、義勇兵がいかに少数精鋭かがうかがえた。
「フィリップ隊長は一級騎士だ。私だって騎士の端くれだからわかるが、あれは化け物だな。雑兵程度では相手にならんだろう」
「騎士ってすごいですねえ。さっきの熊さんも私の魔術をぱしんって叩き落としちゃいましたし。もしかしてエマもできます?」
「ハハ、勘弁してくれ。お前の魔術と対抗するにはよほど呪痕が成長していなければ無理だな」
そうこうしていると、私に気付いた敵兵が城壁へ上ろうとしていた。優先順位が低いのか、数はそれほど多くない。
「しつこい人たちです。城壁上の私たちよりも本隊を相手にしたほうがいいと思いますけど……」
「末端まで命令が届いていないのだろう。近くにいるという理由だけで彼らは戦おうとするのさ」
「平和に見守っているだけなのに野蛮ですねえ――」
のんきに話していると、先頭の敵兵がいきなり吹き飛んだ。よく見ると頭に矢が刺さっている。突然の襲撃に戸惑う敵兵たち。私も目を丸くしていると、隣のエマが感心した様子で口を開いた。
「これは“弓騎士”だな」
「義勇兵ですか?」
「いいや、
長い髪を後ろで束ねた美しい女性だ。夜明け前の暗がりでも、彼女の金髪は明かりに照らされてきらきらと輝いている。細くしなやかな体と切れ長の瞳。フィリップの隣に立つから余計に細く見えた。
あがりとは義勇兵から軍人になったことを意味する。この暗がりのなかで正確に敵兵を射貫いたのだから、腕前は疑うまでもない。
「アルジェブラ準一級騎士。彼女は軍人でありながら魔女狩りを主とする変わり者だ」
「魔女狩り……私、間違えて射られませんかね?」
「弟子か。微妙だな」
「微妙」
「さっきの矢も本当はおまえを射貫くつもりだったのかもしれん」
「ひええ、怖いこと言わないでくださいよ」
周りの仲間が「我々がお守りしますのでご安心を!」と叫んだ。身を挺して守るつもりだろうか。弓騎士の技量ではあまり意味がない気がする。
彼女は次々に矢をつがえると、城壁に上ろうとする兵士をはりつけにした。走り回らぬ兵士なんて格好の的だ。私が手を下すまでもなく倒れる西方蛮族。軍もなかなかやりよる。
「彼女ですらまだ準一級なのだ。一級騎士の壁は高いな」
「エマは強くなりたいですか?」
「当然だ。私には夢があるのだ」
「おお、いいですね。ちなみにどんな夢ですか?」
「理想の主人を探すことだ」
夢を語る彼女はいきいきとしていた。沸き上がる活力が覇気となって昇るかのようだ。相棒が楽しそうだから私も思わず楽しくなっちゃう。
「エマは誰かに仕えるんですか?」
「私の実家は騎士の家系として代々貴族に仕えてきたのだが、両親の命令でな、実力を示さねば主人を勝手に決められるのだ。だから自分で主人を決めるために、私は親に口を出されないほどの力をつけねばならん」
「ひええ、厳しい家なんですね」
「魔女に育てられたお前からすれば、親に振り回されるのは馬鹿らしいと思うか?」
「いえいえ、まさか。親に奉仕するのは当然のことですから」
大真面目に返すと変な顔をされた。そんなに意外だっただろうか。
「そういうメヴィはどうなのだ?」
「私はたくさん力をつけて、その力で誰かを助けるのが夢です!」
「まともな夢じゃないか。魔女の弟子とは思えないほど立派だな」
「そうでしょう、そうでしょう。魔女の関係者だからって悪者とは限らないんですよ? 私のように善良で献身的な魔術士もいるのです」
「なるほど。他者のために力をふるいたい、という意味では我々は似ているかもしれん――おっと」
観客気分で応援をしていると、城壁の下から魔術の岩が飛んできた。負傷したエマの代わりに腐敗の棘で撃ち落とす。他の仲間も落ち着いた様子で対処した。
「ふええ、落ち着いて眺めることも許されないです」
「ふむ……」
「どうしました?」
「いや、味方の陣地から飛んできたように見えたが……まさかトルネラか?」
「まだ私が別働隊の隊長になったことを根に持っているんですかね?」
「まあ見間違いかもしれんし、考えるのはあとでいいだろう。戦場で考え事をすれば、自分が死んだことすら気づかんだろうさ」
「ここにも敵が来そうですし、もう少しだけ頑張りましょうか」
仲間たちが「こういうときこそ笑顔ですよ! 笑いましょう隊長!」とか「きっと士気が上がりますよ!」と冗談のように言う。だからエマと一緒にガハハと笑った。笑いながら、腐敗の棘を放った。
魔術を練る。剣を構える。奪った命の数だけ、呪痕が強くなるような気がした。
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