第4話:追い出されました

 

 私、魔術士のメヴィ。十三歳。晴れて三級魔術士に昇格した。実は最年少らしくてちょっと鼻が高かったりする。

 そんな誇らしい気持ちでルル婆に報告をすると、彼女から驚くべき言葉が返ってきた。


「おぬし、この家から出ていけ」

「ええ!?」


 なにか粗相をしてしまっただろうか。脳をフル回転させて考えてみる。最近だと、隣町の領主様の屋敷に侵入して走り回ったことか。それとも偉そうな軍人に意地悪をされたから、軍服を腐らせてやったことか。もしくは……あれ、思い当たることが結構あるぞ。


「準二級になるには実績がいる。じゃが、ここにいるとおぬしはずっと引きこもるじゃろう?」

「まあ弟子は師匠に似るものですから……」

「じゃかあしい。さっさと外に出て実績なり何なり作ってこいというわけじゃ。幸い、今は国の情勢がややこしいからの。魔術士は引くて数多じゃろう。そうじゃ、義勇兵になってこい」

「義勇兵?」

「簡単にいえば民営の軍隊じゃ。時には人の身を捨てた化け物と戦い、時には軍に混じって戦争に参加する。中には魔女狩りを目的とする輩もいるらしいぞ? かっかっか、怖いのう」


 義勇兵……悪くない。私は組織に縛られたくないから軍人には向いていないが、義勇兵ならば自由に遊べそうな気がする。それに色々な場所へ行けるのも楽しそうだ。なにせこの近辺の街では魔女の弟子というだけで警戒されるのだから。


「私、腐らせることしかできませんが大丈夫でしょうか?」

「それはおぬし次第じゃ。むしろ、義勇兵は争いを生業にする集団じゃから、おぬしの魔術は重宝されるやもしれんな」

「だといいですけど、もしも追い返されたらどうしましょうか」

「念のためにわしから紹介状を送っておいてやろう。それでも断られたら腹いせに暴れてやればいいさ。なに、魔女の名を出せば大抵の横暴は許される」


 めちゃくちゃなことを言っているが、事実であったりもする。だって魔女だから。素敵な言葉だね。

 流石に暴れるつもりはないが、軽いいたずら程度ならするかもしれない。


「じゃが、その前にひとつ、聞いておかねばならん」


 ルル婆の雰囲気が変わった。魔女の顔だ。普段はどこまで本気かわからないルル婆だが、たまに真面目な話をするときがある。そうなると私も背筋を伸ばして聞かなければならない。


「おぬしは魔術で何を為したい?」


 これは、きっと大事な質問だ。ルル婆があえて聞かなければならないほど意味のある問いなのだ。だから私は胸を張って答える。ずっと胸の奥底にある、こびりついて離れない想いを。


「私は誰かの役に立ちたいです!」


 思わず良い子ちゃんみたいな答えをしてしまったが、私は本気だ。心の底から、この腐らせるしかできない力を使って誰かに必要とされたいのだ。

 ルル婆はきょとんとした表情を浮かべたが、やがて安心したように何度もうなずいた。


「そうかそうか。それがおぬしの本心ならば、わしは何も言うまい。少し予想外じゃがおぬしらしい答えじゃ。それはそれで面白い」

「なんか含みのある言い方ですね」

「カカッ、深い意味はないわい。。そうじゃ、義勇兵になるなら、ついでに良い男の一人でもひっかけてこい!」

「ひ、ひっかけ!?」

「いやこの際、女でもいいんじゃがな。そいつらにここを紹介するんじゃ。優秀な素材……いや、戦士なら報酬をはずむぞ」

「ああ。そういう……」


 ちらりと屋敷の使用人たちに目を向けた。見た目も年齢も様々な彼らがどうやってこの屋敷に訪れたのか、なんとなくわかった気がした。だが深くは追求しない。世の中、知らないほうがいいこともあるのだ。


「ルル婆は魔女ですねえ」

「なにをいまさら」


 魔女がからからと笑った。私もつられて愛想笑いを浮かべた。魔導の深淵がちろちろと顔をのぞかせていた。


 ○


 ルル婆と別れを済ませたあと、セルマと一緒に街を歩く。外まで見送ってくれるそうだ。平然としているように見えて、実はセルマも寂しがっているのかもしれない。

 住民たちは私が街を去ることを知っており、すれ違うたびに応援の言葉をくれた。「メヴィお姉ちゃんまた遊んでね!」「ダメだよ、メヴィちゃんは義勇兵になるのさ」「メヴィちゃんが義勇兵ねえ。悪い男に気をつけるんだよ?」「がはは、メヴィなら心配ないさ。むしろ戦争に巻き込まれないか心配だ」「いつでも帰ってきていいからね!」

 意外と私は人望があるようだ。


「メヴィは人気ですね」

「私の人柄ですかねえ」

「はぁ」


 そのため息はなんですか。だって事実じゃないですか。

 屋敷で暮らして早五年。ルル婆の弟子ということもあって私の認知度は高い。そして私は役に立てるように率先してみんなの手伝いをしたから、自分で言うのもなんだけど、結構好かれていると思う。いやはや、こんなに応援されるとメヴィちゃんは照れちゃいます。


「義勇兵になるのは怖くないですか?」

「うーん、義勇兵をよく知らないのでわからないです。さっき言われたばっかりですし。でも必要なことなんですよね?」

「ええ、魔導の道を正しく歩むならば義勇兵が手っ取り早いです。何かしらの業を背負った者たちの集まりですから、きっと刺激的ですよ」

「ひええ、あまり嬉しくない」


 それからセルマは義勇兵について、最低限の情報を教えてくれた。まだ見ぬ未来の仲間たち。セルマみたいに話しやすい人たちだったらいいな。


「でも、本当に気をつけてくださいね。特に魔女と関わってはいけませんよ。命がいくつあっても足りませんから」

「ルル婆も魔女ですよ?」

「ご主人様は例外です。あの人は魔女をなかば引退したような人ですから」

「ルドウィックさんは?」

「あれも例外です。たちが悪いほうの、例外です」


 ひどい言われようだ。勝手に記事にされることを除けば面白い人なんだけどね。屋敷のみんなは総じてルドウィックを厄介者だと避けている。

 話しているとすぐに街の入り口に着いた。長く暮らしたこの街ともしばらくお別れだ。セルマが「街が静かになりますね」とつぶやいた。言われてみたら本当に街が静まり返った気がする。


「ああそうだ、メヴィにこれを渡しておきましょう」


 セルマが取り出したのはネックレスだ。私の髪と同じ、藍に近い深緑の石がはめられており、光を当てると石の内部で魔導元素が輝いた。


「これは街に入るための鍵です」

「鍵?」

「ええ、メヴィは知らないでしょうが、この街はご主人様の力で外部から隠されています。資格ある者か、もしくは鍵を持つ者しか入れません」

「なんで隠しているんですか?」

「話すと長くなるので自分で調べてください。“旧シャトルワース領”について調べたらすぐに見つかりますよ」


 セルマが表情を引き締めて真面目に答えた。私は知っている。あれは説明が面倒になったときの顔だ。仕方がないのでまた今度調べてみよう。きっとろくでもない事実が見つかるに違いない。


「綺麗なネックレスですね」

「ちなみにとある大精霊の呪い……いえ、願いが込められています」

「呪い」


 説明するように視線で訴えると目をそらされた。別れの贈り物は呪いのネックレスだってさ。なかなか素敵なセンスじゃないか。


 それから一言二言かわしてから街を出た。街の外は道らしき名残りがあるものの、整備されていないためほとんど森のような状態だった。誰も街に出入りをしていない証拠だ。少し進んでから振り返ると、ルル婆の大きな屋敷が木々の向こうに見えた。こうして見るとまるで領主の館みたいだ。また少し歩いてから振り返ると、もう屋敷は見えなくなっていた。



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