30:秘匿(2)
「まず、これまでの経緯を詳しく説明させてください。医局でも話しましたが、母上はあの場で突発的な病のために亡くなったということになっています。
エルシーも見てしまったと思いますが、本当の死因に関しては、秘密にしてください」
「わかりました。もう、葬儀などは終わってしまったのでしょうか」
「この一週間のうちに、全て済んでいます。私の任命式から一転しての不幸に城内もかなり混乱しましたが、今はかなり落ち着いてきましたね。
ただ、父上はまだショックから立ち直っていないそうで、もう国王の位を私に引き継ぎたいと言い出していて……困ったものです」
ライナスが苦笑する。エルシーはライナスを労う言葉をとりあえずかけた。
アルフが言うには、エルシーが目を覚ましてライナスと話した後も何度か医局を訪れてくれていたらしい。
しかし、痛み止めの影響で眠る時間が多かったためかライナスとはあれ以来、会えずじまいだった。
その間、王妃の葬儀も執り行っていたのなら、相当忙しかったはず。なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「そして、ジョイに関しては、事情聴取はすでに終わり、私を狙っていた目的などは全て聞き出しました。彼女は、隣国との境にある町で修道女として生きていくことになります。
王都にはもう戻って来れないでしょうし、すでにもう、この城内にもいません」
隣国との境にある町への追放。きっと彼女は王妃の後を追いたいと願っていただろう。それをあえて許さずに、生きることを命じられたのだ。王国の皇太子を害した報いとして最もなものに思えた。
ジョイの事情聴取が終わったということは、ライナスも王妃の話を聞いたのだろうか。エルシーは薬を飲まされたあと、ぼんやりとした頭で聞かされた話を思い出す。
ライナスはエルシーが何を考えているのか分かっていたかのように質問をした。
「そういえば、エルシーは、ジョイから何か聞きましたか?」
「あ……。えぇ、少しだけ聞きました」
「では、その話もエルシーの中だけに留めておいてください」
「はい」
「……秘密にしてほしいことばかりで、申し訳ない」
突然ライナスに謝られて、エルシーは首を横に振った。
「殿下が謝る必要など、どこにもありません。王家に仕える者として、これまでのことは全て他言しないと約束いたします」
「ありがとう。エルシーには本当に助けられたよ」
「もったいないお言葉です」
何かもっと言葉を続けようと思ったが、首謀者であった王妃が亡くなってしまった以上、軽々しくライナスが助かってよかったなどとは言えないと、エルシーは口を噤む。
会話が途切れたのを合図に、今度はトレイシーが話を切り出した。
「クルック嬢、そちらの封筒は覚えていますか?」
「はい、もちろんですわ。契約書が入っているのですね」
「そうです。これで、殿下とあなたの契約は満了となります。約束通りに手続きを取りますが、異論はございませんか? 怪我などの実害もありましたし……何か要望があれば検討いたします」
眼鏡をくいっと持ち上げて、トレイシーはエルシーを見つめる。エルシーはそれに苦笑して、口を開いた。
「異論というか……。確か、功績に応じた褒賞をと条件を出していましたね」
「ええ」
「私は捕まっていただけです。逆にご迷惑をおかけしてしまって……それで褒賞をもらおうなど、おこがましいと思っています」
「エルシー、馬車が襲撃された時も、歌劇場でも、あなたは力になってくれました。母上の部屋でも、エルシーがいなければ、母上の代わりに私がジョイに捕まり、殺されていたかもしれません」
「殿下……」
ライナスはエルシーに微笑みかける。
「あなたのスキル、そして、エルシーの勇敢さは本当にすばらしい。もっと誇ってください」
「……ありがとうございます。今のお言葉、忘れないようにいたしますね」
エルシーもライナスに微笑み返し、満足気にライナスは頷いた。それを見て、トレイシーは改めてエルシーに尋ねる。
「……というわけで、殿下は褒賞も予定通りお渡しする予定ですが、改めて何か異論はございますか?」
その言葉にエルシーはゆっくりと首を横に振った。
「ありません。契約通りにいたしましょう」
婚約者でなくとも、ライナスを支え、仕えていくことはできる。エルシーはぐっと膝に置いた手を握りしめて、心を落ち着かせるためにお茶を飲んだ。
エルシーがお茶に気を取られている間に、トレイシーはライナスに不満げな目を向ける。
ライナスは、それに気づかないふりをしてトレイシーに部屋を出るよう合図した。トレイシーはライナスにだけ聞こえるような小さなため息を落とす。
「わかりました。少し準備が必要ですので、席を外させていただきます。話をしてお待ちください」
トレイシーが部屋から出ると、入れ替わりでフィルが部屋の中の扉近くに待機する。会話に参加するつもりはないらしく、実質的にライナスと二人きりの状況になり、エルシーはなんとなく緊張した。
ライナスを好きだと認める前まで、二人で資料室などで色んな話をしていたのに、今は心臓の高鳴りがうるさく何も浮かんでこない。
どんな話をしていたんだろう、と視線を彷徨わせていると、ライナスが立ち上がった。
「エルシー、少し庭を歩きませんか?」
言葉とともに、エルシーに手を差し出す。差し出された手に、エルシーはおずおずと手を重ね、そして、笑顔でうなずいた。
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