第28話 足りないなら補え

「おい!人が飛んできたぞ!!」


「坊や、大丈夫かい?!」


「おい!誰か医者を呼んで来い!!!」


(なんだか…騒々しいな)


 建物に突っ込んだ事で、一瞬意識が飛んでいたのか周囲の声で目を覚ますと、周りには灯りを手にした大人たちが俺を心配した顔で見下ろしていた。


「お、意識が戻ったか。大丈夫か坊主。いったい何があった」


「あんたは…?」


「俺はこの店の店主だ。そろそろ店を閉めようかって時に、お前さんが壁をぶち抜いて入ってきたんだ」


 右目に傷があるガタイの良い男はそう言うと、壁の方を指差して俺が入ってきた場所を教える。


「それは迷惑をかけたな」


「まぁ迷惑なのは確かだが、いったい何があったんだ。あの勢いは普通じゃなかったぞ」


「そもそも、人が飛ばされる事自体が普通じゃない気がするけどな」


「はは。確かにそうだな…立てるか?」


「助かる」


 男が俺の方に手を差し出してきたので、俺は彼の手を取って立ち上がると、近くに落ちていた刀を拾う。


(鞘はもうダメだな。まぁ、おかげで助かったけど)


 左手に握っていた鞘は持っていた部分より下が無くなっており、それだけでゲイシルの一撃がどれほどの威力だったのかが窺い知れる。


 ただ、幸いにもほとんどのダメージと毒を鞘が受け止めてくれていたようで、俺のダメージはこの建物に突っ込んだ時のものだけだった。


「それで?あそこにいるのがうちの店をこんな風にした張本人か?」


「あぁ」


「手助けは?」


「いらないよ。あれは俺の客だからな。ただ、他の建物にも迷惑が掛かるかもしれないし、避難してもらった方がいいかもな」


「あいよ。お前ら聞いたな?寝てる奴らを叩き起こしてでも避難させろ」


 男が周りにいた連中に指示を出すと、彼らはすぐに散らばっていき、周囲の家に入っては人を連れて出てくる。


「随分慣れてるな」


「まぁ、ここは双子の森が近いからな。いざとい時のために、日頃から避難するための訓練はしてるのさ。人が相手なのは初めてだかな」


「なるほど」


 確かに彼の言う通り、この町は双子の森が近いため森から出てきた魔物が町を襲うこともあるだろうし、スタンピードが発生する可能性もある。


 そのことを考えれば、こうしてすぐに行動できる理由も頷けるだろう。


「お前さんはどうする?あの嬢ちゃんもお前の仲間なんだろ。助けに行くのか?」


 エレナは俺が吹き飛ばされた後、ゲイシルがこちらに近づかないようにするためか、彼女はゲイシルの攻撃を受けないように気をつけながら気を引いていた。


「まぁ、あれの狙いは俺だからな。逃げたところでまた追ってくるだろうし、ここで始末した方が確実だろう」


「確かにな。狙われてるやつが俺たちと一緒に逃げれば、俺たちまで殺されちまう」


「なんだよ。一緒に戦ってくれないのか?その筋肉は見せかけかよ」


「冗談はあの壁の穴だけにしてくれ。俺の筋肉は趣味の筋トレによるものだ。戦闘なんてほとんどやったこともないさ」


「ほーん」


 確かに、鑑定をしてみてもこの男のレベルは25とそこまで高くはなく、彼が嘘をついていないことがよくわかる。


「んじゃ、俺も町の連中に声をかけて避難させてもらうからな」


「はいよ」


「あぁ、それと。壊した建物の修繕費は払ってもらうから、死ぬんじゃないぞ」


「うへぇ。そこはあいつに請求してくれよ。俺たちにはそんな金ないんだが?」


「ははは。残念ながら、俺たちにも金はないからな。金が無理なら、修理用の材料集めと手伝いをしてもらうからな」


「まぁそれくらいなら」


「もちろん、一番は金がいいんだがな」


「いいからさっさといけ」


「はは。じゃあ、またあとで会おう」


「はいよ」


 男は俺に背を向けて自身の店から出て行くと、俺もゆっくりと穴の方へと向かって行く。


「レシア」


『はい』


「体の損傷状態は?」


『毒による状態異常はありません。また、内部にも出血および骨折といった異常はなく、多少背中に傷がある程度です』


 どうやら臓器の内出血や骨に罅が入っているなどの異常はないようで、多少の傷はあれどほぼ万全の状態のようだった。


『どうしますか、ノア。今なら、エレナを囮にして逃げることも可能かと思いますが』


「お前、しれっとエレナを犠牲にしようとするんだな」


『私が最優先にすべきはノアですから。あなたが生きられる可能性が高い方を提案したまでです』


 あんなにエレナが可哀想だとか俺に責任取れだとか言っていたのに、こういう時は俺よりも冷徹に人を切り捨てて俺を優先しようとするのだから、彼女は本当に人間ではないのだと改めて思い知らされる。


 まぁ、そういうところが信用できるのだが。


「さてさて。どうしたものかな」


 俺は段々と見えてくるエレナとゲイシルの戦闘を眺めながら、どうしたら奴を殺せるのかを考える。


(現段階で俺があいつに勝ってるのはスキルの数だけ。それ以外は経験も技術も圧倒的に下だ。ならどうするべきか……)


 じっとゲイシルの動きを見つめたあと、俺は自身が手にしていた刀に目を落とす。


「そうだな。相手の方が技術が上なら、それを真似ればいい」


 ゲイシルに勝利する確率を上げる方法。それは至ってシンプルだ。あいつの経験から得た技術を、俺が模倣してしまえばいい。


 俺には完全記憶のギフトがあるのだから、それを使って奴の動きを頭に叩き込みトレースする。


 そうすれば理論上は技術の差を埋めることができ、俺は奴に対してスキルの数と技術で優位に立てる。


 ただ、それでもゲイシルにはユニークスキルがあるし、戦闘で培ってきた経験までは模倣することができないため、それでようやく五分に行くか行かないかといったところだろう。


「それに、毒の王は触れただけで体が毒に侵される。毒耐性はあるが、それでも長期戦になれば死ぬのは俺だ。だが……あはは。たまらねぇなぁこの感覚」


 最初は死なないようにだとかゲイシルの攻撃を受けないようにだとか、勝利した時のことを考えて戦っていたが、そもそもそれが間違いだった。


「相手の命を奪うのに、自分の命は賭けていなかった。そりゃあ、全てが中途半端になるわけだ」


 ここで死ぬわけにはいかない。


 彼女に会いたい。


 その気持ちは今も変わらないが、それは相手の命を勝手に賭けのテーブルへと乗せ、自身は命を賭けていないことになる。


 そんな一方的な賭けが成立するはずもなく、その結果、俺はこうして無様にやられたのだから。


「よし。覚悟は決まった。あとはやるだけだな」


 刀を床へと突き刺した俺は、軽く体をほぐすと、完全記憶のギフトを使ってゲイシルとエレナのもとへと駆けて行くのであった。






 ノアが吹き飛ばされた後、エレナは目の前に迫ってくる死神のような男を見て体を震わせる。


(な、なんて殺気……)


 ゲイシルの放つ殺気と、まるで道端に落ちている小石でも見るようなその目に、エレナは明確な死を感じて恐怖する。


「お前が俺の部下たちをやったのかぁ?」


「そ、それは……」


「あぁ〜、部下を殺されて復讐されるとでも思ってるのかぁ?安心しろよぉ、俺はそこまで仲間思いのいい奴じゃないからよぉ。ただなぁ、俺の部下を殺したお前には、少しだけ興味があるんだよなぁ」


「興味……ですか?」


「その通り〜。自分よりもレベルが高い相手を、しかも二人も相手してお前が勝ったっていうのは、興味深いんだよなぁ」


「な、なるほど」


 エレナは先ほどまで感じていた殺気が嘘のように、今は楽しそうに口元を歪めて笑うゲイシルに対し、どういう反応をしたら良いのか分からなくなる。


「だからなぁ?お前をスカウトしようと思ってよぉ」


「スカウト?」


「そう。お前、あいつを裏切って俺の部下にならないかぁ?」


「部下ですか。ですが、あなたは部下を大切にしないんですよね。私もいつか切り捨てられるのだは?」


「あはは。安心しろよぉ。お前は俺のお気に入りだからなぁ。ちゃんと面倒見てやるし、途中で切り捨てたりもしないぞぉ」


「随分と好条件ですね」


「だろぉ?」


「ですが、お断りします」


 エレナはゲイシルの誘いを迷いなく断ると、影縫いの短剣と呪暗の短剣を両手に握り、真剣な表情で構える。


「おぉ〜?俺とやる気なのかぁ?お前がぁ?」


「私はノア様について行くと決めました。ですから、私があなたの誘いに乗ることはあり得ません」


「そうかそうかぁ。もう少し賢いと思ったんだがなぁ。あいつに何を期待しているのかはわからないが、それならそれで構わないぜぇ。だって、その分遊べるおもちゃが増えるってことだからなぁ」


 ゲイシルはまるで三日月のように口元を歪めて笑うと、また腕に魔力を纏わせ、エレナが攻めてくるのを待つ。


「ほらぁ、かかってこいよぉ。お前にも、先手を譲ってやるからよぉ」


 まるで刺し殺すかのように放たれる殺気。


 それでもノアが戻ってくるまで自身が気を引きつけると覚悟を決めたエレナは、短剣を強く握りしめて動き出す。


「命懸けの時間稼ぎ、させていただきます」


 それからエレナは、必死になってゲイシルの攻撃を受けないよう気をつけながら、投擲と短剣術、そして他にも自身が持っているスキルの全てを駆使して、命懸けの時間稼ぎをするのであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る