第4話 ヒナとの出会い


 甘い匂いが鼻をくすぐった。

 こんな場所に甘いものがあるはずがないが、甘いものの香りがする。

 空腹だった身体を起こし、木の後ろに隠れる。一人の男がこちらに向かってくる。

 男は手に白いケーキの箱のようなものを持っている。ここから甘い香りがしているのが、わかる。

 これを食べれば俺は、生きることができる。狙いを定める。

 

 男が俺の前を横切ったとき、俺は男を襲った。

 男は驚いた表情をしていた。その隙をつき、手に持っていたケーキの箱を奪う。

 がむしゃらにそれを開け、中に入っていたケーキを口いっぱいに頬張る。

 甘ったるいホイップクリームが口いっぱいに広がる。歯ごたえはないが、スポンジも柔らかく、クリームと同様に甘い。

 

「――っ」


 男は唖然としており、こちらに手を出してこない。

 あっという間にケーキは消え去ってしまい、腹が満たされていくのがわかる。

 

「素晴らしい」


 男はこちらを見ながら、言った。男の一言が予想外すぎたため、俺は呆けてしまった。

 

「君、名前は?」

「アオイ」

「そうか。アオイ、私の名前はシャチ。よかったらこの先の施設にこないか?」

「施設? この先には何もないぞ」

「アオイは下しかみたことないのか?」


 俺は前方を見る。そこには貧民街である叶新見には相応しくない白くて綺麗な建物がある。

 都会のビルと同じように無機質だが、どこか温かみを感じる。

 白い建物のほかに白い建物を中心として、娯楽施設が並んでいるように見える。

この作りを本で見たことがある。確か、遊園地だったような気がする。


「こんなものがあったとは……。この施設は何の施設だ?」

「この施設は児童保護施設だ。今日から君はここに来てみないか? ここに来れば君が求める食事も自由も提供できる」

「本当か?」

「あぁ、本当さ」

「お前は何が目的なんだ?」

「私? 私の目的は子供たちの成長を見ることだよ。君みたいな食事にもありつけない子供を助けることが目的。行ってみればわかる通り君と同じような子供しかいないよ」

「俺と同じ?」

「そう、君と同じ。捨てられた子供って言えば早いかな。ほら、この叶新見って捨てられた子供に対しては救済システムないだろ? だから私が独自に作った」

「そんな資金がどこにあるというんだ?」

「私は叶新見の人間ではないから、資金はいくらでもあるよ」

「なんで叶新見ではない人間がここにわざわざ来る意味があるんだ?」

「これが私の趣味だからかな。私、人を育てるのと、人間観察が好きだから」

 

 シャチは、頬をポリポリとかきながらいう。その表情には恥ずかしさも含まれているのか、頬が少しだけ赤くなっているのがわかる。


「少なからず君に理不尽な事も、不利なこともないと思うんだよね。来てみないか?」

「明日生きられるならそれでいい。ついていく」


 今みたいに飯にありつくことすらできないよりは、施設とやらに行った方がきっといいだろう。

 

 俺はシャチについていった。門をくぐると、外から見ているときよりもはっきりと娯楽施設が並んでいるのが見える。ここは遊べるところがたくさんあるのだろう。

そのために、すごく広い土地を持っているのだろう。

 

「なんで俺みたいな子供は救って、叶新見の子供は救わないんだ?」

「私が興味があるのは捨てられた子供であり、現地の子供じゃない。それに、現地の子供はその環境の中で生きていく力があるしね」


 環境に対応していく力がないものを救うということなのだろうか。シャチが興味を示しているものがいまいちわからない。

 

「あ、聞き忘れてた。君の階級はどこだい?」

「中級市民だ」


 俺はカードを見せながらいう。このカードはここでは使えない価値のないものだが、俺は持ち続けていた。


「つい最近中級市民になったんだね。優秀な子を親は捨てたというのか……」

「シャチさんが思ってるより俺は優秀じゃない。人の推薦だし」

「下級市民から中級市民になるのは、非常に難しい。そこまでのプロセスがどうであろうが、自分自身をもっと褒めるべきだよ」


 努力を認められたような感覚になった。それと同時にこの人はこの人で努力してきたんだなと思う。だから少しだけ信頼できるものがあった。

 

「アオイは、将来何になりたい?」

「何もない。ただ生きれればそれでいい」

「人間の本能だね。安全な施設にいけばきっとやりたいことが見つけられるよ。見つけることができたときは全力でサポートするよ」

「その時は力を借りる」

「うん、その時を待ってる」


 雑談をしていると、建物の入り口が見えてきた。

 扉を開けると勢いよく子供たちがこちらに足を運んでくる。


「おかえりなさい! 今日のお土産は何?」

「ただいま。今日はお土産じゃなくて、新しいお友達を連れてきたよ」

「新しいお友達?」

「ほら、アオイ君自己紹介を皆にして」

「アオイだ。よろしく」

「アオイっていうんだ! 私はヒナよろしくね!」


 ヒナという少女は俺と同じぐらいの歳に見えた。綺麗な茶髪と、成長し始めている胸。どこか幼さが残る顔が印象的だった。


「ヒナ、アオイの世話をよろしくな」

「うん! ようこそ私たちの家へ!」

 

 ヒナは俺に手を大きく差し伸べる。

 

---


「まずここの説明するね。シャチさんにはなんて説明されたの?」

「児童保護施設と言われた」

「確かに児童保護施設だね。簡単にいうと孤児院の方が近いかも。ここには学べる場所と遊べる場所両方があるんだ!」

「学べる場所と遊べる場所?」


 叶新見にそんな場所があるとは思ってもみなかった。

 叶新見に学べる場所があるのなら、叶新見の子供たちはここに通って学ぶべきではないのだろうか。


「ここは叶新見と違って隔離されてる場所だからね」


 俺の考えを見透かしようにヒナが答える。


「隔離されている場所?」

「そう、ここに来る時叶新見とは違う雰囲気を感じたでしょ?」


 そう言われてみればそうだったかもしれない。治安の悪い地域を抜けたとき開けた場所に出た。それが何だって言うんだ。

 

「ここに来る人は才能を持ってる人が来るんだよ」

「何言ってるんだ?」


 俺は、ヒナがおかしくなったのではないかと思った。それと同時に自分を疑った。

 才能のある人間が叶新見に捨てられたりするはずがない。

 

「うーん、なんていえばいいのかな? 私もシャチさんに言われたまま言ってるだけだから私自身もわかんない」

「ヒナに何か特殊能力や才能があるわけではないのか?」

「私には何もないよ。将来してみたいことも、今やりたいことも何もない」


 遠い目をして言うヒナを見ていると、自分と同じものを抱えているような気がした。

 

「あ、ここが私とアオイの部屋ね!」

「俺、お前と同室なの?」

「うん! 嬉しい?」

「嬉しくない」

「私、悲しいなぁ」

「悲しんどけ」

「ひどい!」

 

 シャチさんは思春期というものを考えていないのだろうか。

 

 子供のような会話をしながら、部屋の中に入る。部屋の中は片付いており、丸くて小さなローテーブルと、座布団と一つのベッドしかなかった。

 部屋はシンプルで、子供たちと差別がないようになっているのだろう。そんなことより、ベッドが一つしかないことが個人的な問題だ。


「やっとベッドに寝れる人ができた! ほかの子を見てると羨ましかったんだよね」

「俺は床で寝るぞ」

「え~なんで~?」

「なんでもだ」


 思春期真っただ中の俺に同い年ぐらいの女の子と寝るの不可能なことだ。

 

「意地でも一緒に寝るからね」

「はいはい。この部屋って皆こんな感じの部屋なのか?」

「基本的にこんな感じの部屋だけど、ぬいぐるみなどの自分の好きなものを飾ってる人もいるよ」

「ヒナは何もないんだな」

「私は空っぽだからね」


 言ってはいけないことを言ってしまった。それは人とできるだけ関わりたくない俺でもわかった。何かフォローを入れなければ。


「俺と思い出作りしないか?」

「え? いいの?」

「だってほら、ルームメイトだし……」

「うん! たくさん作ろ!」


 顔をぱあっと明るくしたヒナを見て、一安心した。

 ここにきて気が付いたことがある。同い年ぐらいの人と関わっていると楽しい。

 新たな発見ができて満足だった。

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