第6話
長い長い移動の末、ようやく辿り着いた孤児院はまるで監獄のように禍々しい雰囲気と外観であった。本当にここは孤児院なのか……。監獄みたいなのは見た目だけであって子どもたちへの扱いは優しいことを願うばかりだ。
「見て驚いたと思うが、この国はいちいち親無しの子どもらに資金を回すぐらいなら優秀な子どもに学費を賄ってやるような実力社会だ。逆に言えば親無しといえど郡を抜く優秀さであればこの国で生きていくことはお茶の子さいさい。だが人口が優に200億人をこえる此処でも稀に見ない例だ。よかったな、刑事に保護してもらって……」
そう言うと、何も言わず早足で孤児院に入って行った。
「そう緊張するな、贅沢に護衛が二人もつく孤児なんてなかなかいないしなー」
璃麻は半笑いで私の手を引き、カナエルさんの後を追った。
「ここでは人も人としては扱われない。先ほども言ったように実力社会だ。まともに教育を受けてこなかったものが半数以上を占めてるお陰で孤児ってだけで不当な差別を受けているのが現状だ。まぁ、孤児になる理由が理由だからな」
婦警でありながらもスーツパンツを履きこなし、コツコツと長い廊下をヒールで闊歩している様子は誰がどう見てもまさに優秀で強いキャリアウーマンである。振り向くことなく淡々と世界の裏事情を吐き出すのを、これはまた違った風貌の強靭さを持った人に手を引かれ後ろから眺めている。
さっきまでは子どもの姿がちらほら見えた廊下だが、数回曲がったところでいつの間にか子どもの姿は見えなくなっていた。今まで見た子どものほとんどが痩せ細っていて、改めて孤児に対する対応が伺える。
「着いたぞ、ここが院長室だ。先に連絡を取っておいたからすぐにでも手続きは始められるはずだ」
そういうと、重厚な造りのモダンなドアを3度ノックし、少し掠れたような男性の返事が聞こえたところでドアノブに手をかけた。するとてっきり一緒に入るもんだと思っていた璃麻に手を離され、何かと思えば近くにあった革の二人がけソファにドスンと座ってこう言った。
「私はここでお二人さんを待ってるよ」
え?と少し首を傾げて見せると足を組み直し
「なんせ見張り役ってもんが必要だろ?」
見張り役が必要なほどなの?と思いつつも、サボりたいだけかもしれないなと頭の隅で思いカナエルさんと中に入った。
中に入れば少し厳しそうな顔立ちの腰が曲がった老爺に迎えられ、卓上に用意してあった書類に記入を終えものの5分で手続きは完了した。
残りは璃麻のサインだけなのだが、よほど見張りが重要なのかカナエルさんの代理サインで終わってしまった。
「こんなに早く終わったのも、今回出向いたのがカナエルだったからなんだぞー?」
「……嗚呼、通常は早くても一日は掛かってしまう。それに璃麻に任せたところで私が個人的に信用できない所があるからな」
「孤児院の奴らって本当に胡散臭いよな!」
「貴方の事なんですけどねぇ……?」
「あ、あはは……」
非常に気まずい!この二人仲良いのか悪いのかわからないから笑っていいのかもわからない!!!笑っちゃったけど!!!
「あとは署に帰って戸籍を作り直すだけだが……もう日暮れだ。体力面を考慮して今日は切り上げるか?」
窓の外を見ると、異世界に相応しくないような高いビルとビルの間にチラチラと綺麗な太陽が見える。……そもそもあれって太陽なのかな?太陽だとしたら太陽系の中の星にいて、もしかしたらロケット1つですぐ地球に帰れたり……なんて、今自分が立っている星の名前もわからないのにそんなことを考えるのも野暮かな。今いるのが平行世界だとしたら、もう一度何らかのきっかけで時空の間に巻き込まれないと……。今は何を考えても無駄だから、とにかくこの世界で生きていくことに集中しないといけない。
「んーどうしようかな。戸籍って今日じゃなくてもいいのか?」
「正直すぐにでも作った方がいいが…どこにもお手本どうりに寸分狂わず行動しろだなんていう輩はいないからな、明日でも構わない」
「なら飯行かね?うちの近くに美味しそうな飯屋ができたんだよなぁ!な、奢るからさ!な?」
「はぁ……強盗事件に巻き込まれておいてよく外食しようという気になれるよな……まぁ、縷翔さんがいいならいいんじゃないか?」
「うっしゃぁ!いいよな縷翔?!頼むよ〜久しぶりに愛しのカナエルちゃんと飯行くチャンスなんだ!な?」
い、愛しの?!これって突っ込んでいいやつ?!ってか、普通に仲良いよね……?
「私は全然構わないですけど……」
「なら決まりだな!運転手さーん、私ん家から200mぐらい先の……」
「お待たせいたしました、こちらミドリダイの姿焼きと羊の腸詰と甘藷のソテーでございます。ではごゆっくりどうぞ」
「いいな、縷翔のも美味そうだな……」
一足先に届いた料理を食べ始めていた璃麻は、自分の料理を半分平らげているにも関わらず私の魚料理を見て涎を垂らしている。どんだけ食い意地張ってんだよ……。
ここは一風変わったレストランで、内装は地球にはない感じの……例えるなら南米とヨーロッパの文化が混ざったような装飾で不思議な感じだ。出てくる料理は和、洋、中華、エスニック……その他見慣れたくもない料理……。店内はかなり広く、色々な種族……そう、私が昼頃に見たような現実味のない容姿の人……人ではないと思うけど……者?こういう時の三人称ってなんだろう……。
私が頼んだ魚料理の魚はなんと緑。カナエルさん曰く、植物を原料とした餌を食べて育ったから珍しく緑らしい。自然界にはあまりいない色だそう。ちゃんと説明してくれるあたり、いくら仮の親子関係とはいえカナエルさんの娘がよかったな……。
なんか……最初はイケメンだと思ってたけど、ねぇ?うん。
なんて贅沢言ってられないか。璃麻が拾ってくれなければ私の命はないも同然だし。
……それにしても説明なしに謎の紫の液体入りガトーショコラはやめて欲しいけどね!
「しかし、いつまで立ってもゲテモノ好きは変わらないようだな。まさかまさかあの奇天烈な店にいきなりこの子を連れて行ったんじゃなかろうな」
えっ?!?!?!?!?!あの店ってやっぱおかしいよね?!?!?!
「……連れていったんだな……」
ひどく驚く私の顔と、青ざめてフォークを咥えたまま固まった犯人の顔を見てそう判断したようだ。
「いやぁ?!だって別に無理やり変なもん食わせたわけじゃないしぃ?普通のクッキー食べてたしぃ?別に別にぃ……へへへ……」
うわぁ……ってかあんな悪趣味な店に入ってきた強盗も強盗だな……儲けてたのかな……。
「今ここでお前を叱るのは店に迷惑がかかるからしないが、間接的に処分を与えてやってもいいんだからな。そうだな、たとえば……児童虐待で」
「ご、ごめんってぇ……勘弁してくれよぉ……な?」
「謝るのは私ではなく縷翔さんの方だろうが」
「ハイ…スミマセン……」
「はぁ……全く……私からも謝罪しておこう。同期であり部下に当たる者の失態は私の失態でもある……。今度何か謝礼でもさせて欲しい」
そう言うと申し訳なさそうに私に頭を下げる。
「ちょっと待ったぁ!いつ私はあんたの部下になったんだ!?」
「今だ」
「あーあ……」
落ち込んだ様子でまた一口パクり。璃麻が頼んだものはワニのステーキ。昼頃にメニューにずらりと並んでいた品々に比べるとまだマシに感じるが、ワニ肉と言うのもなかなかのものである……。この世界にいる人たちはやっぱり地球とは違うんだとは思っていたけど、璃麻はやっぱり特殊だったらしい。それでも文化の違いはたくさん感じた。礼儀正しいカナエルさんもいただきますを言わなかったし、出てきたお米らしきものは黄色くて細長いし。いくら日本語でコミュニケーションが取れるとはいえ日本文化はほとんど見当たらない。なんで日本語が通じて日本語で読み書きするのかはいまだに謎だけど、ここはご都合ということで見逃しておこう。
「どうすっかなー、デザートも頼もうか……」
和気藹々……?としたディナーはまだまだ続きそう。
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