第5話:期待の新人義勇兵
長い、それはもう、本当に長い旅路を経て私は義勇兵の街に到着した。なにが大変かって、私のようなちんちくりんは良いカモだと思われて賊やら何やらに襲われるのだ。まったく勘弁してほしい。おかげでお気に入りのローブに染みが残ってしまった。
そうして私は、見上げるような建物と、その入り口にある古びた門の前に立っていた。両脇に立つ衛兵たちが睨みをきかせており、余所者を拒むような雰囲気が感じられる。
「ひええ、本当に来てしまった……追い返されたりしないかな……」
ぶつくさと泣き言をこぼしながら衛兵に声をかけた。
「あの、今日から義勇兵になるメヴィです」
衛兵は訝しむような目で私を見た。視線を上から下へ流しながら。
彼が怪しむのも無理はない。私はゆったりとしたシルエットのローブを羽織り、藍に近い深緑の髪を伸ばし、右腕に呪痕を刻んでいる。格好だけならば魔術士に見えるだろう。しかし背丈は衛兵の胸ぐらいしかなく、魔術士と呼ぶにはあまりにも幼い。
「君、歳は?」
「初対面の女性に年齢を聞くのは失礼ですう」
「あ?」
「ひえっ、十三歳です……」
衛兵は「いたずらか」と呆れた表情で息を吐くと、反対側に立つ同僚に声をかけた。
「おーい、ザック、子どもが迷い込んだみたいだ。俺はここに残るから、この子を届けてやってくれ」
「ちょ、ちょっと、私は本当に用があってですね?」
慌てて弁解するも衛兵は聞く耳をもたない。魔術士の真似事をする子どもだと思われているのだろう。
やがて、ザックと呼ばれたもう一人の衛兵が駆け寄ってきた。彼も最初はいたずらだと思っていたようだが、ふと思い出したように「魔術士の子ども……?」と呟いた。
「まさか……君が例の……?」
「何か知っているのか?」
「大丈夫だアイン、この子は『例外』だと聞いている。君、名前はメヴィといったか、中に入りなさい。フィリップ様が待っている」
「ありがとうございますぅ……」
私はぺこぺこと頭を下げたあと、小動物のように隣を走り抜けた。後ろから衛兵たちの話し声が聞こえてくる。
「いつからうちは子どもを戦場に送るようになったんだ?」
「確かに子どもだが……お前、輪廻の魔女が弟子を取ったって話は知っているか?」
「もちろんだ。なにせ当時は話題になったからな。魔女が弟子を取るなんて前代未聞。しかも輪廻の魔女といや、やれ死者蘇生だの、やれ魂の回帰だのと
師匠に対して酷い言い草だ。だが否定できないのも事実。私は気にせず建物の中へ入った。
「輪廻の魔女が認めた唯一の弟子にして、最年少で三級魔術士になった少女だ。まったく……不気味だよ」
○
廊下を歩きながら窓の外に視線を向けた。ここ、前哨都市カタビランカは義勇兵の街だ。そのため街ゆく人々は見るからに腕っぷしが強そうな者が多い。建物のなかにも多くの義勇兵がおり、ちまちまと歩く私を珍しそうな目で見てきた。
女性をじろじろと見つめるなんて失礼な人たちだ。たしかに私の髪色は珍しいし、まったく屋敷から出ないせいで不気味なほど肌が白いが、これでも立派な三級魔術士なのだ。子ども扱いはやめてほしい。
「ここでしょうか。すみませーん、入りますよー」
こんこん、とノックをしてから扉を開けると、室内には二人の騎士がいた。一人は茶色のひげが似合うダンディな男。もう一人は男の一歩後ろで真面目そうに立つ赤毛の女騎士。
「初めまして。今日からお世話になるメヴィです」
「私はフィリップだ。君の噂は聞いている。歓迎するぞ、新たなる同志よ」
フィリップが野性味のある笑顔で名乗った。彼がこれから私の上官になる男だ。話によると部下からの信頼が厚く、数多くの戦場で戦果を上げた優秀な騎士だとか。貴族の出身だが実家とは絶縁しており、今はただの義勇兵フィリップとして剣を握っているらしい。
「さっそくだが君の相方を紹介しよう。彼女はエルマニア。三級騎士だ」
そう言われて背後の女騎士が進み出た。私と同じ三級だ。まあ同じといっても魔道協会と騎士協会では基準が違うから同等とはいえないけど、三級騎士ともなれば、大の男が数人がかりでも相手にならないほどの実力がある。頼りになりそうだ。
「私のことはエマでいい。よろしく頼むぞ」
「女性で騎士とは珍しいですね」
「ふふん、そうだろう。私は優秀な騎士なのだ。今はフィリップ隊長の部下だが、いずれは偉くなって後方で優雅に暮らすのが夢だ。その時にはフィリップ隊長が私の部下になっているかもしれんな」
「んんっ、向上心があるのは素晴らしいが、そういうことは俺のいないところで話せ」
義勇兵が一人で行動することは滅多になく、重要な任務以外は、基本的に魔術士と騎士がペアで行動する。義勇兵専用の寮を借り、同じものを食べ、同じ部屋で寝る。
つまり、エマはこれから衣食住を共にする相棒というわけだ。どんな人かとビクビクしたが、とりあえず話しやすそうな相手で安心した。様子を見計らってフィリップが口を開いた。
「ちなみに私は平等主義だ。年齢や性別に関係なく、能力だけで判断をする。つまり、君がたとえ子どもであろうと
「ひええ、恐縮です」
「期待しているぞ魔女の弟子よ。さて、君たちにはさっそく任務についてもらう。これを見たまえ」
彼は笑いながら地図を広げた。私たちがいる前哨都市カタビランカに大きな丸印がつけられており、その周囲に無数の走り書きとバツ印が記されている。
「依頼主は軍だ。我ら義勇兵の腕を見込んでとのこと。誇らしくて涙が出るな。依頼内容はウサック要塞の奪還。場所は……ここだ」
ひときわ多くのバツ印が集まった場所をフィリップが示した。バツ印は敗走した部隊を表している。つまり多くの軍が、もしくは義勇兵が、このウサック要塞を前に散ったというわけだ。うーん、明らかに嫌な予感がする。
「あのう、これって結構大変な任務だったりします?」
「ベテランの義勇兵や軍人がばったばったと死ぬせいで、君のような新人にも任務が回るていどには大変だ。なにせ戦士の墓場なんて物騒な名があるんだからな」
「ひええ、私は今日着いたばかりですよ?」
「そうかそうか、ならばあとで街を案内してやろう。ここは良い街だぞ? すぐに君もカタビランカのために戦いたくなるだろう」
話が通じぬ相手に私は頭を抱えたくなった。てっきり最初は簡単な任務が与えられると思っていたのだ。それが蓋を開けてみれば地獄への片道切符を渡されたのである。よもや、かよわい女の子を戦場に送る狂人がいるとは。
「あらかじめ言っておくが、丁寧に君たちを指導することはできない。新人教育に人員を割けるほど我々に余裕はないのだ」
私は自らの不運と運命を呪った。もっとも、事前に調べておけば義勇兵が人手不足であることや、私のような実力のある魔術士は即戦力として投入されるであろうことは予想ができたはずだ。すべてはルル婆の助言を鵜呑みにし、とくに調べもせずに義勇兵を選んでしまった私の怠慢である。
「なにせ……我らが自由の国・パラアンコは崩壊寸前だからな。がっはっは!」
そんな私の気も知らず、フィリップは豪快に笑った。
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