鉄面皮毒舌アイリス令嬢は王太子に婚約破棄される。

七西 誠

第1話 鉄面皮毒舌アイリス令嬢は王太子に婚約破棄される。

鉄面皮毒舌アイリス令嬢は王太子に婚約破棄される。



「アイリス、貴様との婚約を破棄する。私は真実の愛に目覚めたのだ。ここにいるリリアンと婚約をする。今ここにいる皆が証人だ。」


私の婚約者である・・・いや、たった今まで婚約者だった王太子殿下が、プラチナブロンドを緩く編み上げた男爵令嬢の腰を抱きながら言った。堂々と宣言している姿が、男らしいとでも思っているのだろうか?


「殿下・・・」

その女性リリアンは、瞳をうるうるとさせながら、王太子殿下を上目遣いに見た。


公爵家が主催するダンスパーティの最中である今言う?こんな大衆の面前で、恥を知らないのだろうか?だが私にとっては好都合。


「ありがとうございま・・・コホン、承知致しました。」私はカーテシーをして、立ち去ろうとしたが


「ちょっと待て。」王太子殿下に呼び止められる。

「アイリス、今『ありがとうございます』と言ったな?」


あっ・・・バレた。

「いいえ、言っていません。承知致しましたと申しました。」あくまでもシラを切り通す。


「お前は、融通が利かぬ。笑った顔など見た事もないし、真面目で遊び心と言うものがない。それに比べリリアンは、至らないところはあるが素直で無邪気だ。それ故か・・・いつもリリアンを苛めていたそうだな。リリアンが陰で泣いていたのを知っているのか?」


至らないところが、ありまくりだよ。寧ろ、至らなくないところが無いわ。


・・・この話、まだ続くのか?

表情管理がキープできない。・・・顔が笑ってしまう。

私が爆笑する前に、早く話を終わらせて。


「この期に及んで、ありがとうございますとは?私とリリアンを馬鹿にしているのか?」


沈黙が暫く続いた。私のターンだろうか?


「とんでも御座いません。私はリリアン様を苛めた事はありません。リリアン様との末永い幸せをお祈り致します。」


王太子は首を振りながら、溜め息をついた。

「また、強がった事を言って。可愛げのない。少しはこのリリアンの様に素直な気持ちを口にしたらどうだ?」


素直な気持ちを口にしたのに、納得してくれない王太子。どうしろと言うのか?

『リリアンの様に』と言いたいだけなのでは?リリアン自慢は、他でやって欲しいわ。そう思いながらも


「素直な気持ち、心の内を全てさらけ出すのは殿下に対して不敬に当たると存じます。全ては殿下のお心のままに。」と言い返す。


王太子は不遜な態度で言った。

「この場は私が許そう。不敬は問わぬ。アイリス、本音を申してみよ。」


皆が注目している。そろそろ許して欲しい。恥ずかしさで、色々な我慢の限界を超えそうである。

口許を扇子で隠しても、目が笑ってしまう。


「本音とは、何に対してで御座いましょうか?」


王太子殿下は、リリアンの事を一瞬見て

「例えばリリアンに対する嫉妬の気持ちとか。」と言った。


私は溜め息を呑み込んで、冷静に言った。「リリアン様に嫉妬の気持ちは御座いません。」


「はっ、そんな事は有るまい。惚れた男を奪われたのだからな。」王太子はどや顔をしている。隣に立つリリアンも、優越感に浸って居る様だ。


主催者である公爵様が心配そうに見守る中、私は本音をクレッシェンド気味に呟きはじめた。

「私は、由緒ある侯爵家の娘です。社交界の地位、品位、教養、家柄、財産、美貌。どれを取っても、私の方が上で御座います。王太子殿下の事を愛してもおりません。つまり・・・嫉妬する要素が御座いませんが?」


リリアンの顔が赤く染まる。本当の事を言っただけなのに。自覚が無かったのだろうか?

王太子は、目を丸くして私を見つめた。貴方が本音を言えと言ったのよ?


王太子は慌てて言葉を発した。

「アイリス、君は王太子妃の教育を真面目にやっていたではないか?私の妃になりたかったのであろう?」


そういえば、殿下は王室の授業をサボってばかりいましたね。


「いいえ、義務だからです。貴族に生まれた以上、政略結婚は仕方在りませんから。真面目に教育を受けたのは、強いて言えばこの国のため国民のためです。」

私は淡々と答えた。


「私の為に料理を習っていたとか。」


「確かに料理を習ってはいましたが、それがどうして殿下の為になるのです?」


「好きな男に手料理を作るのが、庶民の間では流行っているとか聞いたが?」



「殿下の勝手な思い込みで御座います。自分自身の趣味のためで御座います。専属シェフがいますので、必要はないのですが。」


公爵様主催のパーティーを台無しにしてしまうのは、不本意ではあるが・・・

あぁ、もう止められない。チラリと公爵様の方を見た。苦笑いをされてる。


「庶民の流行などを、気にするとは・・・。それに私が成す事の全てを殿下の為だと思われるなど、素晴らしいポジティブシンキングで御座いますね。頭も尻も軽そうな男爵令嬢を選ばれた殿下の事ですから、それも仕方がない事かもしれませんが。」


「リリアンに言い掛かりを付けるな。」王太子は声を荒げて、アイリスを睨み付けた。


言い掛かり?全て本当の事ですが?

こうなってくると、もう止められない私の口。アイリスは覚悟した。


「言い掛かりでは御座いません。事実で御座います。だって、頭が軽いでしょう?殿下もリリアン様も。リリアン様とは、貴族学院では同期でございましたが、成績優秀者では在りませんでした。貴族のマナーもなってない様ですし。それに、リリアン様が数多くの令息達と浮き名を流しているのは、有名じゃありませんか。うるうる瞳を使って必殺技上目遣いを行いながら、令息達を落として居ました。殿下もそれで落とされたのでしょう?お気の毒に。そもそも殿下には私と言う婚約者が居ました。その殿下に必殺技をかける事自体、馬鹿か、淑女としてのマナーが悪いかのどちらかでしょう。まぁ私には関係御座いませんが。」


今日の集まりに来ている令息達の中に、何人かいたわね。さぞ肝が冷える事でしょう。


とうとう見目麗しい公爵様が、額に手の平を当てている。

ゴメンナサイ公爵様。私の口はもう止まりません。


「リリアン、今の話は本当か?」


リリアンを問いただしてみても、意味がないと思いますよ。


「そんなの嘘です。私を貶めるための作り話ですわ。アイリス様、酷いです。そんなに殿下のお心を取り戻したいのですか?」リリアンが、弱々しく言った。男の庇護欲をそそりそうだ。


「リリアン様、やっぱり馬鹿なのですか?私は今、殿下をお慕いしていないと言ったばかりですのに。」


リリアンは言い返せないであろう、頭が悪いから。顔を赤くして俯くだけだった。


代わりに王太子が少しの間、私を見つめて聞いてきた。


「アイリス、忘れたのか。そなたは私の事を好きだと言ったぞ?お嫁さんになれるなんて嬉しいです。と」


『お嫁さんになれるなんて嬉しいです。』この言葉は、両親から初めて教わった社交辞令である。

当時7才の私は、そのままを口にした。この事は、両親の為にも口をつぐんでおこうと思う。


ふと見ると、公爵様が王太子の後ろ側に回って、こちらに向けて手をバタバタと振っている。嬉しい、応援して下さってるのだわ。


これ以上我慢すると、笑いだして仕舞いそうなので公爵様に向けて飛びきりの笑顔を見せた。これで一旦心も落ち着くわね。


鉄仮面と呼ばれたアイリスが初めて見せた微笑みは、見るものを魅力した。会場の方々で感嘆の溜め息が漏れる。


王太子も例に漏れず、初めて見るアイリスの微笑みに一瞬で心を奪われた。


「最初から、その笑顔を見せていれば婚約破棄など言い出さなかっただろう。分かった。婚約破棄は取消してやろう。」


王太子が少しの距離を詰めてきた。


分かったって、何が分かったの?婚約破棄を取り消されるのは困りますわね。

私は、詰められた距離を無かったかの様に一歩下がる。


「殿下の頭の中のお花畑は、何ヘクタール程あるのですか?婚約が決まった7才の頃の話を持ち出されても。あれから10年が経ってますのよ。生まれついての王太子の立場に胡座をかき、女性に気配りの1つも満足に出来ていない、婚約者であった私の前で堂々と違う女性と親密に身体を寄せ合いながら、公衆の面前での婚約破棄。私で無くてもドン引きする案件ですわね。」


殿下の思考回路はどうなっているのかしら?

私はこらえきれずに小さく溜め息を吐いた。バレないように扇子の内側で。


王太子は、懇願する様な眼差しをこちらに向けた。

「今はもう愛してないと申すのか?」


「はい殿下、その通りでございます。やっとご理解頂けた様で大変嬉しく思います。」


殿下が寂しそうに呟いた。

「私は、そなたを愛している。ただ妬いて欲しかったのだ。」


「殿下?」何を言い出すのと言わんばかりに、リリアンが口を挟む。


なんて都合の言いように方向転換するのか。そんな言い訳で私が泣き縋るとでも思っているのか?このような公衆の面前で婚約破棄宣言までしておいて。


「信用できません。1000歩譲って本当の事だったとして、今となっては受け入れられません。こんな公衆の面前で、婚約破棄を宣言される方に付いて行ける筈もございません。」


「それに1日で二回も婚約破棄をなさるおつもりですか?そんな不誠実は殿下の支持率を確実に下げる事になります。そんな不誠実な態度を見せるより、リリアン様と幸せになってください。」


そんな当たり前の事も、分からないとは・・・私の10年を返せと言いたい。


私は、リリアン様の方に身体を向けた。


「私が殿下の婚約者となって、10年。王族マナーはもちろんの事、外交、語学、王族の歴史など、様々な分野の勉強を致しました。」


リリアンは、下を俯いたままである。


「リリアン様は、何か国語を習得しておいてですか?」


リリアンは消え入るような小さな声で、「語学の勉強はまだしておりません。」と答えた。


『まだしておりません。』とは、何時になったらするのだろう。そんな事を考えながら


「私からのアドバイスですけれど、語学は早めに習得した方が宜しいですわよ。3カ国語は覚えないと、殿下をお支えするのに必要ですから。私は10年間、勉強を致しました。リリアン様の頭ですと、30才を過ぎても追い付けないと思いますから。」


私って優しいわ。当たり前の事を教えて差し上げる、何と心が広いのでしょう。


「能力の低いお2人が国を治めるのです。半端な覚悟では、国民に迷惑です。お2人とも、精進下さいませ。」


やっと現実世界に戻ってきたのか王太子が考え込んだ。リリアンに王妃が務まる訳もない。

自分は将来国王になるのだ。アイリスは、その為に選ばれたのだ。我に返って顔色を青くする。


何としてでもこの場を収めて、アイリスを取り戻さなければならない。


「アイリス・・・」王太子が何か言いかけた時


公爵様が重い口を開いた。


「アイリス・・・それくらいにしておきなさい。」


「スティアリーお兄様。」

アイリスが甘える様な声で言った。その声は、今までの毒舌が嘘の様な柔らかな響きである。


「だって、殿下の命令でしたもの。私は言いたくはありませんでしたわ。でも、殿下の命令には逆らえませんから。不敬も問わないから本音を言えと、そこまで仰られては、従うしか在りませんもの。これでも言いたい事の10分の1も言えませんでしたわ。なんだか、物足りません。愚痴の続きはスティアリーお兄様が聞いて下さいね。」


アイリスの甘える様な声に、綻んだ笑顔。この会場の貴族達は、妖精の様なアイリスの姿に顔を赤らめて俯いた。


王太子とリリアンは完全に蚊帳の外に放り出されていた状態だ。


いま注目を浴びているのは、アイリスと公爵様の甘く包まれた雰囲気だけだ。


そんな空気に耐えられなかった王太子が、未練がましく2人の間に割ってはいり、アイリスに言った。

「アイリス、貴女の気持ちは、しっかりと心に受け止めた。それでも私たち2人の婚姻は国王陛下の決めたものだ。簡単に破棄などにならないであろう。」


勝手に破棄をしたのは自分なのに、あなたがそれ言う?

王太子はまたしても、権力を行使して婚約者の地位にアイリスを戻そうとしている。


アイリスはそんな王太子を無視し、リリアンに歩み寄ってブローチを差し出す。今日のパーティの為に用意した物だった。


「リリアン様、このブローチを記念に差し上げます。」そして殿下の横にリリアンを立たせた。


「とってもお似合いのお2人ですわ。お幸せに。」2人に一分の隙もないカーテシーをして見せた。



そしてアイリスは踵を返し、公爵様の方へ歩いて行った。


「スティアリーお兄様。私はたった今、婚約破棄をされました。これで晴れて自由の身でございます。」


公爵とアイリスは幼馴染みで5才年上のスティアリーは、アイリスをとても可愛がっていたのだ。


やっと私にチャンスが巡ってきたわ。幼い頃から大好きだったスティアリーお兄様に一気に攻め込むチャンスよ。笑わずには居られない。


「スティアリーお兄様、私と結婚してください。」

アイリスからプロポーズをした。


公爵は黙ったままアイリスの頭をポンポンと叩き、苦笑するしかなかった。だがアイリスを見る目はとても優しいものだ。


アイリスはこのまま押していけば、スティアリーお兄様は結婚してくれる。


そんな確信の微笑みを浮かべた。




= 完 =

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