第7話:人気者は辛いです

 

 義勇兵本部で顔合わせをした翌日、今回の作戦に参加する義勇兵が中庭に集められた。数は八十人ほど。基本的に義勇兵は少数精鋭であり、全員が呪痕もちであるため一般兵の何倍もの働きをみせる。だが要塞を攻めるには、とてもじゃないが足りていない。個人の力が突出しているといえども、百に満たない数で落とせるほどウサック要塞は甘くないだろう。

 だが、義勇兵にただよう暗い空気とは対照的に、フィリップ隊長はおもちゃをもらった子どものように楽しそうな様子だった。


「ついにこの日がきた! 勇敢な君たちのことだ、難攻不落の要塞落としに心が躍るだろう!」


 彼が力強く拳を掲げた。しかし義勇兵の士気は上がらない。ふと隣の細身な男を横目で見ると、震えを隠すように手を握り合わせていた。周りの仲間たちも一様に緊張した様子だ。そんな私たちの反応にフィリップは不満げな様子だった。


「ふん、君たちは定石というものを知らないね。こういうときは私の言葉に合わせて雄叫びのひとつでも上げるのだよ。それが士気に繋がるのだ。さあ、心躍るだろう?」


 今度こそ義勇兵は大きな声をあげた。おもにヤケクソな感じで。私も一応「うおおー」と間延びした声で叫んでおいた。同調圧力というやつだ。


「ヨシ。気合いというのは大事だ。魔導が司るこの時代、心の強さはときに、技も体も上回る。さて、我々は少数であるため正面から挑むのは無謀だ。かといって抜け道があるならばとっくにウサック要塞は落ちているだろう」


 堅牢な守りは城壁だけではない。城内への抜け穴はすべて塞がれており、さらに周囲は深い森に囲まれているため、大部隊を率いて近づくことは困難らしい。まさに天然の大要塞。伊達に西方蛮族との境界を担っているわけではない。

 大変そうだなあ、と半ば現実逃避ぎみに話を効いていた私だが、続くフィリップの言葉によって現実に戻された。


「だが安心しろ。我々にはとっておきの秘策がある。そう、新たなる同胞であり、魔女の弟子、メヴィだ!」


 何を言っているのだ。


「何を言っているのですか」


 しまった、思わず口に出ていた。周囲の義勇兵がいっせいに私を見る。


「おお、そこにいたのか。小さくて見えんかったぞ。もっと前に来なさい」

「いえ、お構いなく……」

「いいから。ほら」


 なけなしの抵抗をしたのだが、結局、前どころかフィリップの隣に立たされた。義勇兵の視線が刺さる。好機や懐疑、そして蛇のように潜む敵意の目。ああ、やだやだ。私は注目されるのは嫌いだ。なにせこっちは年季の入った引きこもりなのだ。


「彼女こそ、輪廻の魔女が唯一認めた弟子、メヴィだ。彼女の魔術ならば城門どころか城壁だって破壊できる!」


 義勇兵が「おお!」と沸いた。そんなに期待されると困ります。私、まだ十三歳の小娘ですよ。

 ちなみにフィリップが私の魔術について知っているのは、ルル婆が紹介状に書いたからだ。十三歳の小娘を義勇兵に入れるにはそれなりの理由が必要であり、ルル婆は私が三級魔術師に認定されたことと、その内容についてフィリップに伝えた。その結果がこれである。


「あのう、私の魔術はあまり口外されると困るというか、外聞が悪いというか……」

「がっはっは、我らは仲間なのだから問題ないさ!」


 残念ながら拒否権はなさそうだ。すでに場の空気というものが出来上がっており、とても今から断れる雰囲気ではない。嵌められた。そう気づいた時には、フィリップが話を進めていた。


「とにかく城壁破壊班と正面の囮班に分ける。メヴィは当然、城壁担当だ。これから班の割り当てを伝えるからよく聞いておくように」


 そう言ってフィリップが義勇兵の名前を呼ぶのをぼんやりと聞いた。フィリップは少々、いやとても強引な性格だが、将としてのカリスマを持っているらしく、彼に名前を呼ばれた義勇兵は声高々に返事をした。最初は暗い雰囲気だった彼らも、フィリップの堂々とした態度を見て勇気がわいたようだ。士気は十分だろう。私以外はね。


「言い忘れていたが、俺が指揮をする本隊は囮として、城門前で戦う予定だ。そしてメヴィには城壁破壊班を率いて側面から回ってもらう。何が言いたいかわかるかね?」

「ふえ?」

「そっちの班はお前が指揮を取れ」


 フィリップがちょび髭を優雅にいじりながら言った。私の脳が無意識に聞き流そうとし、慌てて理解をし始める。そっちの班、つまり私が城壁破壊の指揮を取る?


「えええ!?」


 ○


 なぜか作戦の重要な役割を押し付けられ、しかも責任者のような立場を任された私は、目立たないように広間の隅っこで絶賛、現実逃避中である。

 まあ、軍や国に興味はないが、フィリップのために頑張ると考えれば、多少やる気が出なくもない。私は私にしかできない魔術で誰かの役に立ちたいのだから、今回の役割はまさに適任といえよう。そーっと近づいて、城壁とこんにちはをして、それから怒られないうちに帰るだけ。

 そうだ。簡単な仕事だ。

 ぽぽぽっ、と口から魂を飛ばしていると、見知らぬ義勇兵に声をかけられた。


「あなたがメヴィね?」


 ゆるく巻かれた髪を肩ほどまで下ろした、気の強そうなつり目の女だ。魔導協会のバッジを胸元につけており、階級は準二級だった。


「違います」

「嘘おっしゃい。さっきは小さくてよく見えなかったけど……なるほどねえ、まさか魔女の弟子がこんなちんちくりんとは思わなかったわ」


 くすくすと笑われた。いつの間にか似たような雰囲気の女性が二人、彼女の後ろに増えており、同じように笑っている。


「私になにか用ですか?」

「フィリップ様に媚を売るのはやめなさい」

「はい?」

「まったく、どんなコネを使ったのか知らないけれど、魔術士の品位を落とすのはいい加減にしてくれるかしら。ええ、ええ、フィリップ様に憧れる気持ちはわかるわ。でもね、あなたみたいな小娘が手を出していい相手じゃないの」


 彼女のまくし立てるような勢いに思わず黙ってしまった。そんな私に気をよくしたのか、彼女はさらに言葉を重ねる。


「ふん、どうやって三級にしてもらったか知らないけど、作戦の重要な指揮をあなたが取るなんて冗談じゃないわ。今すぐ辞退しなさい」

「そうしたいんですけどねえ、あなたからフィリップ隊長に言ってくれませんか?」

「白々しいことね。そうやって腰を低くすれば気に入られると思っているのかしら。とにかくあなたの指揮は認めないわ」


 そう言われても私だって困っているのだ。できれば別働隊の指揮なんて放り出してしまいたい。だが準二級に昇格するための実績という意味でも、今回の任務を外れるわけにはいかないのである。そんな私の煮え切らない態度を見た女性は、苛立ちに顔を歪めながら言葉を続けた。


「あなた、私の父がどこの所属か知っているわよね?」

「どこですか?」

「はあ!? 魔導協会の監査員よ!」

「ひええ」


 また怒らせてしまった。そもそもあなたは誰ですかって感じなのだが、とても名前を聞ける雰囲気ではない。


「いいこと? 魔術士として活動したいならば、身の振り方をよく考えておきなさい」


 言うだけ言って満足したのか、彼女は取り巻きを連れて立ち去った。まるで嵐のような女性だ。

 謎の女性がいなくなったあと、見計らったかのように相棒のエマがやってきた。さては遠巻きで様子を見ていたな。


「やあ、お疲れ様」

「見ていたなら助けてくださいよ」

「私はトルネラが嫌いだ。義勇兵なら自力でどうにかしろ」

「あの人はトルネラっていうんですか?」

「知らないのか。うちでは有名人だぞ。なにせあの態度だからな、内にも外にも敵は多い」


 つまり面倒な相手に目をつけられたわけだ。

 ちなみに監査員とは、魔術師魔術士が階級に相応しいかを判断する人たちのことだ。彼らは協会内で独占的な力をもっており、一部から「協会の犬」だなんて呼ばれている。つまり彼らに機嫌ひとつで私のような小娘は昇格が蹴られたりするのだ。なんたる理不尽。


「うーん……理屈が通じない人って嫌ですね。義勇兵ってもっと開放的な組織だと思っていました」

「人が集まれば自然と派閥が生まれるものだ。とにかく気をつけておけ。奴は実力こそ凡人だが、他者の足を引っ張ることに関しては素晴らしい才能をもっている。ああまったく、奴なら西方蛮族とも仲良くなれるさ」

「その西方蛮族とこれから戦うんですけどね」

「それなら背中から襲ってやれ。大丈夫、戦場で仲間が死ぬなんてよくあることだ」

「ひええ、おそろしい」


 エマも西方蛮族と仲良くできそうだ、と思ったが口をつぐんだ。相棒とは仲良くしておこう。戦場で背中をあずける相手なのだから。


「指揮官、代わりません?」

「嫌だ」


 即答である。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る