第34話 土産

「そっちに行ったぞエリーッ!」


身構え、咢を開き突進してきた魔獣を躱して、その背に爪の一撃を見舞う。

どうッと倒れた姿へ間髪入れずルカートが矢を打ち込み、起き上がろうとするその喉を爪で引き裂いた。

バッと飛び散る鮮血。

今際の叫びと共に動かなくなった魔獣を見下ろし、はぁッと息を吐いた。


「仕留めたな!」

「ああ」

「それにしてもここまでデカいブラドソンは初めて見る」


「終わったわね」と狩りを見届けたセイランが傍へ来る。

俺とルカートの傷を癒し、息絶えた魔獣を眺めて「見事な毛皮ねえ」と感心した。


ブラドソン、魔力結晶や魔鉱石が多く採れる場所に生息する、四足歩行の牛に近い姿をした魔獣だ。

こいつらの主食はこの魔力結晶、魔鉱石だが、動植物も食べる。

性格は比較的穏やかで、縄張り意識が強い。


ここは店からドーを数日走らせた距離にある、最近発見された採掘場だ。

今回の依頼は、このブラドソンが採掘場を縄張りと主張して作業員たちを脅かし、業務に支障が出るため駆除して欲しい、とのことだった。

仕留めてすぐ解体を始めた方が皮も肉も鮮度の高い状態で入手できる。

早速作業に取り掛かると、依頼主が様子を見に現れ、そっちはルカートに対応させることにした。


「今回も収穫はナシ、ね」


俺の手元を眺めて呟くセイランに、苦いものを噛みしめる。

既にひと月半経過してしまった。

ルカートを呪い、セイランの夫の仇でもある魔人はいまだ現れず、痕跡すらも見つけられない。

焦る気持ちが現れたようにナイフを持つ手元が狂い、手にザックリと切れ込みが入る。


「あらまあ、大変」


すぐセイランが癒してくれる。

俺の隣にしゃがみ込んで、俺にしか聞こえない声で「落ち着いて、大丈夫よ」と囁くが、その言葉に根拠がないことを俺は知っている。


最近は以前と違う悪夢を見るようになった。

完全に魔獣と化したルカートを、この手で殺す夢だ。


「エリ、んッ、んんッ、エリアス、解体作業は終わったか?」

「ああ」


店で扱う分の皮と肉、骨、臓物、珍しい結晶、それ以外はまとめて焼却処理する。

残った炭の処分だけ依頼主に任せ、報酬を受け取り、帰路に就いた。


「なあエリー、ミアちゃんにお土産を買って帰らないか?」

「何故だ」

「何故って」


そりゃ、ご機嫌取りだよ。

ぼやくルカートの後ろでセイランが笑う。

ドーは軽快な足取りで均しただけの道を走り続ける。


「出掛けにまた留守番ですかーってむくれていたじゃないか」

「それがあいつの役目だ」

「まあこんな危ない現場に連れてくるわけにはいかないけどさ、このところいつも留守番で寂しい思いをさせているだろ?」

「仕方ない」

「だけどさ」

「時間が無いんだ、悠長に構えている暇は無い」


答えて、しまった、と思う。


「そうだよな、ごめん、エリー」


ルカートの沈んだ声を聞いて後悔するが、告げてしまった言葉を取り消す術はない。

最近のこいつは前にも増して俺に干渉してくる。

きっと後ろめたいんだろう、だからといって俺が望んだわけでもなし、完全にこいつの独りよがりだ。

それがどうにも気に入らない。


「何か喜びそうなお土産を買って帰りましょうよ、ミアちゃんきっと喜ぶわよ」

「そう、だな、そうしよう、なあエリー!」

「まあいいだろう」


魔人が現れるのをただ待っていても、ルカートの呪いが定着して間に合わないかもしれない。

そしてまた俺は大切なものを失う羽目になる。

ルカートだって俺に殺されるなんて結末を望みはしないだろう。だがこいつは、殺してしまうぐらいならと呆気なく自分を差し出すに決まっている。

天秤の片側に罪悪感を乗せ、もう片側の命を疎かにするこいつは、バカだ。

余計な真似をせず、あの時俺が呪われていたらよかったのに。


―――店の裏手の木戸を開き、中へ入る。

いつも通り勝手口からミアが顔を覗かせて「おかえりなさーい!」と駆け寄ってきた。


「ご無事ですね師匠? 怪我などされていませんね?」

「ああ」

「んー確かに、師匠の血の臭いはしません、ついでにルカートさんとセイランさんの血の臭いもしません、一安心です」

「君、僕らの血の臭いを嗅ぎ分けられるのか?」

「ミアの鼻は高性能なのです、ちなみに師匠の血は甘い香りがします」

「僕は?」

「好色の臭いですね、スケベ野郎の酒クサい臭いです」

「うぐ、それってどんな臭いだよ」


ドーを放牧場へ入れて、荷物を担ぎ貯蔵庫へ向かう。

依頼を受けた時は店に近日入荷の案内を出し、購入者の希望を募っている。

このブラドソンにも既に複数予約が入っていて、皮や肉、骨、臓器に至るまで売約済みだ。


「なあエリー、今日はミアちゃんにお土産があるんだよな?」


片づけを終え、風呂で体を軽く清めてから居間へ行くと、ルカートがニコニコと話しかけてくる。


「えっ、ミアにお土産ですか!」


直後に尻尾をピンと立てたミアが駆け寄ってきた。


「師匠がですか? ミアにお土産を買ってきてくださったんですか? どんなお土産ですか?」

「うるさい」

「こらエリーッ」


俺達のやり取りを聞いてセイランがクスクスと笑う。


「たいしたものじゃない、ほらこれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る