第55話 スキルの検証
「ガルル…ガルルル」
「そう唸るなよ。それじゃまるで、猫じゃなくて犬みたいだぞ?」
「ガァァァ!!!」
キメラが姿を現してからしばらく、昨日までと俺の雰囲気が変わったことを察したのか、キメラは慎重に俺の動きを探っており、まるで犬のように唸り声を上げながら警戒したように周囲をゆっくりと回る。
「どうした?ライオンってネコ科だよな?グルルじゃなくて、ゴロゴロって喉を鳴らせよ。そうしたら、可愛がってやるぞ?」
「グルァァァァアア!!」
俺の煽りが効いたのかは分からないが、大きく鳴き声を上げたキメラはその巨体に似合わない速さで駆けてくると、まるで丸太のように太い腕と鋭い爪を剥き出しにして襲い掛かってくる。
「はは。いくら速さに自信があっても、そんなに大振りじゃ当たるものも当たらないぞ?『
自分の速さに自信があるのかは知らないが、自ら逃げ場のない空中に飛んで攻撃して来るとは馬鹿としか言いようがなく、俺は魔法名を口にしながら地面を軽くつま先で蹴ると、地面から石で作られた柱がキメラの腹部目掛けて伸びていく。
「グルァァ!!」
「おぉ、あの体勢から避けられるんだな。思ったより身軽だ」
しかし、あと少しで直撃するというところでキメラが石の柱に蛇の尻尾をぶつけて空中で体を翻すと、見事に石の柱の軌道上から逸れて地面へと着地する。
「その身軽さだけを見れば、確かにネコ科って感じがするな」
「ガァァァ!!」
キメラの身軽な動きを見てそんな呑気なことを言っていると、今度は俺の魔法を警戒したのか速さを生かして不規則に動き回り、魔法が当たりにくいよう石などの遮蔽物も利用して俺の隙を窺ってくる。
「なるほど。俺が魔法使いだと判断して、的を絞らせないつもりか。やっぱり賢いな」
魔法使いに弱点があるとすれば、それは魔力に限りがあること、近接が苦手なこと、魔法が当たらなければそもそもダメージを与えることができないなど、例を挙げればきりが無い。
だから、普通の魔法使いが相手であれば、その魔力が尽きるまで時間を稼ぎ、魔力が切れたところを倒すというのは一つの戦い方として正しい選択ではあった。
「まぁ、一流の魔法使いはその弱点を補って近接も訓練するんだけどな」
だから俺も、これまでは魔法剣士として魔法だけでなく、剣や刀の鍛錬をしてスキルレベルを上げてきたわけだが、生憎と今は魔法を主軸にスキルレベルを上げているため、今回も刀を使うつもりは無い。
「それに、今回は〈失楽園〉を試すのが目的だし、襲ってもらわないと始まらないんだよな。と、いうわけで……」
俺はそう言うと、今も動き回っているキメラを前にして堂々とその場に座ると、どこからでも襲ってくれと言わんばかりに無防備な姿を晒す。
「グルァァァァアア!!!」
そんな俺の姿を見たキメラは、まるで怒りが爆発したかのように大きな声で鳴くと、向こうも無駄な探り合いをやめて正面から突っ込んでくる。
そして、俺の目の前で大きな前足を振り上げると、その鋭い爪を剥き出しにしながら俺のことを切り裂こうと振り下ろした。
「あ、肉球も黒いんだな。〈失楽園〉」
目の前に迫った真っ黒な肉球を眺めながらスキル〈失楽園〉を使用し、俺を殺そうとしているキメラの攻撃という事象と、何もしなければこのまま殺されるという結果の因果関係へと干渉する。
すると、キメラの肉球が目の前まで迫ったところで何故かキメラが軸足のバランスを崩すと、振り下ろされた鋭い爪が顔の真横を通って地面に叩きつけられ、その力強さから地面に僅かだが罅が入った。
「なるほど。因果に干渉するっていうのはこんな感じなんだな」
俺自身も〈失楽園〉というスキルを使うのは初めてだったため、具体的にどんな感じなのかは分かっていなかったが、感覚としては事象から生まれる複数の結果から、自身に都合の良いものが勝手に選ばれる感覚に近い。
分かりやすく言えば、今の俺のように攻撃されても何も抵抗したり避けようとしながらば、普通なら攻撃が当たって負傷や死ぬという結果へと行き着く。
しかし、逆に言えば抵抗したり避けようとすれば軽傷ですむかもしれないし死なないかもしれない。
要は、本来は事象が発生した時点で結果というものは複数生まれるわけだが、避けないという選択をしてその攻撃を受ければ、負傷や死ぬという結果へと辿り着くことになる。
だが、〈失楽園〉を使用した場合、避けなかったとしても避けた場合の結果へと辿り着くよう因果を捻じ曲げることができるため、結果として動かなくても避けた時と同じ結果が生じることになるのだ。
「ほんと、ぶっ壊れスキルだな」
改めて〈失楽園〉というスキルの出鱈目さに若干呆れつつも、攻撃をされた際の感覚はこれで分かったため、次はこちらから攻撃した際のスキルの検証に入る。
「そうだなぁ。まずは適当に魔法でも撃ってみるか。『風の刃』」
俺は何故か攻撃が当たらなくて困惑した様子を見せているキメラに対して、風魔法の『風の刃』を放つと、風で作られた不可視に近い斬撃がキメラ目掛けて飛んでいく。
「逃げるつもりか?そうはさせねぇよ〈失楽園〉」
魔法に気が付いたらキメラはその軌道上からすぐに逃げようとするが、俺が〈失楽園〉を使用すると突然足が止まり、その場から一歩も動かなくなる。
「グルァァァ?!」
そして、魔法から逃げることのできなかったキメラはそのまま攻撃を受けると、大きな切り傷が胴体へと刻まれ、そこから夥しい量の血液が流れ出す。
「今のはどういう現象だったんだ?」
『説明が必要ですか?』
「頼む」
キメラが逃げようとした時、〈失楽園〉を使用してスキルが発動したことまでは分かったが、俺も何故キメラが動きを止めたのかは理解できなかったのでその理由について考えていると、レシアが説明すると言ってきた。
『先ほどの現象についてですが、キメラは足を攣りました』
「は?足を攣った?」
『はい。逃げようとした瞬間、急激な筋肉の動きとこれまでの疲労により足の筋肉が耐えきれなくなり、結果的に攣ってしまい逃げる事ができなかったのです』
そんなアホみたいな話があるのかと思ってしまうが、次のレシアの説明を聞けば、そんな俺でも多少は納得する事ができた。
『攻撃というものは本来、受ける者がいてこそ成立する現象です。つまり、攻撃する側には攻撃という選択肢しか存在しませんが、受ける側には避ける、防ぐ、受け流す、敢えて受けるなど、選択によって到達する結果が無数に広がっていきます』
「そうだな。実際、俺もあいつの攻撃を〈失楽園〉を使って受けた時、頭の中に様々な可能性がイメージとして湧いてきた」
『はい。つまり、受けた攻撃に対してどう対処するのかは、攻撃を受ける側に選択権があり、その選択によって辿り着く結果が生じるということになります。しかし、〈失楽園〉のスキルを使用した場合、ノアの方からその結果へと干渉する事ができるため、〈逃げようとした。しかし何かしらの要因で逃げられなかった。だから攻撃が当たった〉という風に、選択からの結果に対して、ノアの都合の良いように新たな事象を紛れ込ませる事ができるのです』
「ということは、今回の場合だとキメラは逃げようとしたが、俺がスキルで干渉したことで足が攣り、結果的に逃げられず攻撃を受けたということか」
『そういうことです。また、足を攣ったという事象についてですが、こちらはノアに攻撃をする前にキメラが動き回っていたため、体内の水分量が少なくなり、足を攣るという結果が生じました』
「なるほど。つまり、〈失楽園〉が干渉する結果については、それ以前の動きや傷も影響してくるってことか」
『正解です』
何とも複雑な話に思えるが、要は俺の攻撃に対して相手が何をするかを決めた時、本来であればその相手の行動次第で結果が変わってくる。
しかし、〈失楽園〉を使用した場合、相手の選択と実際の結果との間に俺にとって都合の良い事象が割り込むため、選択をして行動しようとするが上手くいかず、俺の攻撃が当たるという結果に辿り着くことになるようだ。
「エグいなぁ」
これはもはや未来の改竄に近い能力ではあるが、かと言って全ての因果関係に干渉できる訳ではないため、あまり過信しすぎない方がいいだろう。
「んじゃ、最後の実験だな。まぁ、何となく結果はわかってるけど」
俺はそう言って、先ほどのダメージで弱っているキメラから少しだけズラした位置を狙ってもう一度風の刃を放ち〈失楽園〉を使用する。
しかし、やはりというべきか、想像通り魔法が軌道を変えたりキメラの位置が変わるなどの変化が起こることはなく、魔法はそのまま何にも当たることなくキメラの横を通り過ぎて霧散した。
「やっぱりな。そもそも、狙ってもいない攻撃を当てるのは無理みたいだな」
最後に検証したかったことは、全く違うところに攻撃した場合、その攻撃が対象に当たるのかということだった。
ただ思っていた通り、そもそも狙っていない時点で本来の対象に当たるなんて事象が生じることは無いため、当然だがその対象に当たるという結果が生まれることも無い。
つまりはこれが、制限の一つである結果から新たな事象を生み出す事ができないということなのだろう。
「よし。とりあえず、今知りたいことの確認は終わったし、こっちも終わらせるか」
俺は未だ大量の血を流しながらもこちらを睨み続けているキメラに目を向けると、手に魔力を集め、先ほどよりも大きな風の刃を作り出す。
「ごめんな、俺の検証に付き合ってもらって。今楽にしてやるから」
スキルの確認をするためだったとはいえ、ダメージを与えた状態で放置していたことが少しだけ申し訳なかった俺は、謝罪の意味も込めて魔法を放つと、即死できるよう2つの頭を同時に刎ねて楽にしてやった。
「それじゃあ、戻るとするか」
そして、最後はいつものようにキメラの死体を〈悪喰〉のスキルで吸収した俺は、丘を登り始めてから3時間くらいで家へと戻った。
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