第3話 取引と治安
最初は何もない所だと思っていたが、よく見ると何があるかを理解することができる。
電気が普及していないのもあって、この時間は寝ているようだ。この時間に寝ているのが人類にとっては当たり前なのだろう。こうしてみると、大都会や都会、それに田舎、上級から下級の人よりも規則正しい生活ができているように見える。
さて、今夜はどこで眠るか。できれば最低限暮らしていける――お金を稼ぐことができる店の前で眠って雇ってもらいたい。
叶新見を歩いていると、目の前にチャオズという見た目がチャーハンの中華料理店が見えた。ここなら雇ってもらえるかもしれないという希望にかけ、俺はここのシャッター前で寝ることにした。
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「おい、起きろ。邪魔だ」
店の前で寝ていたわけだから、おじさんに無理やり起こされる。
変なところで寝てしまったため、身体は重い。
雨はいつの間にか止んでいたようだ。
「すみません」
「始まる前だから、別にいい。お前、見ない顔だな。捨てられたのか?」
「捨てられた。何故わかるんだ?」
「何故って言われてもなぁ。ここの人の顔は嫌でも覚える。その中で見たことがない顔がいたら、捨てられた子供しかいねぇ」
叶新見という場所は人の顔を覚えられるほど、狭い貧民街なのだろうか。
「それにしてもかわいそうなことだ。この叶新見には何もねぇ。よく捨てられた子供が来るが、ここの奴隷になるしか生きる選択肢はねぇ。兄ちゃんもがんばれよ」
「あの、ここで雇ってもらうことは――」
「そいつは無理な話だ」
俺が言い終わる前におじさんは言い切る。
「そこをなんとか」
「無理なもんは無理だ。兄ちゃんみたいな人をオレはも救いてぇが、残念ながらそこまで金は回らねぇ。オレは兄ちゃんの幸運を祈ることしかできない。またな」
俺はチャオズという飲食店から、離れた。
飲食店は人手不足だからという人手不足の部分をを利用としたが、雇ってもらえることは難しいようだった。
そもそも貧困の人たちは外食するほど余裕はないだろう。この店が俺に金を割くことができない。自分の目論見の甘さがここで顕著に表れた。
あのおじさんが言った通りここで捨てられた子供が生き抜くには叶新見の奴隷になるしかないのだろう。誰かの下に就き、誰かに言われるがまま働く。
自由だと思った場所が結局自分を縛る場所となる。中級都市に行ったところで今と同じ状況になっていたのだろう。なら本当の自由はどこにあるのだろう。
俺は叶新見を歩き回った。ここの街は屋台と飲食店で経営が賄われている。
お金という通貨はほとんど流通しておらず、物同士の物々交換で経営が成り立っている。それでも飲食店だけは金で回っており、あのおじさんがお金を持っていることには納得だ。
屋台の種類は多いかと言われたら少ない。
屋台に売ってある商品は衣類だったり、保存食に加工された干物だったりと下級市民でも安く食べられるものが物々交換で手に入れることができる。
食品の種類も、衣類の種類も少ないため、普段なら魅力的に感じることはないが、今はお腹がすいているためすごく魅力的に感じた。
「ぐぅ~」と鳴る腹を無視して、奴隷になれそうなところを探す。
この街俺が思っている以上に発展しておらず、歩くたびに貧民街というのをさらに強調してくる。
砂埃と乾いた空気の中、ふと強烈に香ばしい匂いがしてくる。
下級市民でいたときこの匂いがしたのは、祭りのときだけだ。さらに耳を傾けてみる。
ジュージューと鉄板の上で何かを焼く音も聞こえてくる。この音と、この匂いからして肉を焼いているのだろう。
祭りなどの祝い事でしか下級市民は、肉を食べることができなかったというのに、貧民街では日常的に食べられているというのか。
ステーキ肉の音を聞くなり、街の人は自分が持っている一番高価なものを交換して、ステーキ肉を手に入れている。一番優先度が高いのはやはりお金のように見えた。
ステーキ肉を食べている不可触民たちを見ていると、下級市民よりもいい生活を送っているのではないかと考える。
空腹である俺もその列に並んで、ステーキ肉をもらおうとする。
「君は何を交換してくれるんだ?」
「市民階級カードです」
「ほう?」
ステーキを発売している若いお兄さんは興味深そうにしている。
俺はお兄さんに市民階級カードを見せる。少しして市民階級カードが返された。
「初めて見るものだったけど、すごいね。でも交換はできない」
「どうしてですか?」
「個人情報が書かれているから、高値で売れない。お肉を食べさせてあげたいけどごめんね。ほかになにかない?」
「これしか持ってないです」
「なら、今回の取引は残念ながらお預けだ。また次の機会にね」
俺はお兄さんのもとから去る。市民階級カードが物々交換の世界で使えないのなら、俺はこの世界における一文無しだ。
何も交換することができないため、飯にすらありつくことができない。
自分の身分を優先した結果、食事すらまともに摂ることができない。こうなる結果がわかっていたら、◇◇さんの提案に乗らず下級市民として生きていくことを選べばよかったと思う。
今頃学校に行き、放課後にクロネコにエサを与える。そんなささやかな癒しとちっぽけな幸せがあれば俺は生きて行けただろう。
遠い記憶のように感じる記憶を思い出しながら、俺は奥へと歩いていく。屋台にあふれていた入口にいたとしても何も変わらず野垂れ死んでいくだけだろう。
死ぬのだけは嫌だ。だから俺は前へと進む。自分のエサを求めるためだけに奥へと進む。
奥に進むにつれ、当たり前のように治安が悪くなる。
最初は、屋台などが少なくなっていくだけだったが、だんだんと叶新見という貧民街の全貌が明らかになり始めていた。
まだ昼間だというのに、暴力沙汰の事件が横暴している。取り締まる警察という存在がないため、犯罪を起こし放題なのだろう。
下級市民の街でこれと同じことをしたら、昼間からパトカーの音が鳴り響いていただろう。
下級市民でも暴力沙汰の出来事はたくさんあったし、学校ではクラスカースト上位からのいじめがあったため、どこでも暴力というものはあるんだなと思う。
今回は運がよかったのか、暴力沙汰に巻き込まれることはなかった。いや、単に何も持っていないからターゲットにされることがなかっただけか。
歩き続けると暴力だけでは解決できないものがある。違法ドラッグの取引だ。
見ただけでもわかる。覚醒剤やシンナー、大麻などの取引がちらほらと見受けられる。
昼間から堂々と取引できるのだから、これが叶新見にとっては日常茶飯事なのだろう。
「兄ちゃん、しけた顔してるね。どう? この粉吸ってみない?」
憂鬱な気持ちでいる俺に話しかけてくる。その人は身体がやせ細っており、空元気なように見えた。きっと薬のせいなんだろう。
「やめておきます」
「そうかい。残念……。ほしくなったら、ここの小屋に来てね」
やせ細ってる人は、小屋を指さすが、一生そこにはいかないだろう。どれだけ落ちぶれたとしても、違法ドラッグに頼る人間にはなりたくない。
事実上身分は成り下がっているとしても、人としての倫理観は成り下がりたくない。それに資本である自分の身体を闇に放り投げるほど俺は腐っちゃいない。
違法ドラッグの取引を丁重に断り、俺は歩く。歩き続けた先に何があるかわからないが、歩く。
歩き続けていると、開けた場所に出た。こんな奥にあるため、ここが隠れ家に見えた。
先ほどまで砂ばかりの道だったはずなのに、ここだけは草木が生えている。
ここまで来るのになんやかんや三日間は経っている。その時間は命を懸けていたためあっという間に感じたが、ここに来てやっと疲れが身体にのしかかってきた。
俺は前に進むことができなくなり、身体を地面に預けた。
仰向けになる形となっており、雲一つない真っ青な空がこちらを迎えている。これが天国だとは思わない。
天国だったら、俺はこんなに疲れていないだろう。
「ふわぁ~」
不眠で活動していたこともあり、身体も限界のようだ。一回眠ろう。
腹がぐぅぐぅ鳴るのを感じながら、俺は睡魔に任せて眠りについた。
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