第27話 経験の差

 エレナが他の暗殺者たちを引き付けたあと、この場に残った俺と残殺卿のゲイシルは、互いに武器を構えることなく向かい合う。


「そのローブ、邪魔じゃないのか?」


「ローブぅ?気にするなぁ。お前程度、ローブを脱ぐまでもねぇからなぁ」


「それは、俺が弱いってことか?」


「おうさぁ。確かにレベルは高くて戦い慣れている感はあるが、俺にはわかるんだよなぁ。お前、対人戦の経験ないだろぉ?」


 ゲイシルの言う通り、俺が人間と戦ったのは最初の暗殺者たちとの一戦だけで、それ以降は魔物とばかり戦闘を行なってきた。


(奴の言う通り、同じ戦闘でも魔物との戦闘と対人戦とでは全く違うからな)


 魔物との戦闘は慣れてしまえば簡単なもので、奴らは基本的に決まった攻撃しかしてこない。


 いくらこの世界がゲームではなく現実になったとはいえ、魔物の戦闘スタイルや知能が変わるわけではないため、怒らせれば動きは単純になるし、同じ個体なら基本的に同じ箇所が弱点となる。


 だから戦い方や特徴さえ掴んでしまえばあとは作業みたいなもので、油断さえしなければ倒すことができる。


 実際、初めてオーク・ジェネラルと戦った時は骨を折るなどの重傷を負ったが、レシアにアドバイスされ、相手の動き方と戦い方を覚えた俺は、二回目以降は割とすぐに倒すことができた。


 しかし、対人戦は違う。


 対人戦は俺が相手の動きを見て隙を探し、それに対応して動くのと同じように、相手も俺の隙を見つけてはそこ狙って動いてくる。


 よほどのレベル差があれば、基本的にはレベルがより上の者が勝つが、レベル差があまりない場合、勝敗を分けるのは経験と戦闘技術、そして所有しているスキルの三つだ。


 戦闘技術は経験によって身につくものであり、相手の動きをどれだけ予測できるのか、自分の動きと限界をどこまで把握できているのか、そんな細かいところが勝敗へと影響してくる。


 そしてスキルだが、例えば同じ職業でも習得しているスキルで戦闘方法や動き方が変わってくるため、各職業のスキルをどれだけ把握しているのか、そして効果と使用タイミングをどこまで予測できるのかが勝利への鍵となる。


「その反応じゃあ、図星のようだなぁ。ダメだぜぇ?表情管理はしっかりとしないとなぁ」


「ふふ。そうだな。お前の言う通り、対人戦の経験はほとんどない。だが、無いなら今ここで経験すればいいと思わないか?」


「あっはははは。お前本当に面白いなぁ。いいぜぇ。お前がどこまでやれるのか、試してみろよぉ」


 ゲイシルはそう言って無気力なように腕をだらんと下げて棒立ちになるが、その姿からは隙を一切見つけることができず、それだけで俺との力量差を思い知らされる。


(これは想像以上だな。まいったなぁ、どうしたものか……)


 スキルの数と種類で言えば、魔物のスキルまで持っている俺の方が多いだろうが、暗殺者として数多くの人間を殺し、数え切れないほどの死地と戦闘を経験してきたゲイシルには、戦闘技術と経験で圧倒的に劣る。


「ふぅ。覚悟を決めるか」


 理想は一撃も攻撃を受けないこと。しかし、それはあくまでも理想であり、実際にゲイシルを目の前にした時、理想を実現にすることは不可能だと理解する。


 ならば、俺がやることは毒耐性でできるだけ奴の毒に耐え、死ぬ前に奴を殺すこと。


 その上で解毒する方法を探さないといけない訳だが、残念ながらこの場にはエリクサーも無ければ聖女もいない。


 だが、俺には一つだけ残された可能性がある。


「あいつのユニークスキルを奪ってやる」


 その可能性とは、ゲイシルを倒した上で奴のユニークスキル〈毒の王〉を獲得すること。


 奴のスキルであれば同じスキルで作られた毒を消すことができるだろうし、毒は薬にもなり得ると言うのだから、毒の王を使えば解毒薬が作れるかもしれない。


「結局、相手のスキルを奪うことに命を賭けることになるとは。数分前の俺に教えてやりたいくらいだ」


 少し前に、手に入れたら運が良かったと思う程度にしか考えないと決めたばかりなのに、今は風見鶏もびっくりするほどの綺麗な手のひら返しだ。


「考え事は終わったかなぁ。俺はいつまで待てばいいんだろうなぁ?」


 ゲイシルは刀に手を添えたまま動こうとしない俺を見ると、口元を歪めながらそう言い放つ。


「律儀に待っていてくれたんだな。強者の余裕ってやつか?」


「まぁそんなところだなぁ。俺って、優しい男だからよぉ。殺し合いだろうと女とのデートだろうと、相手が来るまで待つんだよなぁ。その後は待たされた分、虐めて嬲って泣き叫ばせて、命乞いを始めたらまた嬲るんだぁ。それを繰り返して繰り返して、そいつが泣き叫ばなくなったら綺麗に殺してやる。なぁ、俺って優しいだろぉ?」


「ふはは。まぁ確かに。そこまで廃人にして殺すなら、寧ろ殺された側からすれば優しいとすら感じるだろうな」


「だろぉ?」


 あまりにも歪み狂ったその発言に、しかし俺は何も感じることはなかった。


 何故ならこいつがそういう性格だということはゲームを通して知っていたし、何より会ったこともない奴らが、しかもすでに死んだ奴らのために感情を乱すほど、俺は優しくもないし甘くもない。


 それに、俺が最優先にしている人たちは他にいるのだから、その人たち以外がどうなろうと、人族たちの敵である魔皇を目指すと決めた俺にはどうでも良いことだった。


「そんな優しさに満ちたお前は、もちろん俺に初撃を譲ってくれるんだよな?」


「あはは。お前図々しいなぁ。まぁいいぜぇ?元々、先手はお前に譲るつもりだったしなぁ。好きに攻撃してこいよぉ」


 ゲイシルはそう言うと、わざとらしく両手を広げ、あからさまに隙を晒しながら何処からでもどうぞと言いたげに笑った。


「なら遠慮なく。『蒼雷一閃』」


 全身に魔力を流しながら身体強化を使い、さらに刀には雷魔法を付与して地面を強く踏むと、地面が凹み、次の瞬間にはゲイシルの懐へと入り込んだ俺がバチバチと蒼い雷を纏う刀を横に一閃する。


「おぉ〜速い速い。だがぁ、狙いがバレバレなんだよなぁ」


 ゲイシルは首を狙った俺の一撃をしゃがんで避けると、逆に足払いを掛けて俺の態勢を崩し、刀を振り切った事でガラ空きとなった右脇腹に回し蹴りを入れる。


「うっ」


「ダメだぜぇ?攻撃箇所に視線を向けるなんて、そこを攻撃しますよぉ〜って教えてるようなもんだぁ。それに、殺気も全く隠せてないんだよなぁ。ダメダメダメ。全部ダメの不合格だぁ」


 先の一撃で地面転がった俺に対し、ゲイシルはまるで指導でもしているかのように俺の攻撃を評価する。


「速くて良い一撃だったが、狙いが分かれば避けるのは簡単だからなぁ。折角のチャンスだったのに、勿体なかったなぁ」


「はは。これは、丁寧に説明してくれたことに感謝しないとだな。お礼に、お前に言われたことを直して殺してやるよ」


「あはは。威勢だけは良いなぁ。なら、かかって来いよぉ。お前面白いから、もう一回チャンスをやるよぉ」


 ゲイシルは未だ俺を敵として見ていないのか、先ほどの攻撃にはユニークスキルが使われておらず、幸いにも毒による状態異常は掛かっていない。


 しかも、俺がどんな攻撃をしても問題ないと思っているのか、もう一度攻撃をして来いと言うのだから、俺がどれだけ舐められているのかが嫌でも伝わってくる。


「ほんと、舐められたもんだな」


「ほらほらぁ。早くしろよぉ」


「何かムカついてきたな」


 自分が敵として見られていないこともそうだが、舐められていること、そして何よりあの間延びした喋り方が頭に来る。


「いいぜ。まずはお前のそのローブ、切り裂いてやる『蒼虎爪雷』」


「あはは。馬鹿かお前。同じ攻撃が通じる訳……」


「馬鹿はお前だ。そのままあわよくば死ね」


「ん〜?……おっとぉ」


 俺が二撃目に選んだのは蒼虎爪雷で、この技は抜刀するまでは蒼雷一閃と同じだが、抜刀した瞬間に斬撃が三つに分かれる。


 そのため、蒼雷一閃と同じだと油断すれば分かれた斬撃によって切り裂かれることになり、その後はブラックスパイダーのように四等分にされる。


「おぉ〜、すごいなぁ。斬撃が分かれたなぁ」


 ゲイシルは迫り来る三つの雷を纏った斬撃に対し、背後に跳びながらギリギリのところで躱した。


「やっと素顔が見えたな。どうだ?邪魔なローブが無くなって視界が良くなったんじゃないのか?」


「あはは。まさか斬撃が分かれるとは思わなかったなぁ。おかげで、ローブが切られちまったなぁ」


 ローブが無くなったことで素顔が顕になったゲイシルは、目元を隠すように伸ばされた黒い髪と、その前髪から覗く赤くギョロリとした瞳、そして青白い肌に痩せかけた頬はまるで生きた屍のようだった。


「ついでにその邪魔そうな前髪も切ってやるべきだったか?」


「前髪かぁ。俺はこれを気に入っているから、切られると困るんだよなぁ。それより……」


「なんだ?」


「さっきの技は本当に良かったぜぇ?攻撃モーションは同じなのに、技自体が違かった。お前を舐めていたのもあるが、視線も殺気も全く同じところを狙っていたからすっかり騙されちまったよぉ」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 蒼虎爪雷を使用した時、俺は一撃目と同じ殺気を首元を狙いながら放っており、視線の動きも変えることなく技を使用していた。


 その結果、最初と同じだと判断したゲイシルは同じ方法で避けようとしたが、刀を抜いた瞬間に斬撃が三つに分かれたため、予想していなかった攻撃に僅かだが反応が遅れたのだ。


「いいねぇ。楽しくなってきたなぁ。次は、俺の攻撃を防いでくれよぉ?」


 ゲイシルはそう言って両腕に毒々しい紫色の魔力を纏わせると、それだけで威圧感が増し、俺の頬を冷や汗が伝う。


「それがお前のユニークスキルか」


「あぁん?俺のユニークスキルを知ってるのかぁ?」


「知ってるよ。スキル名もその効果もな」


「ふむぅ。これは、生かして情報を吐かせた方がいいかもなぁ。俺のユニークスキルを知ってるやつは限られているはずなんだが、お前は何処でその情報を手に入れたんだろうなぁ。それとも、ハッタリかぁ?」


「さぁ、どうだろうな?」


「あはは。粋がるねぇ。いいぜぇ、お前も虐めて嬲って泣き叫ばせて、どうやって知ったのかも吐かせてやるよぉ」


 ニタァと嗜虐的に笑ったゲイシルは、その場から音もなく姿を消すと、気づいた瞬間には俺の左側におり、紫色の魔力を纏った拳を俺の脇腹に叩き込もうとしていた。


「耐えてみろよぉ」


「くっ!!」


 俺は何とか拳と自身の体の間に鞘を挟ませると、強化魔法を付与して鞘の強度を上げる。


「かはっ!!」


「え…ノア様?」


 それでも勢いを殺しきれなかった俺は、鞘ごと打ち込まれた拳打によって吹き飛ばされ、戦闘を終えたらしきエレナの横を通り過ぎながら、彼女の背後にあった建物に突っ込むのであった。






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