第35話 傷心の乙女心

「ネックレス!」


ミアの目がキラキラと輝く


「うわぁ、うわぁ! 綺麗なネックレス! これミアにですか? 本当に?」

「そうだ」

「師匠が選んでくださったんですか?」


俺が口を開く前に、ルカートが俺の肩を抱きながら「そうだよミアちゃん、こいつが君のために選んだネックレスさ!」と適当なことを言う。

選んだのはルカートだ、俺にこういった物の違いや良し悪しは分からない。

適当に見繕おうとしたら、止められて散々口を挟まれ、これにしておけと押し付けられた。

赤い石のネックレス。

ミアの目と同じ色、そして、今のルカートの目とも同じ色の石だ。


「嬉しい」


煩くはしゃぐかと思ったら、ミアは不意に目の縁を潤ませる。

鼻をスンスン啜り、じっとネックレスを見詰めながら幸せそうに微笑んだ。


「有難うございます、師匠、ミア、このネックレス一生大事にします」

「ああ」

「あの、つけてくださいませんか?」

「構わない」


ミアからネックレスを受け取り、首につけてやる。

まあ似合うな、気に入ったようだし、これで機嫌が取れるなら易いものだ。


「えへッ、えへへへへッ」

「似合うよミアちゃん」

「そうですか? 有難うございます、師匠はどうですか? ミアに似合ってますか?」

「そうだな」

「ふぁああああッ、し、師匠ッ! ミアも師匠のこと愛してます!」


興奮するミアを適当に往なし、台所へ湯を沸かしに行く。


「そうだミア、後で銀行に入金してきてくれ」

「はーい!」


商業連合内の銀行は、他国より機能が発達していると聞く。

他国では入金後の残高確認に想定外の時間を取られることもあるらしい。預金の範囲内で希望額を引き出せない、なんてことさえあるそうだ。

ちなみに、エルグラート全土に流通する紙幣や貨幣を製造する造幣局も、ここ商業連合にある。


「よかったわね、喜んでくれて」


カップを持って隣へ来たセイランが、茶葉を用意しながら話しかけてくる。

受け取り、鍋で煮立つ湯の中へ適量放り込んで、軽く煮たたせてから茶こしで茶葉を漉し、人数分の茶を淹れた。

セイランはまた下着のような格好をしている。ふわりと甘い匂いが漂った。


「ねえ、ブラドソンの結晶、もう買い手がついているのかしら?」

「アレだけはまだだ」

「それなら私にいただける? 魔法道具を作りたいの」

「分かった、いいだろう」


セイランのことだ、魔人探索に利用できる道具の類を作るつもりだろう。

なら俺と利害が噛み合う、あの結晶はそれなりの値が付きそうだったが、無償でも惜しくはない。

「ありがと」と微笑んだセイランは、淹れたお茶を持ってまだ騒がしい居間へ向かう。

小休止を取ったら予約している買い手へ連絡と、溜まっている店の仕事を片付けなければ。手っ取り早くこなすためルカートにも手伝わせよう。

―――こうした日常と、こちらの都合などお構いなしに迫りくる期限。

どうにも疲れる。

だが弱音を吐くわけにはいかない。これは俺自身の問題だ、ルカートのためだけではないことを理解している。


何も失いたくないんだ、もう、何も。

置いて行かれたくない。

そんなのはもううんざりだ。


数日後また依頼が入った。

最近、俺が積極的に依頼を受けているという噂が斡旋所の紹介のみならず、人伝に広がっているようで、今日は依頼主が直接店を訪れた。

以前仕事を受けた人物の紹介だそうだ、内容は興味深く前金の支払いもいい、断る理由はない。


「今度こそミアもご一緒します!」


出掛ける用意をする俺に、ミアがいつも以上に積極的に主張してくる。


「ご依頼、『竜モドキ』だって話じゃないですか!」


ガイアーマドリザード、通称『竜モドキ』

竜を彷彿とさせる巨体と攻撃力の高さを誇る、狂暴なトカゲに似た魔獣だ。

稀に現れ、甚大な被害を及ぼす。

今回は依頼主の経営する農園に現れ、既に奴隷を十人も食ったらしい。

農園自体への被害もあり困っているが、いかんせん対象が強すぎてなかなか依頼を受けてもらえず、俺のところへ来たそうだ。


「本来なら国から討伐隊が組まれる案件だろうな」

「ほらぁ!」

「だがそれだけ旨味がある」

「命あっての物種ですよ! お金じゃ命は買えません!」

「大丈夫よ、ミアちゃん」


セイランが興奮するミアの肩に手を置いた。


「私も、ルカートもついているのだから、心配いらないわ」

「でも!」

「ミアちゃん安心してくれ、エリーは必ず無事に君の元へ帰すよ」

「でもミアは」

「それに君にも何かあったら困るだろ、なあエリー」

「そうだな」


せっかく助けてやったんだ、無駄に死なれでもしたら後味が悪い。

ミアは俺をじっと見詰めて溜息を吐いた。

首から下げたネックレスを弄り「分かりました」と呟く。


「ミア、いい子で留守番してます、師匠の妻なので」

「そうそう、またエリーに土産を用意させるよ、今度は何がいい? 美味しいもの? それとも別のアクセサリーがいいかな」


え? とミアが顔を上げる。

目が合ったルカートは分かりやすく(しまった)という表情を浮かべた。

セイランが呆れた様子で溜息を吐き、俺も軽くルカートを睨む。


「このネックレス、師匠が私のために選んで買ってきてくれたんじゃないんですか?」

「い、いや、その通りだよミアちゃん、エリーが選んで、君のために買ったんだ」

「でも今、また用意させるって」

「それはその」

「ルカートさんが師匠に言ったんですか? ミアにお土産を買うようにって」

「み、ミアちゃん」

「ミアのご機嫌取りに、何か買って帰ってやれって、そう言ったんですか!」


ミアが獣人態に姿を変える。

全身の毛を膨らませ、牙を剝き、唸り声を上げてルカートを威嚇した。


「ミアが文句ばかり言うから! 連れていってくれって我がままばかりだから! だからネックレスで機嫌を取れって!」

「違うミアちゃんッ、落ち着いてくれ、その姿で興奮するとネックレスが切れるぞ!」

「ミアなんて留守番するしか能がないのに! それなのにミアがうるさいからッ、ミアが、ミアがッ」

「ミアちゃん!」


ブツッと音がした。

切れたネックレスが床に落ちる。

途端、ミアはサッと顔色を変え、しゃがみこんでネックレスを拾い上げると、その目に涙が滲んで零れた。


「師匠がくれたネックレス」


ポロポロと涙をこぼすミアを前に、ルカートは狼狽えている。

セイランも沈黙したままだ。

俺がネックレスへ手を伸ばすと、ミアは握りしめて素早く隠し「もういいです!」と叫ぶ。


「師匠なんて知りません! お仕事でも何でも行っちゃえばいいんです! ミア、どうせ留守番ですから!」

「ミア」

「いってらっしゃい! ミアは、ミアは―――ッうぅ!」

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