第3話:才能ってなんですか
メヴィとして生を受けてから早数ヶ月。ルル婆に教えられてわかったことがある。
もしかすると私は才能がないのかもしれない。
ルル婆が色々な魔術を扱えるのは納得できる。なにせ彼女は魔女だ。不遜で奔放で、弟子使いが荒いったらありゃしないが、それでも魔術士の枠組みを超えた彼女と、魔術を習い始めたばかりの私では圧倒的な差があるのは仕方がない。だが、召使いが簡単そうに魔術を使っているのを見ると、さすがに自分の力不足を痛感する。
「なーんでセルマも魔術が使えるんですかあ」
「そりゃあ私はガワこそ人間ですが、魂は精霊ですから」
ひねくれ
それだけ魔術が得意ならばついでに私のぶんも掃除をしてほしいのだが、頭の固いセルマは「契約外です」と言って自分の担当箇所しか掃除をしない。ご丁寧に「ここから先はメヴィのぶん」と線引きをするのである。ルル婆がセルマをひねくれ
「なにをうなだれているのか知りませんが、そもそも魔術を習い始めるのは十二歳頃が一般的です。精神がある程度成熟していなければ魔術は暴走しますから。その点、あなたは他人よりも幼く、身体的に未発達です。そう悲観することはないですよ」
「セルマぁ……」
「まあこの程度の簡単な魔術すら使えないのは理解に苦しみますが」
「感動した私が馬鹿でした」
慰めてくれたのかと思いきや、セルマはすぐに手のひらを返した。このひねくれ
「どうして、あなたの魔術は腐るんでしょうね?」
「私が知りたいですう……」
私は基本的な魔術が上手く扱えない反面、私独自の魔術が早い段階で発露した。
それが腐敗だ。崩壊、と呼んだほうが近いかもしれない。私の魔導元素にふれたものはドロドロに溶け、ちり一つ残さずに消えてしまう。生き物もそうでないものも平等に腐らせる。
こんなはずではなかった。魔術はもっとキラキラしたものだと思っていたのに。
「どうせならもっと楽しい魔術が使いたかった……」
「これはこれで便利ですけどね」
「そう言いながら私の頭にゴミを乗せるのはやめてもらえますか?」
セルマが持っているのは片付けで出た不必要な書類だ。私が「むむむっ」と魔術を使うと、頭に乗せられた紙があっというまに崩れてしまう。最初は溶けたものがどこに消えるのか不思議だったが、面倒になったから深く考えるのをやめた。どうせ考えたところで意味がないし、必要ならばルル婆が調べるだろう。
「あっ」
「え?」
セルマが珍しく「やっちまった」と言いたげな声をあげた。不思議に思って彼の顔を見ると、なぜか目を逸らされる。
「……なにを捨てたんですか?」
「さあ、なんでしょう」
「ちょっと! 絶対に捨てたら駄目なやつでしょ!」
「……でも、溶かしたのはメヴィです」
「私の責任ですか!?」
セルマがはらはらと落ちる紙の切れ端を摘み上げた。なにか文字が書かれていたが、一度始まった魔術は止められず、端からぼろぼろと崩れていく。
「これ、ルーミラ様が研究中だった、古い魔導書なんですよ」
「ひええ、また大事そうなものを……」
「ちなみに写本もないので世界に一冊しかありません。まあ、それも今なくなったのですが」
「……他人事のように言ってますけど、悪いのはセルマですからね」
彼は「やれやれ」と言いたげに肩をすくめた。やはりこの
「あとで一緒に謝りましょう。大丈夫、ルーミラ様は適当な性格なので、魔導書の一冊や二冊が消えた程度なら怒りませんよ」
「本当ですか? ちゃんとセルマから説明してくださいよ?」
「お任せください。こう見えて謝るのは得意です」
この日は夕飯抜きになった。
○
そんなこんなで私は順調な魔術士ライフを送った。もっとも、順調なのは生活だけで、肝心な魔術のほうは伸び悩んだ。腐敗魔術こそ上達すれど、他の基礎的な魔術はからっきしだから。
正確にいえば扱えないわけではない。空気中の水を集めたり、逆に乾燥させて火を起こしたりはできる。だが、集めた水は飲めたものではなく、火を起こしてもそれで料理をするとなぜか腐ってしまう。試しに作った料理をセルマに食べさせようとすると、凄い勢いで逃げられた。
つまるところ私は腐らせることしか脳がないのだ。ルル婆はそんな私に「おぬしは腐らせることだけを考えろ」と言った。彼女いわく、短所を直すよりも長所を伸ばしたほうが効率的だそうだ。むしろ器用貧乏にならなくて幸運だと言われた。私としては色々とできたほうが便利そうなのだが、他ならぬルル婆が言うのならば信じることにする。
まあ何もできないよりはマシだろう。なんとなく以前の私は無力だった気がする。何もできず、何も為せない子ども。それが今では輪廻の魔女の一番弟子である。ルル婆が作った結界だって私の魔術なら腐らせてしまう! 私って実は凄いんだぞ!
そういえば、例の新聞屋は忘れた頃にふらっと姿を現し、私の成長具合についてあれやこれやと聞いてきた。そして「腐らせることしかできません」と言うとげらげらと笑いながらメモを取り、翌日の魔女新聞にでかでかと載せられた。
「魔導協会の階級ってどうなっているんですか?」
十二歳になって魔導協会に登録した日、私はルル婆に尋ねた。お師匠様は面倒そうにしながらも教えてくれた。
魔術士は全部で九段階に分けられる。魔導の基礎が理解できるならば誰でも六級が与えられ、魔術を行使できるならば五級、応用できるならば四級、自らの魔術が発現すれば準三級、といった具合に認定され、最上位の一級になれば誰もが知る天才魔術士として国から招待されるそうだ。
そんな一級魔術士ですら魔女には敵わないという。正直なところ、普段の自堕落なルル婆を見ていると眉唾ものであるが、世間の評価として魔女は化け物のように恐れられていた。
私はルル婆の弟子ということで四級からスタートした。つまりコネだ。腐敗魔術を使えるから準三級でも良さそうだけど、受付の人がひどく困った様子だったから諦めた。おそらく「大人の事情」というものだろう。
そもそも私は腐らせることしかできないのだから、四級を認定されただけでも御の字である。きっと固有魔術しか扱えない魔術士は初めてだったのだろう。そういえば、なぜか試験の担当員が怯えたような表情をしていた。私のようなただの子どもに怯えるはずがないから、きっとルル婆が怖い顔をしていたに違いない。あの人なら「わしの弟子じゃ、わかっているな?」みたいな脅しをしてもおかしくないだろう。そう考えるとやはりルル婆は悪い魔女だ。
それから準三級に上がるのは少し時間がかかった。私という特異な事例をどうするか、協会側も悩んだのだろう。だが私が根気よく協会に通って魔術を披露し続けると、やがて協会も諦めて私を準三級に認めてくれた。
あまりにも積極的だったからか、セルマに「メヴィは偉くなりたいのですか?」と聞かれたことがある。答えは否だ。私が上位の階級を目指すのはなんとなく格好いいからだ!
一度認められてしまえば後はとんとん拍子である。それから一年ほどで三級に認定された。私の力は非常に偏っており、普通の魔術士なら誰もが使えるだろう魔術はできない代わりに、腐敗という一点に限れば準二級にも匹敵するそうだ。
我ながら扱いに困る魔術士だと思う。なにせ魔女の弟子であるため、ぞんざいに扱えばルル婆の反感を買い、かといって安易に認めれば「私」という前例を生んでしまう。きっと協会も色々と考えてくれたのだろう。
とまあ、望まぬ騒動を起こしつつも協会から三級の肩書きを与えられ、ルル婆に報告をした日の晩、私は「大事な話がある」と言われて彼女の部屋に呼び出された。
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