第40話 常闇の丘

「凄い……もうほとんど日が沈んでますね」


 ナシュタリカの街を出てから十日ほど移動した俺たちは、ファルメノ公爵領の最北にあるヒルンシアの村へと来ていた。


 この町は常闇の丘に最も近いということもあり、日照時間が5時間ほどと非常に短い。


 俺たちがこの町に着いたのは時間で言えば15時くらいで、普通であればまだ太陽が空を照らしている時間ではあるのだが、すでにこの町は太陽ががほとんど沈み、空も藍色に染まり始めていた。


「そうだな。もう数十分もすれば、太陽は完全に沈むだろう。その前に、どこか泊まれる宿屋を探すぞ」


「はい。ですが、ここは村ですし、宿屋なんてあるのでしょうか」


 ヒルンシアは人口が少なく規模も小さい村であるため、エレナが宿屋なんてあるのかと不安になるのも当然ではあるが、そこら辺は問題ない。


「心配するな。この村は確かに小さな村ではあるが、近くに常闇の丘があるから冒険者もよく来るんだ。その冒険者向けに宿屋があるはずだから、そこに行けば問題ない」


「なるほど。そうなんですね」


 ヒルンシアの村周辺では、強力な魔物たちが跋扈しているためレベル上げにはちょうど良い場所で、手っ取り早く強くなりたい冒険者や実力に自自信のある冒険者たちがよくこの村を訪れるため、彼ら向けの宿屋が用意されているのだ。


 実際、プレイヤーたちがレベル上げをする際もこの村をよく利用しており、ゲームのキャラであった俺自身もこの村の宿屋には数えきれないほどお世話になった。


「あぁ。だから今日は宿屋で一泊して、明日の朝から丘の中心を目指すぞ」


「わかりました」


 その後、ゲームの記憶を頼りに宿屋へと向かった俺たちは、いつものように金を節約するため二人部屋を一つ借りると、その日は食事を軽めに済ませて早めに休むのであった。





 翌朝。と言っても、常闇の丘が近いヒルンシアの町は太陽の昇る時間が9時以降であるため、7時くらいの現在はまだ外も暗かった。


「何だか、時間感覚が狂いそうですね」


「そうだな。だからこの町では、三時間ごとに鐘を鳴らしてだいたいの時間を知らせているらしいぞ」


「そうなんですね。言われてみれば確かに、少し前に鐘がなっていた気がします」


 この世界には、時計と呼ばれる時間を知るための魔道具も存在しているが、まだ製造にはかなりのお金と高価な素材が必要となるため、簡単には手に入らない。


 個人で持っていたとしても、それは貴族のような金持ちや時間に追われて行動する商人、そして金に余裕のある高ランクの冒険者くらだ。


 しかし、庶民は個人で買うほどのお金がないため、大抵は町や村で金を集めて小さいものを買い、あとは鐘を使って時間を知らせるのが一般的だった。


 ちなみにだが、俺には世界の管理者であるレシアがいるため、彼女に聞けば正確な時刻を秒単位で教えてくれるので時計なんて買う必要は無い。


 レシアさんは天才なのである。


『当然のことです』


 少し自信を含ませた声でそう言うレシアのことは置いておいて、宿屋を出た俺たちは、そのままヒルンシアの町も出て常闇の丘を目指して駆けて行く。


「エレナ。ここからは最低でもCランクの魔物が群れで動いてる。中心に行くにつれて個体数は減って行くが、その分レベルの高い魔物が増えるから気を引き締めろよ」


「了解です。他に気をつけるべき点はありますか?」


「そうだな。なるべく魔物の少ないルートを通りはするが、力自慢をしたい魔物が突然横から出てくることもあるから注意するのと、ここにいる魔物は基本的に闇系統のスキルや影を操るスキルを使ってくるから、不意打ちには気をつけろ」


「わかりました」


 それからしばらく移動した俺たちは、常闇の丘の右側にやってくると、一本の登り道の前で足を止める。


「ここですか?」


「その通り。この道は師匠がよく利用する道なんだが、それを知っている魔物は彼女の機嫌を損ねないためにこの道を避けて行動する。だが、たまに自身の力を過信した馬鹿な魔物や、この丘に来たばかりの新参の魔物がこの道を通ろうとする。それにさえ気をつければ、正面から登るよりも安全な道なんだ」


「さすがですね。魔物さえ本能的に避けさせるとは」


「だろ?師匠は俺が知る中でも最強格に入る魔法使いだからな」


 それは間違いない。


 あの人は俺の知る中で最高の魔法使いであり、同じ英雄武器を持つ父上だって足元にも及ばないくらいに強い人だ。


 だが、世の中に完璧な人間がいないように、あの人にも弱点がある。


 その一つが魔法使いという点で、師匠は武術も一流だったが、やはり戦闘のメインは魔法だ。


 だからその魔法を封じられてしまえば、いくら師匠でも数で攻め込まれると負ける可能性が高くなってしまう。


(だからゲームの師匠は死んでしまったんだよな)


 ゲームの師匠は、魔力が封印された上に数多くの魔物に囲まれ、さらには俺という足手まといがいたことで死んでしまった。


(もう二度と師匠を死なせはしない)


 俺はそんな誓いのような言葉を胸に抱きながら、ようやく師匠に会えることに心を躍らせ、丘の中心地を目指して道を登って行くのであった。





 しばらく丘を登っていき、ようやく中間あたりを過ぎた頃、俺たちは休憩をするために近くにあった木下へと座る。


「何だか、いつもより疲れますね」


「当然だろ。ここは丘と呼ばれてはいるが、標高はそれなりにあるし、実質山みたいなものだ。それに、周囲を警戒しながら登ってるからな。精神的に疲れているんだろう」


 常闇の丘を登り始めて一時間半ほど経ったが、まだ俺たちがいるのは中間地点だ。


 身体強化を使って駆け上がれば、とっくに中心地点に着いている頃だが、いくら他より安全な道を選んでいるとは言っても、いつ魔物が飛び出してくるか分からない。


 常闇の丘にいる魔物は、麓の方ですら最低ランクがCランクであり、現在俺たちがいる中腹あたりなら、BランクからAランクの魔物が生息している場所だった。


 一体ずつであれば俺たちでも問題なく倒せるのだが、残念ながらここら辺の魔物は縄張り争いを頻繁に行うため、戦闘音を聞いた魔物たちが近づいてくる可能性がある。


 そうなれば、いくら俺たちでも、まだ複数の高ランクの魔物を相手に戦えるほどの実力はないため、その瞬間に死ぬことになるのは間違いない。


 だから俺たちは、安全な道をさらに警戒しながらゆっくりと登っていた訳だが、エレナはそのせいか気疲れしてしまったようで、地面に座ると大きく息を吐いた。


「あとどれくらいですか?」


「半分くらいだ。ただ、上に行けばその分、魔物たちの知能も上がってこの道を避けるようになるから、もう少し登ればここまで警戒しなくても良くなるはずだ」


「それはよかったです。こんなのがずっと続くと思うと、想像しただけでストレスで胃に穴があきそうでした」


 エレナは本気か冗談か分からない表情でそう言うが、俺自身も精神的な疲れは感じていたため、彼女の気持ちは少しだけ理解できた。


「疲れたなら帰っても良いんだぞ?」


「冗談ですよね?今から帰るとなると、同じストレスで本当に死んでしまいますよ。それに、ノア様と離れるのも嫌なのでついていきます」


「そうか……っ!エレナ」


「はい!」


 お互いに冗談を交えながら会話をし、そろそろ出発しようかと立ち上がった時、俺たちはこちらにもの凄い速さで近づいてくる魔物の気配を感じとる。


 そして、俺たちはすぐに武器を構えてその方角に目を向けると……


「シャァァァァア!!!」


「あれは、ダークスネーク!!」


 木の間から姿を現したのは、巨大な体に鋭い牙、そして背筋を凍らせるほどに鋭い視線を向けてくる真っ黒な蛇だった。


「はは。よりによってダークスネークとはな」


 ダークスネークはAランクの魔物の中でも上位に分類される魔物で、この丘の中腹あたりを縄張りにしているボスのような存在である。


「こいつを倒せば、しばらくは魔物から襲撃されなくなるはずだ。気合いを入れて行くぞ。」


「はい!!」


 こうして、俺たちはこの丘に登ってから初めての戦闘をする事になったわけだが、その相手が中ボスという運の無さに、俺は思わず笑ってしまうのであった。


「ふふ。さぁ!楽しませてもらおうじゃないか!!」







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