第54話 失楽園

「ふぅ。トロールを倒すのもだいぶ楽になったな」


 俺は足元に倒れている2体のトロールの死体を眺めながら、〈悪喰〉のスキルでその死体を影へと吸収する。


 初めて北側から常闇の丘を登った日から早くも一週間が経った。


 この一週間、俺はこれまでメインに使っていた武器や武術を使う頻度を下げ、魔法のレベルを上げることに力を入れて来た。


 その結果……


※※※※※


【魔法】

〈火魔法〈レベル6〉〉〈水魔法(レベル5)〉〈風魔法(レベル6)〉〈土魔法(レベル4)〉〈雷魔法(レベル5)〉〈氷魔法(レベル3)〉

〈光魔法(レベル4)〉〈闇魔法(レベル4)〉

〈付与魔法(レベル3)〉


※※※※※


 全体的に魔法のレベルを上げることはできたが、汎用性に欠ける雷魔法と武器に魔法を付与する付与魔法はほとんど使っていなかったため、この2つはレベルが上がることはなかった。


 また、この他にも〈毒の王〉がレベル2に上がり、〈呪術〉もレベルが3に上がった。


 そのお陰で、トロールに即効性のある毒を瞬時に作れるようになったし、呪術で遠隔からデバフを掛けて能力値を下げることもできるようになった。


 また、その他にもトロールの〈自動回復〉、〈回復速度上昇〉、宵鴉の〈宵の雨〉、〈高速飛行〉を獲得することができた。


「まぁ、その中でも一番の収穫は、やっぱりこのユニークスキルを獲得できたことだよな」


※※※※※


失楽園パンデモニウム(レベル1)〉

・魔力の貯蔵が可能。

・因果律に干渉し、事象から生じた結果を多少変化させることができる。


 ただし、自身が関わりのない事象、事象に関係のない結果、既に結果へと至った事象、結果から新たな事象を生み出すことはできない。


※※※※※


 トロールや宵鴉を狩りまくったことで、レベルがついに70を超えた俺は、ユニークスキル〈失楽園〉を手に入れることができた。


 失楽園の効果についてだが、現在は主に2つの能力がある。


 一つ目は魔力の貯蔵で、こちらは相手から奪った魔力を失楽園というスキル自体に貯蔵することのできる能力で、〈悪喰〉のスキルで人や魔物の死体を吸収した場合、その死体に残っていた魔力を貯めることができる。


 また、その貯めた魔力は俺の意志で自由に引き出すことができるため、本来の量よりも多くの魔力を使うことができるようになった。


 そして二つ目は因果律への干渉だ。


 因果律とは、簡単に言ってしまえばAという原因によってBという結果が生じるというもので、例えるなら、トロールが棍棒を振り下ろしてそれを俺が避けようとしなかった場合、その棍棒によって殴られるという風に、俺が棍棒を避けようとしなかった事が原因で、その棍棒に殴られるという結果に至る事だ。


 しかし、失楽園を使用した場合はその因果律に干渉することができ、先ほどの例えで言うのなら、トロールが俺に向かって棍棒を振り下ろした時、何かしらの要因で軌道が逸れ、俺には当たらないという結果を生み出す事ができるぶっ壊れスキルだ。


「でもまぁ、その分制限は多いんだけどな」


 説明欄の下に「ただし」と書かれてある通り、このスキルは性能が優秀な分、制限がいくつかある。


 まず自身が関わりのない事象についてだが、こちらは第三者が引き起こした事象とその結果の因果関係に干渉する事ができないというものだ。


 例えるなら、エレナが師匠に向かって投擲した短剣を師匠が不注意で避ける事ができず、そのまま刺さるという場合、そこに俺は関与していないため、その事象と結果の因果関係に干渉することができない。


 次に事象に関係のない結果についてだが、簡単に言えば俺がトロールに対して石を投げた時、その石があらぬ方向へと飛んでいき、木や鳥に当たって最終的に大きな岩に当たり、その岩がトロールに落ちて殺した時のようなものだ。


 この場合、一見俺が石を投げたことで最終的にトロールが死んだため因果関係が成立しているように見えるが、あらぬ方向へと飛んでいき他の物へと当たった時点で、そこから派生する結果には直接的な因果関係が成立しないため、俺が干渉することはできない。


 そして既に結果へと至った事象については説明するまでもないが、既に結果へと至っている時点で因果関係が確定し終了しているため、過去の因果関係に干渉することもできない。


 最後に結果から新たな事象を生み出すことができないとい制限についてだが、これは当然のことであり、事象が起こり得た先に結果があるのであって、結果から事象が生まれないのは自然の摂理だ。


 だから、その自然の摂理に反する事象はそもそも発生しないし、その事象に干渉することができないのもまた摂理であった。


「まぁ、能力についての制限は多いけど、それでも強力なスキルであることには変わりない。それに、レベルが上がればできることも増えるだろうし、他のスキルと合わせれば不可能も可能にできるはずだ」


 〈悪喰〉と〈影法師〉のスキルを併用することで、影を使って死体を吸収できるように、〈失楽園〉と他のスキルを併用すれば、不可能だって可能にできるかもしれない。


 このスキルにはそれだけの可能性が秘められており、俺としても今後が楽しみなスキルでもあった。


「さて。それじゃあ、移動しますか」


 それから俺は、気配感知を使いながら常闇の丘を駆け上がっていき、中腹あたりでこちらも恒例となった宵鴉を討伐し、家がある中心部を目指すのであった。





「お、やっと出て来たのか」


 あと少しで家に着くという頃。


 これまでずっと様子見をしていた魔物の一体が姿を表すと、警戒した様子で俺のことを睨んでくる。


「確かお前はキメラだったな」


※※※※※


【名前】キメラ

【魔物ランク】A

【レベル】70

【スキル】

〈咆哮〉〈瞬足〉〈体当たり〉〈噛みつき〉

【固有スキル】

〈石化の魔眼〉〈毒牙〉〈火炎の息吹〉


※※※※※


 目の前に現れたのはキメラと呼ばれるAランクでも上位の魔物であり、黒い獅子の体に山羊の足、尻尾には蛇が付いており、頭は獅子と山羊の2つがあるという何とも気持ち悪いと見た目をした生き物だ。


「まさか、この北側を縄張りにしている最上位の一体が出てくるとはな。まぁ、少し遅い気もするけど」


 この魔物は、現在俺がいる北側を縄張りにしている魔物の中でも最上位に位置する魔物の一体であり、実質的にこの北側を支配している魔物と言っても過言ではない大物だった。


「ガルルル」


 一週間の様子見を経て、俺の戦闘情報を集めていたようだが、今回は生憎とタイミングが悪過ぎた。


「昨日だったら俺を殺せたかもしれないが、まさか今日襲ってくるとはな。お前も運がないな」


 〈失楽園〉を手にする前の俺であれば、もしらしたら殺せたかもしれないが、生憎とこのスキルを手に入れたことにより、キメラが俺に勝利できる確率は大きく下がってしまった。


「レベルは同じくらいだが、スキルの数は俺の方が圧倒的に上。石化や炎を吐く攻撃は強力だが、こちらも当たらなければ意味がない。〈失楽園〉を試すにはちょうど良い相手だな」


 キメラのスキルで最も厄介なのは、固有スキルの〈石化の魔眼〉と〈火炎の息吹〉だ。


 石化の魔眼は文字通り相手を石化させる能力で、物であれば見ただけで石化させ、生物であれば目が合った瞬間に相手を石化させることができるという山羊の頭の方が使う強力なスキルだ。


 そして、火炎の息吹は獅子の頭が使うスキルで、骨すら残さないほどの熱量を持つ火炎を吐くという高威力のスキルである。


 どちらも強力なスキルではあるが、当たらなければダメージを食らうこともないため、〈失楽園〉の能力を試すにはちょうど良い相手だった。


「それじゃあ、俺と少し遊んでくれよ」


 こうして、俺の新しいスキルの実験台に選ばれたキメラとの戦闘が静かに幕を開けるのであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る