第37話 疑念

「おかしい?」

「だってあのミアちゃんだぞ、いくら出掛けにあんなことがあったからって、置手紙一枚で済ませるような子か?」

「気まずかったんじゃないか? もしくは俺に会いたくなかったんじゃ」

「バカ、そんなわけあるか、喧嘩なら僕とだってよくするだろ!」

「お前は違う」

「違わないよ、あの時が初めてまともに喧嘩したってだけで、君だってミアちゃんのこと、もう赤の他人だなんて思ってないだろ!」


それは、どうだろう。

ミアは大雨が降る中、街道に倒れていた。

酷い怪我を負っていて息も絶え絶えだったから、放っておけず連れ帰り、そのままここに居ついただけだ。

記憶を無くしていて、無暗に追い出すことも出来ず、居候という体で預かることにした。

何故か行政を頼るのを嫌がり、医者に行くことさえ拒み、店のこと、家のこと、俺の身の回りの世話と、よく働くからそのままにしておいた。


「なあエリー、やっぱりおかしい、ミアちゃんに何かあったんじゃないか?」

「だとしても探す手立てはない、記憶が戻ったなら家にでも帰ったんだろう」

「それならその家を探そう、話を聞かない事には、僕は納得がいかない」

「お前の自己満足のためにか?」

「そう思ってもいいさ、けどなエリー、君もその置手紙で動揺する程度にはミアちゃんに情があるだろ、だったら手伝え! これは兄貴分としての命令だ!」


偉そうに、と言いかけて口を噤む。

ルカートの言葉を認めるのは癪だが、確かに腑に落ちないとは思っている。

ミアが自分の意志で行動したのなら別にいい、口出しする権利もない。

だが、やはり引っ掛かりを覚える。

―――ミアの身内が居場所を突き止め、手紙を書かせて連れ帰ったのだろうか。

だとすれば随分身勝手で強引なやり口だ。

事情があると考えるべきだろう。


「ねえ二人とも、聞いて」


不意にセイランが俺たちに呼び掛ける。


「話しておきたいことがあるの、この事と、関わりがあるかもしれない」

「この事って、マダム」

「ミアちゃんが置手紙一枚で姿を消した訳よ、殆ど私の推測だけど」


話を聞く前に用を済ませてしまおうということになり、俺は店に、ルカートは細々とした片付けを、そしてセイランは風呂に入りに行く。

ミアは店も家の中も綺麗に掃除して出ていったようだ。

洗濯物も全て片付いている。

そして卓上にはいつもと同じように飾られた花―――萎れていない?

はたとして眺めていると、ルカートが隣に来て「君も気付いたか」と言う。


「この花、今朝飾られたものだろうな、ミアちゃん毎朝新しいのを摘んで取り換えていたよな」

「そうだな」

「今は昼過ぎだ、恐らく出て行ったばかり、とはいえ、追いかける手立てはないが」

「だが俺達が不在の間ここを空けていたわけじゃない」

「とするとだ、街で聞き込めば、まだ何かしらの手掛かりが得られるかもしれない」


「今から行くか?」と訊いてくるルカートに首を振り返す。

慌てて騒いだところで不審がられるだけだ、そうでなくても俺は目を付けられている、これ幸いと何か言いがかりをつけられるかもしれない。


「そうだな、慎重に行こう、でもミアちゃんの様子を知る人はいるだろうから、明日にでも軽く聞き込みしてくるよ」

「ああ」

「君は久々に店を営業するのもいいんじゃないか、お客さんから話を聞けるかもしれないだろ」

「だがそんな暇は」

「僕のことならいい、心配いらない」


そうは言うが、今回も魔人につながる有力な手掛かりを何も得られなかった。

焦燥感ばかりが募る。

なのにルカートは俺を見ながら笑って、子供にするように髪を撫でる。


「約束しただろ、君を独りにはしないって」

「ルカ」

「君って案外寂しがりだからな、僕までいなくなったら泣いちゃうじゃないか」


揶揄うルカートの手をはねのけ、舌打ちした。

俺の不安を汲んでこんな真似をして、こいつのこういう所が嫌いだ。

優しさで傷付けることもあると理解していない傲慢な奴、その言葉が嘘にならない保証がどこにある。


「あら、こんな時にまた喧嘩しているの? ダメよ」


セイランが台所から人数分のお茶と軽食を持って現れる。

普段よりカップが一つ足りない。

それにやたら静かだ、空白を埋める何かを無意識に探しているようで、自分にうんざりする。


「さ、軽く食べながら話しましょう、お腹が空くと集中できないし、気も短くなるわ」


促され椅子に掛ける。

三人で卓につき、暖かなお茶で喉を潤し「さて」とセイランが口を開いた。


「ここに居候させてもらって、私はミアちゃんと一緒に客間を使わせてもらっているのだけど、実は夜は二人でベッドに寝ているの」

「え!」


突然の大声にルカートを睨む。

だがルカートは俺の視線に気づかない様子で、セイランの方へ身を乗り出しながら「そ、そ、その話は本当かマダム?」と妙な食い付き方をする。


「本当よ」

「マダムとミアちゃんが、毎夜一つのベッドで?」

「だって床は固いし冷えるんですもの、薄い毛布一枚じゃ体を壊すわ」

「なんてことだ、そういやあの客間にソファの類は無かったか、だッ、だが! それでその、マダムとミアちゃんは、一つのベッドで身を寄せ合って?」

「そうよ」

「抱き合って眠っていたのか!」

「それはないわね、でもたまに」

「たまに?」

「目が覚めた時、ミアちゃんが私の胸に顔を埋めていることは、何度かあったわ」

「うおおおおおおおおおおお!」


取り敢えず殴っておくか。

振り上げた拳を逆に掴み返され「エリーッ、聞いたか!」と興奮したルカートが迫ってくる。


「聞いた、騒ぐなルカ」

「これが騒がずにいられるか! 神秘的な美女と愛くるしい美少女が一つのベッドで抱き合って眠っていたんだぞ!」

「だからどうした」

「君にはロマンってものがないのか? この状況に興奮しないなんて枯れてるにも程がある!」

「いい加減にしろ」

「ぼッ、僕はッ、客間のベッドになりたかったッ」


腕を振りほどき、ルカートの頭めがけて力いっぱい拳を奮う。

ギャッと叫んでもんどりうって倒れた姿を見降ろし、溜息を吐いて椅子に掛けなおした。

セイランは半ば呆れた様子でクスクスと笑っている。


「困ったヒトねぇ」

「すまない、話を続けてくれ」

「ルカートはいいの?」

「こいつは丈夫だからそのうち復活する、それより、共寝していて何かあったのか?」


「あったわ」そう答えてセイランは意味深に微笑む。


「ミアちゃんから、いつも仄かに血の臭いがしていたのよ」

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