第36話 置手紙

客間へ飛び込むミアを見送り、溜息を吐いた。

「ごめん」と謝る声に振り返って「余計なことを」と言えば、ルカートはすっかりしょぼくれる。


「口が滑った、今のは完全に僕のやらかしだ」

「そうだな」

「でもエリアス、貴方もミアちゃんの気持ちをもう少し汲んであげるべきよ」


セイランは言うが、何をどうすればいいんだ。

記憶のないミアを店に置いて、食事も、寝る場所も与えてやっている。

家の中で好きに振舞うことさえ許している、それでも足りないというのか。


「あいつの言う通り妻にでもしてやれと?」

「あら、皮肉なんて珍しいわね、エリアス」


呆れて息を吐き、荷物を担いだ。

こんなことに構っている暇は無い、今回は移動だけで日数がかかる、一刻も早く出発しなければ。


「行くぞ」

「お、おい、いいのかエリー」

「何がだ」

「ミアちゃんだよ!」

「あいつは今日も留守番だ、さっさとしろ」

「なッ、おいエリーッ」


勝手口を出て店の裏手へ、放牧場からドーを出して鞍を取り付け、荷物を結び付ける。

その間もルカートはうるさくしていたが、放っておいたら諦めた様子で黙り込んだ。


「今回は南だな、片道三日、途中で直通の高速鉄道に乗り換える」

「専用の鉄道が通っているなんて、随分大きな農園なのね」

「そうだ、行くぞッ」


鐙でドーの腹を蹴り、出発する。

三日の移動で鉄道は半日、朝方乗り込まなければ車内で騒動が起きてしまう。

鉄道、車、そして空を飛ぶ飛行船も、この商業連合ならではのものだ。


「この国って、私達みたいな存在からすれば本当に息が詰まるわね」


どうにか予定通り鉄道へ乗り込み、車窓から景色を眺めながらセイランが呟く。

他に乗っているのは農園の労働者たちだろう、殆どが奴隷だ、誰も鎖で座席につながれている。


「ねえ、エリアス、ルカート」

「なんだいマダム」

「後で聞いて欲しい話があるの、ミアちゃんのことよ」


改まってするような話とは、また俺への苦言だろうか。

こちらの心中を察したらしいセイランは苦笑して「違うわ、もっと秘密の話」などと勿体つける。


「秘密?」

「そう、実はずっと気になっていたことがあるの、言うべきか迷っていたのだけど」

「ミアちゃんのことで?」

「そうよ」


一体どんな気掛かりだ。

多少気になるが、今は仕事に集中しよう。

ミアも留守番しているに違いない。何だかんだ、あいつは誠実に役目をこなすからな。

―――今頃はもう泣き止んだだろうか。


「土産を」


無意識に呟いていた。

ルカートとセイランが俺を見る。


「なにか、農園なら何かしらあるだろう、適当に見繕って持ち帰ろう」

「そうだな!」

「ええ、そうね」

「ミアちゃんきっと喜ぶぞ、笑顔を見るのが楽しみだな!」


どうしてお前たちまで嬉しそうにする。

居心地の悪さを誤魔化して車窓へ視線を移す。流れるように過ぎていく景色を眺めながら小さく息を吐いた。


「もうすぐ着くな」


そうルカートが呟いた直後、突然車体が大きく揺れた。

急に停車した衝撃であちこちから悲鳴が上がり、俺達も体を叩きつけられる。

どうにか起き上がり、状況把握のため窓から身を乗り出す。

―――そこに、燃え上がる先頭車両と、炎を吐くガイアーマドリザードの姿があった。


数日後。


散々だった仕事を終えて、今、ようやく帰路だ。

大きな怪我もなく済んだが、ガイアーマドリザードの駆除のみならず、騒動に便乗して逃げ出そうとした奴隷狩りのような真似までやらされた。

ああいうのは胸糞が悪い、その分報酬額を上乗せされたが、どうにも割り切れない。

農園で作っているとかいう高価な果物も無償で貰った。

正直この程度のお気持ちでは割に合わないが、丁度いいミアへの土産だ。


店の裏手の木戸を開く。

いつもなら物音を聞きつけたミアが勝手口から出迎えに現れるが―――来ないな。


「まだ拗ねてるのかな、ミアちゃん」


ドーを降りて、俺から手綱を受け取ったルカートがぼやく。

後を任せて店へ向かう。

勝手口を開くと、中はしんと静まり返っている。


「ヒトの気配がないわね」


怪訝に呟くセイランと一緒に居間へ向かう。

誰もいないと辺りを見渡していた最中、卓上に置き手紙を見つけた。


瞬間、動悸が起こる。


急に背中に汗が吹き出す、そうだ、あの時もこんな風に、何の前触れもなく唐突に―――


「エリアス、どうかした?」


セイランに呼ばれ、ハッと我に返る。

手に取った置き手紙の文面に目を通す。

『師匠へ 今までお世話になりました 記憶が戻ったので帰ります 色々有難うございました』

用件のみの文章。

これはミアの字だ、何度か見たことがある、間違いない。


「あら、まあ」


間もなく勝手口から入ってきたルカートも、置手紙を読んで「えッ」と声を上げる。


「ミアちゃん、記憶が戻ったって、それで出ていったのか?」

「そのようだな」


店の表は勿論、勝手口にも鍵がかかっていた。

そしてその鍵は、前に俺が言ったとおり、厩舎の壁の隅に隠されていた。

本当に出ていったのか。

思いがけず気が抜けていると、ルカートが「なあ、おかしくないか?」と妙なことを言いだす。

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