第一章 ヒナと出会う物語
第1話 売られた身体
俺、アオイは都市から少し外れた街で生まれた。そこは都会と田舎が混ざったような街で、中学生になった今も住んでいる。
隣の街は叶新見という貧民街で接しているこの地域も当然の如く治安が悪い。特に夜から朝方にかけて治安が悪く、暴走族や、喧嘩などが絶えない。パトカーや救急車の音が鳴り響く日々でストレスを感じる。かといって昼間は安全かと言われれば否だ。
昼間は昼間で、裕福な人間と貧困な人間との格差が激しい。俺の家は後者である。学校にいけば、力――権力のあるものが地位の低い人間に暴力を振るう。地位が低い人間でもプライドはあるため、上級市民や、中級市民に暴力を仕返すのを毎日繰り返す。
朝でも、授業中でも、放課後でも関係ない。人は人と争うのが好きなようだ。暴力を振るうということは言わば犯罪だ。犯罪を犯していることは重々承知だが、犯罪に手を染めないと自己の身を守ることさえできない。
そんな治安の悪い場所での暮らしや、暴力沙汰ばかりの暮らしでも、日常には癒しがある。俺は毎日放課後になると路地裏に行き、ネコに餌を与える。
今日もいつものルーティンをなぞり、路地裏に行くと、ネコたちがケンカをしていた。
「しゃーっ」という声が路地裏に響く。ここら辺んはいつもエサを与えているクロネコの縄張りなのだが、様子を見るとその縄張りにシロネコが入ってきたようだ。
クロネコは俺を見るなり、シロネコは危険だと伝えようとしているのか、俺を囲むような形で俺を守ろうとしている。
ネコは気まぐれで、気分屋だと思っていたため、犬みたいに忠誠心はないと思っていたが、いつの間にかなつかれていたようだ。
シロネコが一歩踏み出すと、クロネコはさらに強く「しゃーっ」と警戒の声をあげる。
先住ネコと移住ネコを見てると中国当たりの世界史を思い出した。
クロネコもシロネコも軍をひいているため、これは一種の戦争のように見えてきた。牽制の末、シロネコたちはひいていった。
なんで急にひいたのかはわからないが、一難去ってよかったと思う。
戦争が終わった後は、クロネコにエサを与える。
「ほら、今日はチュールだぞ」
クロネコたちはチュールをペロペロと舐め始める。いつもはキャットフードだったこともあり、ご褒美として渡したチュールはすぐに消えていく。
食べ終わると嬉しそうにしているクロネコや幸せそうにしているクロネコがちらほらと見える。エサを貰えて満足したクロネコたちははどこかへ行ったり、眠りにつく。
こうしてみるとやっぱり自由気ままなんだなと思う。
クロネコにエサをやり、家に帰る。
帰ったところでこの家には何もない。社会が格差社会のように家の中でも格差社会がある。
父親が一番上で、次に母親。その次が兄弟だ。俺には兄弟がいないため、俺がこの家で一番下であり、発言権も何もない。いわば奴隷みたいなもので、実際奴隷のような扱いを受け続ける。
俺がもし、女の子だったら父親に性的虐待を受けていたんだろうなと思う。親父は性欲が強い。だが、二人目の子供は作らない。二人目の子供を作らないことは父親は母親への愛が尽きたのだろう。それを知っている母親もここ最近は毎日のように浮気相手を探している。
互いに愛想が尽きたこの家には何もない。少し前までなら、母親が玄関で俺を待ちかまえて、帰ってくるなり「飯を作れ」と言ってきたのだが、浮気相手に熱中している今は俺に構っている暇はない。
父親よりもいい男を見つけたのなら、それはとてもいいことなのだと思う。自分を愛してくれない人より、愛してくれる人と付き合った方が自分にとっても相手にとっても幸せな事なのだから。
父親はこの時間帯は基本的に家にいない。夕方に帰ってこれるほど、仕事が楽ではないらしい。仕事が早く終わってもキャバクラや風俗に行ったり、酒を上司や、後輩と飲んだりしているのだろう。
自分の快楽のためにお金を使えることはとてもいいことだと思う。その分俺にはお金が回ってこないから、ネコにエサを与えるだけでも枯渇問題になる。
どちらも夜遅くに帰ってくるため、家は常に暗い。
暗い家の中ですべきことと言えば、勉強だ。俺は学校に行って勉強をし、放課後はネコにエサを与え、帰ってからも勉強をする。これが学校に入ってからのルーティンとなっている。
いつか下級市民から中級市民に成りあがるのが俺の夢だ。中級になれば、今よりもはるかに良い職業に就くことができ、下級よりもできることが増える。
良い職業に就けるということは、楽であり、いい給料がもらえるということだ。今の下級市民は、肉体労働が主な仕事で、大半が道路工事や、洞窟を掘ったりする仕事だ。低賃金かつ、長時間働くことになるため、俺は絶対になりたくない。
金というものは何もかもを自由にすることができる。心にも余裕がきっとできるだろうし、何でもできるようになる。具体的なことは今はわからないが、きっと今よりも快適な暮らしができるはずだ。
世の中自由を手に入れるためには地位と金が必要だ。だから俺は勉強をする。
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勉強をしていたら、いつの間にか夜になっていた。家の中では珍しく物音が聞こえてくる。
父親か、母親のどちらかが返ってきたのだろう。
「アオイこい」
急に部屋に入ってきた父親に言われ、勉強を中断しリビングに行く。父親が俺を呼び出すのは叱りつける時か、ストレスが溜まっている時だ。
ストレスを解消するために、俺に暴力を振る。上級市民と中級市民には児童虐待防止法は適用されるのだが、下級市民だけは扱いが変わる。
正確に言えば下級市民以下だ。下級市民とそのもう一つ下、最下級である不可触民というものがある。これは貧民街である叶新見に住んでいる人に当たる言葉だが、基本的には使われることはない。なにせ俺ら下級市民ですらあまり関わることがないのだから。
リビングに行くと、父親と母親。それにスーツを着た清潔感のあるサラリーマンが座っている。このサラリーマンは母親の再婚相手なのだろうか。だとしたら離婚話を今から始めるのだろうか。そんなことを考える。
「初めまして、ボクはイズミといいます。あなたを引き取りに来ました」
四人が座る席で母の隣にいるサラリーマンが口を開く。俺と正面のため、その容姿をはっきり見ることができる。
階級としては中級市民だろう。スーツを着れるのは中級以上だけだ。下級市民はスーツすら着ることができない。そもそも肉体労働ばかりなため、スーツよりも作業着の方が作業効率が上がるだろう。
「俺を引き取るとは一体どういうことなんですか?」
「言葉通りの意味です。ボクがあなたのことを引き取ることによって、あなたは中級市民となり、アオイくんのしたいことができるようになります」
「本当ですか!」
中級市民。俺が望んでいたものがこんなにも早く手に入れることができるとは思いもしなかった。
「はい。中級市民になることは保証しましょう。どうですか? ボクに引き取ってもらえませんか?」
「ぜひ引き取ってください!」
俺は勢いよく言う。イズミは少し驚いたようだが、それでも冷静だった。
「お父さん、お母さん、これで契約成立ですね」
「アオイ、本当にありがとう」
「アオイ、ありがとね」
両親に感謝されることは生まれて初めてかもしれない。記憶に残っていないだけで、褒められているかもしれないが、俺が記憶している中で褒められたことはない。それに過去の経験からしてそんなことがあるはずがないと断言できる。
「それではこれからの説明をしたいのでアオイくんは先に車の中に入ってください」
「わかりました」
俺は言われるがまま車の中に乗る。街で見かけることはあるが、実際に乗ったことはなかったため、新鮮だ。車の中はタバコの匂いが沁みついており、臭い。
窓の奥の景色には、父親と母親、イズミさんの姿が見える。両親は多額の金額を貰っており、ここで俺は売られたんだなと理解することができた。俺がほしかったものをいとも簡単に手に入れている両親を見ると、少しだけ嫉妬をしたがこれから中級市民になることを考えるとそんなことは造作もないことだった。
金額の取引が終わると、イズミさんが運転席に乗ってくる。
「これから俺はどうなるんですか?」
「中級市民となり、新たな人生を歩むことになるよ。その前に中級市民の手続きをするために市役所に行こうか」
「はい!」
期待と興奮でいっぱいの胸ととともに、車は大都市の方へと走り始めた。
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