第6話:相棒は魔女が好き

 

 自由の国・パラアンコは二つの大きな問題を抱えていた。

 一つが北方のとある国との戦争だ。歴史的に仲が悪かった両国は長い戦争状態にあり、そしてパラアンコは敗戦が続いていた。国の予算は軍備増強に注がれ、自然と国民の生活は苦しくなり、職を失った平民が街の随所で物乞いをするようになった。今やまともな暮らしを送れているのは一部の商人や貴族、そして義勇兵のように命を先行投資する者たちだけである。


 もう一つの問題が今回の相手であり、こちらも長い内戦状態の相手、通称“西方蛮族せいほうばんぞく”である。彼らが治める地は形式上ではパラアンコの国土だが、当の本人たちが否定をしており、国内を統一して戦争に集中したいパラアンコにとっては目上のたんこぶだ。そして西方蛮族とパラアンコの境界線上にあるのが、任務の目的地、ウサック要塞だ。


 顔合わせを済ませたあと、私は義勇兵専用の寮に案内された。中へ入ると古びた木材の香りが広がり、続けて埃っぽい匂いも広がり、大広間には錆びた鎧やくたびれた書物が捨てられ、階段には飲みかけの酒瓶が放置され、見上げれば、廊下の手すりという手すりに義勇兵たちの衣服が干されていた。エマが「部屋を増やすために干す場所がなくなったのだ」という。ごみのように捨てられた私有物は入れ替わりが激しくて誰も処分しないらしい。

 二人部屋に入って自分の荷物をベッドに下ろすと、エマが「歓迎会の代わりにおごってやる」と夕食に連れていってくれた。器の広い相棒に乾杯だ。水のように薄い葡萄酒をぐびぐびと飲むと、エマが「いい飲みっぷりだ」と褒めてくれた。

 ゆるゆると酩酊して幸せな感覚がした。でも、部屋に帰ってベッドに転がると、もうすぐ始まる戦いの予感に気持ちが暗くなった。


「ああ、やだなあ」


 目下の課題。それはウサック要塞の任務である。

 戦士の墓場・ウサック要塞。大層な二つ名が付けられた要塞は、事実として西方蛮族の防衛の要であり、山に囲まれた立地は攻めるに難く、守るに易い。そんなことを夕食を食べながらエマが話してくれたのだが、聞けば聞くほど面倒そうな任務だった。


「うじうじしたって明日は来る。腹をくくるしかないぞ。お前はもう義勇兵なのだ」


 エマがそれらしいことを言う。彼女はすでに義勇兵としていくつかの依頼を経験しているらしく、あまり緊張した様子はない。


「私は魔術士の実績をつむために来たんですよ。なのに難攻不落の要塞攻めなんて、実績どころかお釣りが返ってきます」

「お釣りが返れば良いがな。うっかりウサックに積まれた骨塚の一部になったらおしまいだ」

「そのときは私の骨を耳飾りにでもしてください」

「魔女に呪われそうだから遠慮しておこう」


 ルル婆の屋敷はパラアンコの東南にあり、前哨都市から結構離れているはずだが、彼女の悪名とも呼ぶべき名前はなぜかカタビランカにまで広まっており、都市の若者をさらっただとか、魔術の試し撃ちで一区画をふきとばしたとか、ルル婆ならやりかねない噂がちらほらと聞こえてくる。

 そして私は基本的に道徳を重んじる善良な魔術士なのだが、なぜかルル婆の弟子だというだけで怖がられている。夕食を食べにいったときだって、私を見たとたんに客が道を開け、店員が迷惑そうな顔をした。まったくもって不本意である。


「そもそも、ばか正直にフィリップ隊長の命令を聞く必要はないのだ。彼がなんと呼ばれているか知ってるか? “栄光玉砕”のフィリップだ。さも素晴らしいことを言いながら味方を焚きつけ、パラアンコ万歳と叫びながら死地に突撃するのさ」

「ひええ、おっかない。もしかして私たちは鉄砲玉にされるんですか?」

「流石に新人をいきなり使い潰したら義勇兵がもたない。せいぜい先輩たちの弾除けになる程度だろう。だから、フィリップ隊長の命令は耳に入れつつ、まあ、うまくやるんだ」

「うまく、ですか。エマは自信ありげですね」

「私にはこの鎧がある。魔術だってはじく特注品だぞ。なにせ私は前線を張らないといけないからな、命を預ける鎧は頑丈なものがいい」


 彼女は誇らしげに鎧を叩いているが、そんな大それた力はないんじゃないかなと思う。だって魔術をはじくというわりには普通の鎧に見えるし、魔導具に必要な魔導回路も刻まれていない。私が触れたら簡単に溶けてしまいそうだ。


「……それ、使ったことは?」

「ないぞ。今回が初披露だ」

「そうですか。じゃああまり前に出ないでくださいね」

「なぜだ! 私は騎士なのだから、前にでなければお前を守れんだろう!」

「私の負担が増えそうだからです……」


 ちなみに「どこで買ったんですか?」と聞くと「行きつけの鍛冶屋だ!」と答えた。次からは私も一緒についていこう。

 きっとエマみたいな義勇兵はたくさんいるんだと思う。なにせ危険と隣り合わせの義勇兵を志すのはほとんどが市井しせいの出だ。目利きなんて身につく前に死んでしまう。そして義勇兵が死ねば、また新たな義勇兵が生まれる。ときには貧しい村の口減らしとして。ときには借金奴隷の稼ぎ場所として。偉そうなことを言う私だって死ぬときはぽっくり死んでしまう。もちろん死ぬつもりはないけど。


「そういえば、輪廻の魔女殿はどんな人なのだ?」

「ルル婆ですか?」

「実は魔女に興味があるのだ。なにせ普通に暮らしていたらまずお目にかかれないからな」

「それじゃあ今度紹介しましょうか?」

「いいや、輪廻の魔女殿に関しては会いたくない。生きて帰れるかわからん」

「そんな危険人物みたいな……」


 と言いつつ、あながち間違いでもないと思う。屋敷にいた人形ドールの起源を考えれば、魔女に対する世間一般的な評価も仕方がない気がする。


「ルル婆は、そうですねえ、意外と人当たりがよくて、孤独が嫌いな人です」

「本当か?」

「ええ、話し相手が欲しくて屋敷に人をいっぱい招くぐらいですから」

「その噂は私も聞いたことがあるぞ。ルーミラ・ルーの屋敷は旅人を歓迎する。魔女は来る者を拒まない、と」

「ええ、ええ、そうなんです」

「そして、屋敷から二度と帰れなくなる、と」


 エマが怖い顔で睨んでくるから、あははと笑って誤魔化した。物騒な噂もあるものだ。帰らないって言うけど、私という前例があるのだから安心してほしい。それに屋敷の使用人たちはみんな幸せそうである。だから何も問題ないのだ。


「もしも行くあてがなくなったらうちの屋敷へどうぞ。ルル婆ならきっと大喜びで歓迎しますよ」

「遠慮しておこう」


 勧誘失敗。ルル婆の屋敷は不人気だった。



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