積極的で何もない君と、消極的で何もない俺。

宮梶霧

プロローグ


 無機質で存在感のあるビルが並ぶ都市をバスが走る。

 社会に出た大人――いわば社畜は考えることを放棄したようで、死んだように見える。それと対比となる形で学生たちはうわさ話に熱中しているようだ。

 

「なあ、ヤオヨロズって知ってるか?」

「ヤオヨロズ? なんだそれ。神の名前?」

「多分語源はそこからじゃないか? 俺も詳しく知らないし、アサミから聞いた話なんだけどさ、そのヤオヨロズってやつが、願い事を叶えてくれるらしいぜ」

「願い事を叶える? ヤオヨロズはなんでもできるってことか?」

「そういうことらしい。アサミいわく、そのヤオヨロズに願いを頼んだら、A組の河合と付き合うことができたんだってさ」

「え~なにそれ、こわくない?」

「怖いけど、美人と付き合えたりすることができたり、金が余るほどもらえることを叶えられると考えるとおもしろそうじゃね? それに内容によっては高額な金で取引されるらしいぜ」

「確かに夢のある話ではあるよね。そのヤオヨロズはどこにいるの?」

「アサミは、叶新見しんみにいるって言ってたな」

「叶新見? それって貧民街の?」

「そうそうそれ! そのすっごく奥にいるってよ」

「夢はあるけど、いけたもんじゃねぇな……。俺らみたいな一般市民――いや、中級市民が行ったら着ぐるみ剥がされるだけだろ」

「俺もそう思うから、アサミの話信用できないんだよな」

「でも美人の河合さんと付き合ってるから、本当なんだろうね」

「まあ、結局うわさ話で片付いちゃうし、アサミが行ったかすらわからねぇから、いいか。明日の課題研究のテーマ決まった?」

「決まってないから、今日図書館行くって話だっただろ」

「そうだっけ?」

「じゃあなんで、バスに乗ってるんだよ」

「確かに」


 バスの中という閉鎖的な空間におけることや学生の声が大きいこともあって、学生の声がはっきりと聞き取れた。

 最後まで聞いて思ったのは、学生らしい夢見がちなうわさ話だなと思った。

 夢は夢のままにしなければならない。俺はそう思った。

 

「あの人、すっごく怖い顔してるよ」

「喧嘩でもしたのかな? それとも元々こんな顔なのかな?」


 真反対の席からひそひそと女子高生が囁き合っている。失礼な人間だ。

 さっきまで大きな声で気づかなかったが、俺のことを見ている女子高生がいた。

 俺がその女子高生を見ると、俺から目も話題も逸らす。次はメイクの話を始めている。


 噂話の学生の方も課題の話から、おすすめのカフェの話をしている。

 この女子高生といい、さっきの噂話の学生と言い、学生はコロコロと話が変わっていくなと思う。

 

 こういうコミュニケーションを見てると、ひとりの少女を思い出す。

 その少女は思春期を共にし、その少女によって俺の価値観を変えるほどの衝撃を与えた一人だ。

 

 死んだような社会人と話にまた熱が入った学生は、そのまま次のバス停で降りてしまった。

 時間が経つにつれ、バスの中の人はいなくなっていき、とうとう俺一人になってしまった。

 バスはさらに田舎の方へと加速していく。こうしてみると昔よりも技術も、生活も、公共交通機関も進歩したなと思う。

 俺は進むがままにバスに身を預け、眠りについた。

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