第5話 ヒナと一緒に


 

「ずっと風呂に入っていなかったから、身体を洗いたい」

「わかった!」

 

 俺は風呂に入っていないことを思い出した。

 ヒナは気にしていないようだったが、俺は気にした。

 

「脱衣所で、ここがお風呂!」

「ありがとう」


 シャワーを浴び、身体を洗う。

 男性用のシャンプーやリンス、ボディーソープはなかったため、女の人のような匂いがシャワーを浴びた後に漂った。

 

「シャチさんが着替え渡してくれたからここに置いておくね」

「あぁ、わかった」

 

 ドア一枚越しに声が聞こえる。

 着替えを持ってきてくれるのはありがたい。

 

 シャワーを浴びながら考えた。

 子供たちがこんなにいる施設を作って、シャチさんは何がしたいんだろうかと。

 ほんとに善意でこの施設を作ったのなら、叶見新の子供も助けてやるべきだろう。

 だけどそうしないのはどうしてなのか。

 どれだけ考えても答えは出ない。

 

 時間はあっという間に過ぎており、シャワーを浴び終わると夕方になっていた。

 

「食堂と自室で食べられる場所選べるけどどっちがいい?」

「食堂にいってみたいな」

「わかった! 私についてきて!」


 俺はヒナについていった。

 食堂というものはすごく広かった。

 テーブルと椅子がたくさん並んでおり、そこで子供たちがしゃべりながらご飯を食べている様子が見える。

 カレーのような匂いが、漂っている。

 

「今日はカレーライスみたいだね!」

「そうみたいだな」

 

 どうやらバイキング形式のようで、ご飯とカレーを好きに持っていけるらしい。

 ヒナの真似をして、カレーライスを作る。

 カレーの辛さは選べるらしく、辛口、中辛、甘口と分かれており俺はヒナと同じく中辛にした。

 

「どこで食べるんだ?」

「私のお気に入りの席で食べよ!」


 ヒナは窓際の席を選んだ。

 窓から見える景色は展望台から見える無機質なビルや家の景色とは違うが、自然を感じることができる景色ですごく綺麗だった。

 

「綺麗だな」

「でしょ! この席を見つけたときからずっとここで食べてるんだ~」


 ヒナは自然が好きなんだろうか。それともこの景色に魅了されただけなんだろうか。


「ほかの子供はここで食べないのか?」

「この景色を知っているのは私と後もう一人しかいなよ」

「こんなにいい景色なのに、二人しか知らないのか」

「今日で三人になったけどね」

「なんで誰にも教えないんだ?」

「だってこの席取られちゃうでしょ」

「なるほどな」

「離してばかりでカレー醒めちゃうから食べよ!」


「「いただきます!」」


 二人で挨拶をし、カレーとライスを口の中に入れる。

 ほどよいスパイスの刺激を感じることができておいしい。

 カレーというものを家ではよく作っていたことを思い出す。

 母親に飯を作れと言われて、めんどくさい時によく作っていた。

 野菜を切って、肉を切って、ルーを入れる。簡単で何日も作り置きができる家庭の味方。

 何を入れてもおいしくできて、ほんとにカレーに助けられたなと今更ながら思った。

 

 ここのカレーは俺が作ったカレーよりもはるかにおいしい。

 市販のルーを使ったらここまでうまくはいかない。

 俺が投げやりに作っていたのも理由には含まれていそうだが、こんなにうまくはない。

 

「このカレー誰が作っているんだ?」

「アンドロイドだよ」

「アンドロイド?」

「そう。この家のほとんどはアンドロイドが備わっているんだよ」

「アンドロイドか……」


 アンドロイド――上級市民にしか持っていないと言われているAI搭載の人間そっくりの機械のことだ。

 シャチさんが金を持っていることはなんとなく知ってはいたが、俺とはまったく階級が違うとは思わなかった。

 この施設全般の作業はアンドロイドがしていることになるのだろう。

 アンドロイドだからこそ、この完璧な味を生み出すことができるのかと納得した。

 

「アンドロイドはどこかで見られるのか?」

「うん。食堂の時間は料理作ってるから見られないけど、明日の朝見せてあげるよ」

「楽しみにしている」


 俺とヒナは食事を終え、自室に戻る。

 

「アオイはやりたいことないの?」

「やりたいことは何にもないな。自由になりたいとは思うけど」

「自由になったらどうするの?」

「うーん、そうだなぁ」


 自由になった後のことを考えたことがなかった。

 考えてみたが、自分が自由になった先のことを想像することができなかった。

 

「なんとなくぼーっとして生きていくと思う」

「何かしら目標があるのはいいことだと思うよ!」

「ヒナは自分が空っぽとはいうけど、やりたいこと何もないのか?」

「うん。何もない」

「じゃあ俺と一緒だな」

「? 自由になりたいっていうのはやりたいことじゃないの?」

「やりたいことというよりは目に見えない漠然としたものに近い気がする」

「そっかー! 私たち似た者同士か!」

「似た者同士だよ」


 ヒナはやりたいことがないというよりは、やりたいことが見つからないように見える。

 過去でもなく、未来でもなく今――現在を生きている人間。

 人は過去か、未来に捕らわれるように感じるが、現在を生きているヒナを見ると、自由な状態なんだろうなと思う。

 今日一日過ごしてそう思った。

 ヒナには現在という確かなものがある。いつかやりたいことができたとき、それが伸びていくものだと思った。

 

 やりたいことがない似た者同士でルームメイトになれたのは奇跡かもしれない。

 

「寝よっか」

「俺は床で寝るから、ベッドで寝ていいぞ」

「え~。一緒に寝ようよ」

「やだよ」

「じゃあ私も床で寝る」

「ならベッドで寝る」

「なんで一緒に寝てくれないの!」

「なんでだろうな」


 床で寝っ転がっている俺にベッドからヒナがダイブしてきた。

 いきなりのことで躱しきれず、抱き着くような形でヒナのクッションになる。

 

「いったぁ……」

「~~~」


 俺はヒナの身体に口をふさがれて喋れなかった。

 柔らかい感触を感じながら、ヒナが避けるのを待つ。


「あっ……ごめん……」


 そういいながら身体を避けた。

 ヒナの体温が離れていく。


「えへへ……なんか恥ずかしいね」


 倒れながら、俺のことを見つめるヒナは、顔を少し赤らめながら言う。

 年相応の反応とはいえ、俺は少しドキっとしてしまった。

 なんだかいたたまれない気持ちになったので、ベッドで寝ることにした。


 二人一緒にベッドで寝る。

 ベッドが一つしかないが、案外二人入るものだなと思う。

 

「今まで一人だったから、なんか新鮮」

「狭いか?」

「ううん、二人で入ってちょうどいいぐらいだよ」


 そういいながら、布団を全部ミノムシのように丸くして俺から奪い去る。

 

「おい! 布団とるな!」

「あっはは! やっぱりアオイ面白い」

「面白くない。床で寝るぞ」

「それはやだ」


 無事ヒナから布団を返してもらうことができた。


「今日一日どうだった?」

「どうだったといわれてもなぁ……」

「私はアオイが来てくれて楽しかったよ」

「俺も楽しかったかな。ヒナのことを少し知ることができたし」

「私の事知れた?」

「危なっかしいやつとは思った」

「それは知られてはいけないことのような気がするんだけど……」

「欲望に忠実なのはいいことだ」


 こうして今一緒に寝ている現状を見ると、やっぱりヒナは現在を生きている人間だと思う。

 現在を生きている人間の願いは叶いやすいのかもしれない。

 ヒナから新しいことを学んだ。


「ふわぁ~」


 ヒナが小さくあくびをする。

 

「眠そうだな」

「うん、眠い……」

「おやすみ」

「ん、おやすみ……」


 ヒナは目をゆっくりと目を閉じた。

 ヒナの寝顔はかわいらしく、思春期にはよくないと思い、反対側を向いた。

 俺はドキドキしながらも、眠りにつきこの施設にきて初日を終わらせた。

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