第41話 勝てばいいのさ
ダークスネーク。Aランクでも上位の強さを誇るその魔物は、現在俺たちがいる常闇の丘の中腹あたりを縄張りとしている中ボス的存在であった。
そんな、ダークスネークを神眼で鑑定した結果が、以下の通りである。
※※※※※
【名前】ダークスネーク
【魔物ランク】A
【レベル】68
【スキル】
〈毒酸〉〈硬化〉〈威嚇〉〈熱感知〉〈
【固有スキル】
〈闇牙〉〈影喰い〉
※※※※※
レベルは前に双子の森で戦ったオーク・ジェネラルより5つほど高く、現在の俺より1つ高い。
レベルだけで見ればほとんど差は無いが、そもそも魔物と人間の間には、例え同レベルでも根本的に種族としての強さに差があるため、レベルだけで勝てるということはできない。
例えば、同じレベルの人間とオーガが一対一で戦った場合、スキルの数や戦闘方法にもよるが、基本的にはオーガの方が勝利する。
その理由は単純で、オーガの方が身体能力や攻撃力と防御力に優れており、体の大きさも人間より大きく、戦闘に特化した体をしているからだ。
だから人間はその差を埋めるためにパーティを組んで戦うのが普通であり、それが一般的なのだ。
つまり俺が何を言いたいのかと言えば、レベル差はほとんどなくとも、この状況では俺たちの方が不利だということだった。
「エレナ、気を引き締めろよ」
「はい」
ダークスネークの戦闘方法は主にスキルを使った攻撃に加え、硬い鱗で守られた体での体当たりと尻尾での薙ぎ払い、さらに長い体による締め付けがほとんどだ。
攻撃スキルは鑑定結果にもある通り、岩さえも溶かす強力な毒を飛ばす〈毒酸〉、闇魔法の一つで自身の周囲に黒い槍を作り出して攻撃する〈闇槍〉。
さらには固有スキルであり、距離を無視して噛みついたような攻撃ができる〈闇牙〉、自身の影を操作して相手を喰い殺すことができる〈影喰い〉がある。
攻撃方法は奴の動きを見ればある程度は予測できるため、避けること自体はそこまで難しくないが、問題は〈闇牙〉と〈影喰い〉、そして〈硬化〉のスキルだった。
〈闇牙〉のスキルは謂わば幻影のような噛みつき攻撃を対象に向かって飛ばす技で、例えば正面にダークスネークがおり、奴が〈闇牙〉のスキルを使用してその場で噛み付く仕草を見せれば、距離に関係なく背後や上から噛みつき攻撃が襲ってくる。
そのためどこから攻撃してくるのか予測することが難しく、警戒しなければならない技の一つであった。
次に厄介なのが〈影喰い〉のスキルだが、このスキルは簡単に言えば俺の持っている〈影法師〉のスキルと合わせた時の〈悪喰〉のようなもので、自身の影を操作し、そのまま獲物を食べるというものだ。
ただ〈悪喰〉と違う点は、獲物を食べても相手のスキルを獲得することができないため、その点では劣化版とも言えるが、影を操作して相手を食べるというだけでも十分に警戒すべき攻撃である。
そして最後に、一番厄介なのか〈硬化〉のスキルだ。
〈硬化〉は自身の体を硬くして防御力を上げるというシンプルな能力ではあるが、ダークスネークの場合はその硬度が元々の硬さに加えて硬化するため、防御力に定評のあるゴーレムや氷で体が作られている魔物にすら匹敵するほど硬くなる。
つまり、俺が現在持っている刀でそのまま攻撃すれば、折れてしまうのが目に見えているのだ。
「エレナは奴の気を引きつつヘイトを集めろ。俺はその隙をついて柔らかい部位から攻撃する」
「ようは、いつも通りということですね。了解しました」
エレナはそう言うと、躊躇いなくダークスネークの目を狙って短剣を投擲し、それからは自身にヘイトを集めるために奴の周りを動き回る。
仮に今の状況を見た人がいれば、女性を前線に立たせてヘイトを集めさせるなんてと、非難してくる奴らもいるかもしれないが、そんな事は関係ない。
俺に言わせれば、性別で人の役割を判断するなど愚の骨頂であり、最も愚かな行動の一つである。
人にはそれぞれ向き不向きや得意不得意が存在する訳だが、それを無視して別の役割を与え、女性だからと後ろに下がらせて大切に扱うなどあり得ない。
実際、エレナは暗殺者という職業により俺よりも速さに優れており、敵を観察する力にも長けている。
であれば、その長所を活かして戦うのが最善であり、それを活かしきれずに死ぬのは愚かとしか言えないからだ。
(今だ……)
エレナがダークスネークの気を引いてからしばらく、思い通りに攻撃が当たらないダークスネークは怒りを滲ませながら〈毒酸〉と〈闇槍〉のスキルで溶解液や黒い槍を飛ばすが、それすら全て躱したエレナに対し感情的になったダークスネークは、顔を上げて俺のことを視界から外しエレナにだけ意識を負ける。
その隙を見逃さなかった俺は、〈縮地〉のスキルを使ってダークスネークの腹下に入り込むと、〈剛力〉のスキルを使って筋力を上げ、そのまま雷魔法を付与した刀を勢いよく引き抜く。
「刀術スキル雷霆之章『白雷鳴刹』」
白雷鳴刹。雷魔法のレベルが上がったことで、青かった雷が白色へと変わり、威力と速度が上昇したことで生まれた新たなオリジナル技だ。
その一刀から放たれる速度はまさに雷のように速く、音すら置き去りにするこの技は、後から爆発したような雷鳴が鳴り響く。
「キシャァァァァァア!!?」
「チッ。少し浅かったか」
全く意識していなかった所からの激痛により、ダークスネークは悲鳴のような鳴き声を上げながらのたうち回るが、少し浅かったのか想定していたよりもダメージが与えることができなかった。
(くそ。思ったより皮が厚かったか)
一瞬だけ追撃することも考えたが、目の前で痛みにより暴れ回っているダークスネークに近づくのは危険だと判断した俺は、一度距離を取って奴のことを見ると、今度は俺のことだけを真っ直ぐと睨んでいた。
「なんだ?プライドでも傷つけられましたって顔してるな」
「シャァァァァ」
ダークスネークが俺の言葉を理解しているのかは分からないが、警戒したように低い声でそう鳴くと、奴の体が淡く光、真っ黒だった鱗が藍色へと変わる。
「これは面倒なことになったな」
奴の鱗の色が変わったということは、つまり〈硬化〉のスキルを使用したということであり、これで正面からの攻撃がダークスネークに通用しなくなったということでもある。
「シッ!!」
試しにエレナが短剣を投擲してみるが、先ほどまでとは違い見向きもしなかったダークスネークに当たると、まるで金属同士がぶつかったような音を響かせて地面へと落ちた。
「あの硬さでは、私の短剣は刺さりそうにありませんね」
「だな。もはや見向きもされてなかったし、かなり硬さに自信があるようだ」
「どうしますか?」
俺の横に戻ってきたエレナは、しかしダークスネークの防御力の高さを見ても絶望した様子はなく、その表情には俺に対する信頼だけが込められていた。
「そうだなぁ……」
しばらくダークスネークを眺めた後、一つの作戦を思いついた俺は、エレナに次の指示を出した。
「かしこまりました」
作戦を聞いたエレナは呪暗の短剣を構えると、自身の影に潜って移動し、次の瞬間にはダークスネークの影から姿を現して短剣で切り掛かる。
エレナはポルトールの町で暗殺者たちと戦った後、レベルが上がったことで〈影移動〉のスキルを取得しており、今では自由に移動することができるようになった。
「フッ!!」
ダークスネークは突然自身の影からエレナが出てきたことで少し驚いた様子を見せたが、ただ短剣で切られるだけだと安心したのか、抵抗せずにその攻撃を受ける。
案の定、エレナの攻撃は先ほどと同じように強化された鱗によって守られるが、俺は僅かに自身から視線が外れたその隙を見逃さず、また〈縮地〉を使って距離を詰める。
しかし、その手には先ほどのように刀は握っておらず、その代わり紫色の毒々しい魔力を纏っていた。
「万毒鞭煌拳」
この技は前にゲイシルが使用していた技で、スキル〈毒の王〉で腕に猛毒を含んだ魔力を纏わせ、触れた相手をその毒によって殺すという凶悪な技だった。
俺は毒の魔力を纏わせた手で先ほど自身が切り付けた場所に貫手を放つと、予想通りその箇所だけ防御力が下がっており、〈毒の王〉で作成した猛毒をダークスネークの体内へと流し込むことに成功する。
「シャァァァァア!!!」
ただ、ダークスネークの体が大きいせいか毒の回りが遅く、それからダークスネークは固有スキルの〈闇牙〉や〈影喰い〉を使用して俺たちを殺そうとしてくる。
しかし、毒を体内へと流すことができた時点で俺たちの勝利は決まっており、それからはエレナと二人で適度に攻撃しながら距離を保ち、毒でダークスネークが死ぬのを待つ。
「しゃ、シャァァァァ」
それから10分ほど経った頃。ようやく毒が全身へと回ったのか力無く地面に倒れたダークスネークは、紫色の泡を吐きながら息絶えた。
「ようやくですね」
「あぁ。こいつ自身も毒を使うからか、あまり効きが良くなかったな」
「そうみたいですね。ですが、勝利できたので結果としてはよかったです」
まだ〈毒の王〉のスキルレベルが低いせいか、ゲイシルのように即効性のある強力な毒をすぐに作ることはできないが、確実に倒せるのであれば問題ない。
戦い方としては少し地味ではあったが、そもそもここに来た理由は魔物と戦うためでも死にたくなったからでもなく、師匠に会うことが目的である。
俺は目的のためなら手段は選ばないし、例え卑怯だと言われても確実に相手を殺せるのならどんな手でも使うつもりだ。
その後、〈悪喰〉のスキルでダークスネークの死体を吸収した俺たちは、改めて師匠がいる中心地へと向かうため、丘を登っていくのであった。
ちなみにだが、ダークスネークを捕食した際、奴のスキルである〈闇牙〉と〈硬化〉を獲得できたため、襲われた時は面倒だと思ったが、結果としては旨みのある戦闘だったので満足である。
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